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飛躍篇
第十九話:星の理、魂の理
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「汝らが求める答えの一端に触れること自体が、汝らの今後の運命を大きく変えてしまうやもしれぬ。…それでも、良いのか?」
大賢者の問いかけに、星空が映し出された広大な謁見の間は、静寂に包まれた。その言葉は、二人の魂の重さを測る天秤のように、静かに、そして厳かに響いていた。
先に沈黙を破ったのは、エリアナだった。彼女は、隣に立つルシアンの横顔を一度だけ見つめると、意を決したように、大賢者へと向き直った。
「私は、知りたいです。自分の力が、いつかルシアンや、アステリアの皆を傷つけるかもしれないなんて、もう考えたくないから。どんな運命でも、受け入れます」
その震える、しかし、どこまでも真っ直ぐな声。ルシアンは、エリアナの言葉に静かに頷くと、大賢者をまっすぐに見据えた。
「俺は、俺一人のためにここに来たわけじゃない。俺を信じて待っている、たくさんの仲間がいる。彼らの未来のためなら、どんな宿命だろうと、俺が背負う」
二人の曇りなき瞳と、固い決意を見た大賢者は、静かに頷いた。
「…覚悟は、決まったようじゃな。ならば、語ろう。この世界の、二つの力の理(ことわり)を」
大賢者に導かれ、二人が足を踏み入れたのは、大樹の最奥にある、星空が映し出された幻想的な空間だった。大賢者は、その場所を「星見の間」と呼んだ。
「まず『マナ』とは、星の生命力そのもの。星に生きとし生けるものは皆、生まれ落ちる時に一度だけ、その恩恵を魂の器に受ける。それは生命の活力そのものであり、他者と授受することは叶わぬ。それが、この世界の絶対の理じゃ」
「そして『魔力』とは、生命が内に宿す魂の輝き。喜び、怒り、悲しみ…その心の高鳴りが、世界の理に干渉し、炎や水といった形を成す。それは、人の意志が起こす奇跡」
大賢者は、魔力の詳細を語る。
「その力の強さは、生まれ持った『器』の大きさで決まる。器の大きさは、血筋によって受け継がれることもあるが、必ずというわけではない。そして、ごく稀にではあるが、弛まぬ修行によって、己の器そのものを大きくする者もおる」
その言葉に、ルシアンは意を決して口を開いた。
「大賢者様。俺は…植物から、力を得ることができます。マナを、奪うというよりは、分けてもらっているような…そんな感覚です」
大賢者は、静かに頷いた。
「『大シルヴァンの壁』から、汝を『星の子』と伝え聞いた時、我もその意味を測りかねておった。だが、今、確信した。星から直接マナを汲み上げ、あまつさえ他者に分け与える…。それは、世界の理を根底から覆す、あり得ざる御業。それこそが、『星の子』たる所以なのじゃろう」
◇
大賢者の視線が、遥か遠くを見るように、星空へと向けられた。
「我らルナリアの民にすら、断片的にしか伝わっておらぬ、古い口伝がある。『遥か昔、古代の先人は、いずれ訪れる根源的な危機に備え、星の子を創った』とな」
「危機…ですか?」ルシアンが問い返す。
「うむ。だが、その『古代』がいつの時代なのか、危機が何なのか、我らの歴史はあまりにも多くを失い、もはや知る術はない。ただ、失われた伝承の中に『マナと魔力』『光と闇』という言葉が、対となって繰り返し現れる。我らも、その真の意味を、まだ知らぬ」
そこで、大賢者は初めて、ルシアンの足元で静かに控えるネロに、その深い視線を向けた。
「そして、その影よ。星の子、汝との魂の繋がりは、あまりに強固で、もはや共同体に近い。その身に魔力が取り込まれていく様は、確かに『器』のようじゃ。だが…」
大賢者は、まるでネロの魂の深淵を覗き込むかのように、わずかに眉をひそめた。
「…その器には、底が見えぬ。まるで、星の影そのものを写し取ったかのようじゃ。不可思議な存在よ」
その視線が、今度はエリアナへと、慈しむように、そして憐れむように注がれる。
「乙女よ。汝の魂には、太陽のごとき強大な力が眠っている。それは、間違いなく汝自身のもの。だが、その輝きは、自然ならざる『何か』によって、厚い雲に覆われておる」
