星を継ぐ少年 ~祈りを受け継ぎし救世主、星命創造の力で世界を変え、星の危機に挑む~

cocososho

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創生篇

第十三話:逆襲の狼煙

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倉庫街の薄暗いアジト。そこには、ルシアンとエリアナ、そしてギデオンに全てを奪われた「抵抗組織」のメンバーたちが集っていた。リーダーである気丈な女性が、「クララ」と名乗った。彼女は元々、このクロスロードで誰からも尊敬される、高潔な商家の女主人だったという。

クララたちが持っていた倉庫街の見取り図を広げ、ルシアンは驚くべき作戦を提案した。
「奴の倉庫から物資を直接奪えば、俺たちはただの犯罪者になり、いずれ潰される。俺たちが狙うのは、ギデオンという蛇を、俺たちの意のままに動かすための『首輪』だ」

ルシアンの真の狙いは、ギデオンが私的に使用している倉庫の最奥にある、巨大な金庫。その中にあるはずの「ギデオンの背後にいる、さらに大物を巻き込む重要書類」だった。
「奴が一番失って困るもの…それは、奴を操っている貴族との癒着を示す書簡や、裏取引の契約書のはずだ」

クララが、鋭い視線で問いかける。「ですが、なぜそんな重要なものを、王都ではなくこんな場所に?」

ルシアンは、落ち着き払って答えた。
「理由は二つ。一つは、ギデオンの傲慢さ。このクロスロードで、自分の金庫を破れる者などいないと高をくくっている。そして、もう一つが重要だ。その書類は、ギデオンにとって、貴族を黙らせるための『切り札』でもあるからだ。いつでも取り出せる手元に置き、互いに喉元にナイフを突きつけ合っているのさ」

その、あまりにも的確な分析に、クララたちは言葉を失った。彼らは、ルシアンの作戦に全てを懸けることを決意した。役割は明確だった。陽動はクララたち。後方警戒と連絡役はエリアナ。そして、潜入はルシアンとネロが担う。



月が、厚い雲に隠れた、作戦決行の夜。
クロスロードの港湾地区に、突如として火の手と鬨の声が上がった。
「ギデオンの倉庫から、俺たちのものを取り返せー!」
クララ率いる陽動部隊が、計画通りに最も警備が厳重な商品倉庫を襲撃する。警報が鳴り響き、街の警備兵たちが慌ただしくそちらへ向かっていく。

その喧騒を遠くに聞きながら、ルシアンはギデオン個人の倉庫を臨む建物の屋根に、猫のように身を潜めていた。
「ネロ、頼む」
彼の足元から、漆黒の相棒が、まるで影が分離するかのようにスルスルと走り出す。ネロは、レンガの壁のわずかな凹凸を足場に、音もなく地面へと降り立つと、闇に完全に溶け込んだ。

すぐに、ルシアンの脳内に、ネロが見聞きする全てが流れ込んでくる。警備兵の配置、心音の数、巡回のルート、床下や天井裏に仕掛けられた簡易な魔術の罠。情報は、完璧な立体地図となって彼の頭の中に構築されていった。

「…行くぞ」
ルシアンは、ネロが示した最も手薄な侵入経路――二階の鉄格子がはまった窓へと向かう。建物の間は、大人が三人並んで歩けるほどの幅がある。彼は、助走もつけずに、ただ静かに屋根の縁から跳躍した。
常人なら届くはずもない距離を、ルシアンの体は軽々と滑空し、対面の壁に着地すると同時に、その勢いを殺すことなく、さらに壁を蹴って目的の窓へと吸い込まれるように到達する。

鉄格子に手をかけると、ひんやりとした感触が伝わった。彼は、【レイジ・ベアの膂力】を解放する。だが、力任せに引きちぎらない。ゆっくりと、金属が悲鳴を上げないよう、ミリ単位で圧力をかけていく。ギギ…と、ネズミの鳴き声ほどの音を立てて、頑丈な鉄格子が飴のように歪み、人が一人通れるだけの隙間が生まれた。

音もなく倉庫内に着地したルシアンは、再びネロと意識を同調させる。
(――二階通路、前方から巡回兵が二人。10秒後に角を曲がる)
ルシアンは、通路脇の荷物の影に身を隠す。そして、巡回兵が近づくにつれて、その身から【コープス・ロードの威圧】を、ごく微かに滲み出させた。
「…おい、なんだか急に寒くないか?」
「ああ…気味が悪い。早く巡回を終わらせて、詰所に戻ろうぜ」
警備兵たちは、得体のしれない悪寒に身を震わせると、足早にその場を通り過ぎていった。彼らは、自分たちが死の気配そのものの隣を歩いていたことなど、知る由もない。

