星を継ぐ少年 ~祈りを受け継ぎし救世主、星命創造の力で世界を変え、星の危機に挑む~

cocososho

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創生篇

第十二話:倉庫街の鼠

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新天地での生活が始まって、数日が経過した。

ルシアンの【星命創造】の力によってもたらされた泉や仮住居、食料に、民は当初、神の奇跡だと歓喜した。しかし、厳しい現実は、すぐに彼らに牙を剥き始めた。

「生きた家」は日中の日差しや雨はしのげるが、夜の荒野を吹き抜ける冷たい風を防ぎきれず、老人や子供たちから咳が聞こえ始める。魔法で実らせた芋だけでは、栄養が明らかに偏っていた。そして何より、土地を耕すためのクワ一本、木を切り、暖をとための薪を作る斧一本すら、この場所には存在しなかった。

ある日の夕暮れ、ルシアンは仮設の集会所に、ガルバと「蒼き隼」の三人を集めた。

「主よ、民はあなた様に心から感謝しております。ですが…」
ガルバは、しわ深い顔をさらに曇らせ、村の現状を訴えた。「このままでは、冬を越すことはできますまい…」

バルトは、腕を組み、より現実的な視点から指摘する。
「ルシアン、あんたの力は神業だ。そいつは認めちゃいる。だがな、あんたの奇跡は、あくまで戦場を確保するための『初手』だ。村作りには釘一本、毛布一枚が必要になる。奇跡だけじゃ、人は生きていけねえんだ」

二人の言葉に、集会所は重い沈黙に包まれた。皆が、解決策のない問題の大きさに唇を噛む。その沈黙を破ったのは、それまで静かに話を聞いていたエリアナだった。

「私、見たの」
彼女は、皆の顔をゆっくりと見回して、言った。
「あの子たちが、生まれて初めて、泥んこになって遊んでるのを。泉の水を掛け合って、心から笑ってるのを。鉱山じゃ、一度だって見られなかった笑顔よ」

エリアナは、ルシアンの目をまっすぐに見つめた。
「あの笑顔を、絶対に失くさせちゃいけない。そのためなら、私は何でもする」

その言葉が、ルシアンの胸の奥に、深く、強く突き刺さった。
(そうだ。俺が守ると誓ったのは、彼らの命だけじゃない。彼らがここで手に入れた、ささやかな幸せ、あの子供たちの笑顔、その全てだ。ブレンナが、かつて自分に与えてくれたものと、同じものを)

ルシアンの瞳に、迷いは消え、鋼のような決意の光が宿った。
「俺とエリアナで、クロスロードへ向かいます。必要なものを、必ず手に入れてきます」

その力強い宣言に、しかしバルトが待ったをかけた。
「待て、ルシアン。気持ちはわかるが、どうやって手に入れるつもりだ? 50人分の村作りの資材だぞ。街の店を回って買い揃えるにしたって、俺たちの手持ちの金じゃ到底足りねえ」

その、誰もが分かっていた現実的な壁に、再び沈黙が落ちる。その中で、ルシアンは静かに懐から一通の封筒を取り出した。それは、カインから手渡された、商人ギルドの紋章が刻まれた紹介状だった。

「だからこそ、これを使うんです」
ルシアンは、決意を込めた目でバルトを見据えた。
「ギルドマスターから、商人ギルドの幹部、ギデオンに会えと命令されています。鉱山の一件で、奴らには貸しがあるはずだ。金で買うじゃない。交渉で、勝ち取るんです」

クロスロードを実質的に支配する二大勢力の一つ、商人ギルド。その中枢に、たった二人で乗り込む。その無謀とも思える計画に、誰もが息を呑んだ。だが、ルシアンの瞳には、揺るぎない確信があった。



クロスロードの商人ギルド本部は、大理石とビロードで彩られた、富と権力の象徴のような建物だった。質実剛健な冒険者ギルドとは、何もかもが対照的だ。

重厚な扉を前に、エリアナはゴクリと喉を鳴らす。
「大丈夫かな、ルシアン…。本当に、うまくいくの…?」
「ああ」と、ルシアンは短く答えた。その声には、不思議なほどの落ち着きがあった。「相手は『商人』だ。損得勘定しかしない。そして、欲深い人間ほど、目の前の小さな利益に飛びついて、大きな損を見過ごすものさ」

彼は、エリアナにだけ聞こえるようにそう囁くと、まるで王城にでも招かれたかのように、臆することなく守衛に紹介状を突きつけた。

通されたのは、最上階にある、街を一望できる広大な執務室だった。

「これはこれは、噂の新人さん。ようこそお越しくださいました」
窓を背に立つ影が、ゆっくりと振り返る。優雅な物腰で二人を迎えたギデオン。人好きのする笑みを浮かべているが、その瞳の奥には、相手の価値を冷徹に値踏みする、蛇のような光が宿っていた。

「我々としても、鉱山の件では多大な損害を被りましてね」
交渉の冒頭、ギデオンはあくまで自分たちも被害者であると主張し、主導権を握ろうとする。普通の冒険者なら、ここで「そちらの事情は知らない」と突っぱねるか、逆に恐縮してしまうだろう。

だが、ルシアンの反応はそのどちらでもなかった。彼は、まるでその言葉を待っていたかのように、完璧なタイミングで切り出した。
「ええ、存じております。だからこそ、俺たちがアンデッドを排除し、鉱山の安全を確保した。これで、商人ギルドは今後、莫大な利益を独占できる。これは、両ギルドの友好関係なくしては成し得なかったこと。つきましては、その『友好の証』として、今回の騒動で生まれた難民たちに、慈悲深い商人ギルドから、ほんの『お気持ちばかり』の物資を寄付していただけないかと」

その言葉の裏にある意味を、ギデオンは瞬時に読み取った。
(この小僧…! 我々がここで断れば、冒険者ギルドとの関係にヒビが入ることを分かった上で、交渉のテーブルについているのか…!)