「…! 私の、中に…何かが?」エリアナが、信じられないといった表情で聞き返す。
大賢者は、静かに頷いた。「うむ。汝の『意思』と、魔法を形作る『イメージ』。その二つが、力の源泉へと届くのを、まるで小さな石ころが、大河の流れを塞き止めているかのようじゃ。本来、決してそこにあるはずのない、小さな、しかし、あまりにも強固な呪縛がな」
◇
全てを語り終えた大賢者は、二人に一つの道を提示する。
「汝らの力は、あまりに強大で、あまりに未熟。このままでは、いずれその力に呑まれよう。しばし、このシルヴァンヘイムに滞在し、自らの力と向き合うが良い」
「少年よ」と、彼はルシアンに向き直る。「汝の力は、誰かに教えられるものではない。自ら感じ、目覚めさせるものじゃ。この国の北、シルベリアとの国境近くに、建立時期も定かならぬ、古代の祠がある。その扉は、いかなる魔力にも物理的な力にも反応せず、今まで誰一人として開けた者はいない」
「だが、マナを操る汝にならば、あるいは…。その扉を開き、中に眠るものと向き合うこと。それが、汝への試練じゃ」
「私も行くわ!」
エリアナが、思わず声を上げる。ルシアンから離れることへの不安が、彼女を衝き動かした。だが、大賢者は静かに首を振った。
「炎の乙女よ。汝の力は、まだ荒ぶる奔流。マナに満ちたあの祠は、汝にとって危険すぎる。汝には、別の試練を与えよう。我が弟子の一人に、魔法の戦闘と制御を教えさせる」
大賢者の視線が、再びネロへと注がれる。
「そして、影よ。汝の主は、汝を置いては行かぬだろう。だが、乙女のそばにもまた、守り手が必要じゃ。汝の魂は少年のものと同じ。主の代わりに、乙女を守ってやれるか」
ネロは、その言葉を理解したかのように、ルシアンを見上げ、そしてエリアナを見上げると、静かに一声、「にゃあ」と鳴いた。
ルシアンは一人で祠へ向かうことに、エリアナは都に残って修練を積むことに。二人は、初めて離れて行動することになる。
数日後、それぞれの試練へと向かう朝。エリアナは不安げな顔を隠せなかったが、すぐに唇をきゅっと結ぶと、ルシアンに力強く約束した。
「私も、強くなるから。絶対に。次に会う時は、もっとあなたの隣に立てるように」
「ああ、信じてる」
ルシアンは、そう言って、少しだけ躊躇った後、エリアナの頭を一度だけ、優しく撫でた。
大賢者の問いかけに、星空が映し出された広大な謁見の間は、静寂に包まれた。その言葉は、二人の魂の重さを測る天秤のように、静かに、そして厳かに響いていた。
先に沈黙を破ったのは、エリアナだった。彼女は、隣に立つルシアンの横顔を一度だけ見つめると、意を決したように、大賢者へと向き直った。
「私は、知りたいです。自分の力が、いつかルシアンや、アステリアの皆を傷つけるかもしれないなんて、もう考えたくないから。どんな運命でも、受け入れます」
その震える、しかし、どこまでも真っ直ぐな声。ルシアンは、エリアナの言葉に静かに頷くと、大賢者をまっすぐに見据えた。
「俺は、俺一人のためにここに来たわけじゃない。俺を信じて待っている、たくさんの仲間がいる。彼らの未来のためなら、どんな宿命だろうと、俺が背負う」
二人の曇りなき瞳と、固い決意を見た大賢者は、静かに頷いた。
「…覚悟は、決まったようじゃな。ならば、語ろう。この世界の、二つの力の理(ことわり)を」
大賢者に導かれ、二人が足を踏み入れたのは、大樹の最奥にある、星空が映し出された幻想的な空間だった。大賢者は、その場所を「星見の間」と呼んだ。
「まず『マナ』とは、星の生命力そのもの。星に生きとし生けるものは皆、生まれ落ちる時に一度だけ、その恩恵を魂の器に受ける。それは生命の活力そのものであり、他者と授受することは叶わぬ。それが、この世界の絶対の理じゃ」
「そして『魔力』とは、生命が内に宿す魂の輝き。喜び、怒り、悲しみ…その心の高鳴りが、世界の理に干渉し、炎や水といった形を成す。それは、人の意志が起こす奇跡」
大賢者は、魔力の詳細を語る。
「その力の強さは、生まれ持った『器』の大きさで決まる。器の大きさは、血筋によって受け継がれることもあるが、必ずというわけではない。そして、ごく稀にではあるが、弛まぬ修行によって、己の器そのものを大きくする者もおる」