こうして、ルシアンは一度も姿を見せることなく、最深部へと続く巨大な鉄の扉の前へと到達した。
ここだけは、二人の屈強な門番が、微動だにせず扉を守っている。ごまかしは効かない。
ルシアンは、息を殺し、影の中で好機を待った。二人の視線が、ほんの一瞬だけ、外の喧騒に気を取られて交差した。
――その刹那。
ルシアンの姿が、インクを引いたような一本の黒い残像となって、影から影へと疾走した。
「「なっ!?」」
門番たちが、背後に現れた気配に気づき、振り返ろうとする。だが、それよりも早く、ルシアンの両の手刀が、寸分違わず二人の首筋にある神経の束を的確に打ち抜いていた。声も出させず、門番たちは、まるで糸が切れた人形のように、静かに床へと崩れ落ちた。

ルシアンは、目の前の分厚い鉄の扉の巨大なハンドルに手をかけると、ゆっくりと体重を乗せて、それをこじ開けていった。



扉の奥に広がっていたのは、一つの巨大な部屋そのものが金庫となっている、「宝物庫」だった。壁には無数の貸金庫のような小さな扉が埋め込まれ、床には金貨や宝石が山と積まれている。しかし、ルシアンはそれらには目もくれない。
彼の視線は、部屋の最奥、一段高い場所に鎮座する、ひときわ異彩を放つ黒鋼の金庫に注がれていた。あれこそが、真のターゲットだ。

黒鋼の金庫。その鍵穴があるべき場所には、不気味な牛の頭蓋骨を模した魔法のアーティファクトが埋め込まれていた。
ルシアンがそれに触れた瞬間、アーティファクトが紅蓮の光を放ち、床の魔法陣から、巨大な鉄棍を携えた牛頭のモンスター「ミノタウロス」が召喚された。

「グモォォォォッ!!」

地を揺るがす咆哮と共に、ミノタウロスがルシアンに襲い掛かる。家屋の柱ほどもある鉄棍が、風を裂く轟音を立てて振り下ろされた。
ルシアンは、後方へ飛び退くのではなく、逆に半歩、踏み込んだ。
彼は、振り下ろされる鉄棍の軌道を見極め、その側面を片腕で、真正面から受け止めた。
ゴッッ!!!
凄まじい衝撃が部屋を揺らし、ルシアンの足元の石畳が蜘蛛の巣状に砕け散る。しかし、ルシアンの体は、そこに根が生えたかのように一歩も引いていなかった。

「グ…モ…?」
ミノタウロスは、自らの全力の一撃が、目の前の小さな人間によって止められたという事実が理解できず、その凶暴な瞳に純粋な困惑の色を浮かべた。
怒りのままに鉄棍を嵐のように振り回し始めるが、ルシアンの目には、その光景は緩慢なものにしか見えなかった。
(動きが、遅く見える…!)

彼は、死の嵐の中を、まるで散歩でもするかのように、最小限の動きですり抜けていく。予測不能な軌道で放たれた一撃が、ルシアンの肩を掠めた。ズンッ! という鈍い音が響く。常人なら骨ごと砕け散る一撃。しかし、ルシアンの体には、分厚い板で殴られたかのような鈍い痛みが走っただけだった。
(…今の、効いていないのか? この身体の頑丈さも、もはや人間じゃないな)

その確信は、ミノタウロスにとっても最後の絶望となった。自身の攻撃が全く通用しないという事実に、その動きが一瞬、完全に止まる。
ルシアンは、その隙を見逃さなかった。「終わりだ」
回避の体勢から一転、地面を爆発するように蹴り、一瞬でミノタウロスの懐に潜り込むと、渾身の拳をその巨大な心臓部に叩き込んだ。

絶命したミノタウロスに、ネロが影のようにまとわりつき、その魔力を吸収し始める。召喚の核であったアーティファクトに亀裂が走り、パリン、と音を立てて砕け散る。同時に、重厚な金庫の扉が、ゆっくりと開いていった。

開かれた金庫の中は、金銀財宝はなく、ただ一つ、何の変哲もない黒い木箱が置かれていただけだった。ルシアンがその箱を開けると、中には目的の「貴族との癒着を示す重要書類」が収められていた。
ルシアンはそれらを手に取ると、空になった金庫の中に、【星命創造】の力で一輪の青い花を咲かせた。
(金や権力しか信じず、命の価値を理解できない、あんたのような男への、せめてもの手向けだ)
それは、「お前たちの富や力よりも、たった一つの生命の方が、遥かに尊く、そして強い」という、ルシアンからの無言の、そして最大の侮辱だった。
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