そして同時に、ルシアンもまた、ギデオンの思考を読んでいた。
(あんたみたいな欲深い人間が、「はい、そうですか」と、ただでくれてやるはずがない。必ず、この状況を利用して、俺から何かを引き出そうとするはずだ)

案の定、ギデオンはその笑みを深めた。彼の頭の中では、すでに新たな算盤が弾かれている。この腕の立つ冒険者を、タダで返すのは惜しい、と。
「素晴らしいご提案です。ええ、寄付しましょう。ただし…こちらも、一つお願いがある」

その言葉を聞いた瞬間、ルシアンの口元に、誰にも気づかれないほどの、ごく微かな笑みが浮かんだのを、隣に立つエリアナだけが見ていた。
(――来た!)

「実は、我々が管理する倉庫地区で、少々厄介な『ネズミ』が湧いておりまして。ギルドの兵を動かすと事が大きくなる。そこで、あなたのような腕利きの冒険者殿に、内密に『駆除』をお願いしたい。成功の暁には、あなたの民が必要とする物資は、こちらで『手違い』が起きるほど潤沢に用意させてもらいますが?」

その言葉は、甘い蜜の中に毒を隠していた。ルシアンを厄介払いに使い、貸し借りなしにするどころか、逆にこちらに恩を売ろうという、ギデオンの狡猾な魂胆が透けて見える。
(…やはり、ただでは渡さないか。だが、今は民の生活が最優先だ。それに、このきな臭い依頼、利用させてもらうとしよう)

それは、ルシアンが仕掛けた罠に、ギデオンが完璧にハマった瞬間でもあった。
ルシアンは、心の内を一切悟らせず、静かにそれを受け入れた。



その夜。ルシアンとエリアナは、クロスロードの港に隣接する、広大な倉庫街へと潜入していた。潮の香りと、荷物の匂いが混じり合う、迷路のような場所。

「エリアナ、気を付けて。ギデオンのような男が使う『ネズミ』という言葉は、額面通りに受け取らない方がいい」
「うん…」
エリアナは、ルシアンのその落ち着き払った態度に、何か確信めいたものを感じ取っていた。彼は、ただ依頼をこなすのではなく、何か別の目的を持って、この闇に足を踏み入れている。

「ネロ、頼む。この地区にいる人たちの様子を探ってきてくれ」
物陰でバッグから出されたネロは、主の命令を完璧に理解すると、影から影へと、音もなく闇に溶け込んでいく。ルシアンの目的は、敵の発見ではない。相手の正体を見極めることだった。

ネロから送られてくる情報で、彼らが凶悪な盗賊などではなく、虐げられた人々であると確信したルシアンは、エリアナと共に彼らの拠点である倉庫へと向かった。

倉庫に潜入した二人が目にしたのは、やはり、というべき光景だった。
みすぼらしい身なりの男女が、子供たちにパンを分け与えている。その姿は、鉱山のはぐれ者たちや、かつての自分とブレンナの姿と、あまりにも似すぎていた。
(…間違いない。これがギデオンの言う『ネズミ』の正体か。話が見えてきた…ここが、俺が仕掛けるべき舞台だ)

ルシアンは、あえて物音を立て、自分たちの存在を知らせた。
即座に、倉庫内の空気が張り詰める。「抵抗組織」のメンバーたちが、武器を手に二人を取り囲んだ。
「お前ら、商人ギルドの手先か!」

一触即発の空気の中、エリアナはゴクリと唾を飲むが、ルシアンの表情は変わらない。
戦闘が始まるが、それは一方的な「演舞」だった。ルシアンは殺意を見せず、相手の武器を的確に弾き、急所を見抜いては峰打ちで的確に意識を刈り取っていく。一人として命を奪わない、圧倒的な制圧。抵抗組織のメンバーは、その絶対的な実力差を前に、戦意を喪失した。

全員を無力化したルシアンは、最後まで立っていたリーダーの女性に剣を向けず、静かに言った。
「あんた達がギデオンに全てを奪われた者たちだということは、聞いている」
「なっ…!?」
「俺はギデオンに雇われた。あんた達を『駆除』しろ、と。だが、断る。俺の敵は、あんた達じゃない。ギデオンだ」

ルシアンの言葉に、リーダーの女性は驚きと混乱の表情を浮かべる。ルシアンは、そんな彼女に、闇の中で不敵な笑みを向けた。

「あんた達の依頼は、確かに『達成』してやろう。ただし、ギデオンの望むやり方じゃない」
「どういう、意味だ…?」

「どうせなら、派手にやろうじゃないか。奴が一番失って困るものを、俺たちが、そっくりいただくってのはどうだ?」
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