その言葉に、ルシアンは意を決して口を開いた。
「大賢者様。俺は…植物から、力を得ることができます。マナを、奪うというよりは、分けてもらっているような…そんな感覚です」
大賢者は、静かに頷いた。
「『大シルヴァンの壁』から、汝を『星の子』と伝え聞いた時、我もその意味を測りかねておった。だが、今、確信した。星から直接マナを汲み上げ、あまつさえ他者に分け与える…。それは、世界の理を根底から覆す、あり得ざる御業。それこそが、『星の子』たる所以なのじゃろう」
◇
大賢者の視線が、遥か遠くを見るように、星空へと向けられた。
「我らルナリアの民にすら、断片的にしか伝わっておらぬ、古い口伝がある。『遥か昔、古代の先人は、いずれ訪れる根源的な危機に備え、星の子を創った』とな」
「危機…ですか?」ルシアンが問い返す。
「うむ。だが、その『古代』がいつの時代なのか、危機が何なのか、我らの歴史はあまりにも多くを失い、もはや知る術はない。ただ、失われた伝承の中に『マナと魔力』『光と闇』という言葉が、対となって繰り返し現れる。我らも、その真の意味を、まだ知らぬ」
そこで、大賢者は初めて、ルシアンの足元で静かに控えるネロに、その深い視線を向けた。
「そして、その影よ。星の子、汝との魂の繋がりは、あまりに強固で、もはや共同体に近い。その身に魔力が取り込まれていく様は、確かに『器』のようじゃ。だが…」
大賢者は、まるでネロの魂の深淵を覗き込むかのように、わずかに眉をひそめた。
「…その器には、底が見えぬ。まるで、星の影そのものを写し取ったかのようじゃ。不可思議な存在よ」
その視線が、今度はエリアナへと、慈しむように、そして憐れむように注がれる。
「乙女よ。汝の魂には、太陽のごとき強大な力が眠っている。それは、間違いなく汝自身のもの。だが、その輝きは、自然ならざる『何か』によって、厚い雲に覆われておる」
「…! 私の、中に…何かが?」エリアナが、信じられないといった表情で聞き返す。
大賢者は、静かに頷いた。「うむ。汝の『意思』と、魔法を形作る『イメージ』。その二つが、力の源泉へと届くのを、まるで小さな石ころが、大河の流れを塞き止めているかのようじゃ。本来、決してそこにあるはずのない、小さな、しかし、あまりにも強固な呪縛がな」
◇
全てを語り終えた大賢者は、二人に一つの道を提示する。
「汝らの力は、あまりに強大で、あまりに未熟。このままでは、いずれその力に呑まれよう。しばし、このシルヴァンヘイムに滞在し、自らの力と向き合うが良い」
「少年よ」と、彼はルシアンに向き直る。「汝の力は、誰かに教えられるものではない。自ら感じ、目覚めさせるものじゃ。この国の北、シルベリアとの国境近くに、建立時期も定かならぬ、古代の祠がある。その扉は、いかなる魔力にも物理的な力にも反応せず、今まで誰一人として開けた者はいない」
「だが、マナを操る汝にならば、あるいは…。その扉を開き、中に眠るものと向き合うこと。それが、汝への試練じゃ」
「私も行くわ!」
エリアナが、思わず声を上げる。ルシアンから離れることへの不安が、彼女を衝き動かした。だが、大賢者は静かに首を振った。
「炎の乙女よ。汝の力は、まだ荒ぶる奔流。マナに満ちたあの祠は、汝にとって危険すぎる。汝には、別の試練を与えよう。我が弟子の一人に、魔法の戦闘と制御を教えさせる」
大賢者の視線が、再びネロへと注がれる。
「そして、影よ。汝の主は、汝を置いては行かぬだろう。だが、乙女のそばにもまた、守り手が必要じゃ。汝の魂は少年のものと同じ。主の代わりに、乙女を守ってやれるか」
ネロは、その言葉を理解したかのように、ルシアンを見上げ、そしてエリアナを見上げると、静かに一声、「にゃあ」と鳴いた。
ルシアンは一人で祠へ向かうことに、エリアナは都に残って修練を積むことに。二人は、初めて離れて行動することになる。
数日後、それぞれの試練へと向かう朝。エリアナは不安げな顔を隠せなかったが、すぐに唇をきゅっと結ぶと、ルシアンに力強く約束した。
「私も、強くなるから。絶対に。次に会う時は、もっとあなたの隣に立てるように」
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