星を継ぐ少年 ~祈りを受け継ぎし救世主、星命創造の力で世界を変え、星の危機に挑む~

cocososho

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飛躍篇

第二十一話:古の記憶と魂の枷

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ルシアンが足を踏み入れた古代の祠の最深部は、壁一面に星空が描かれた広大なドーム状の空間だった。その中央には、淡い光を放つ、人頭大の黒い球体が音もなく浮いている。

彼が、その球体に吸い寄せられるようにそっと手を触れた瞬間、ブゥン、という低い共振音がドームに響き渡った。球体の表面を、無数の光の線が回路のように走り、彼の手のひらをスキャンする。
次の瞬間、球体から一本の光の柱がドームの中央へと放たれ、そこから無数の光の粒子が弾けるように散らばった。粒子は、まるで意思を持つかのように集い、整列し、空中に立体的な光の文字を構築していく。

最初に表示されたのは、【一の書:光と影の唄】という表題だった。

【一の書:光と影の唄】

“原初、星は一度だけ、深く息吹を放った。その聖なる星の息吹は、万象に宿る生命の源流。魂の器にただ一度きり授かる、不変の理であった。

されど、光が在れば、必ず影は落ちる。星の息吹という光が器を照らす時、その対なる影、心の嵐もまた、魂の奥底に静かに生まれた。

星の息吹が静謐なる星の輝きであるならば、心の嵐は荒ぶる魂の奔流。喜びを糧に、怒りを糧に、それは受け継がれ、蓄えられ、やがて強大なる魂の揺らぎは、炎を熾し、水を操る御業となった。“

一の書が光の粒子となって消えると、再び粒子が集い、次の書を紡ぎ出す。

【二の書:淀みより生まれしもの】

“星が光の一滴を分け与える時、全ての影が、その魂の器に収まるわけではなかった。
器よりあぶれ、行き場をなくした親なき闇は、星の息吹が薄れる大地の傷――「淀み」へと、惹き寄せられるように集う。

そして、影が影を呼び、闇が闇を喰らう場所にて、新たな生命が産声を上げる。
星の息吹という光の記憶を持たず、ただ闇の衝動のみで世界を彷徨う、歪なる者ども。
人々は、それを魔物と呼んだ。“

ルシアンは、世界の根幹を成す理を、その魂で完全に理解した。
しかし、続く【三の書:星の揺り籠と古の祈り】の文字は、デジタルノイズのように激しく乱れ、判読できない。長い年月の間に、この記憶装置が部分的に破損してしまったかのようだ。
ルシアンは、かろうじて「…厄災は顕現し…」「…古の民は滅び…」「――“星の子”と」という、いくつかのキーワードだけを読み取ることができた。



その頃、シルヴァンヘイムの訓練場では、エリアナが自分のしでかしたことに顔面蒼白になっていた。
「ご、ごめんなさい…!」
レンは、爆風にも動じず、厳しい表情で告げる。「やはり、そうでしたか。あなたの力は、正常なルートでは引き出せない。強い感情という『裏道』を通った時だけ、その奔流が堰を切って溢れ出す」

彼女は、より精密な調査を開始した。「動かないでください」と短く告げると、レンは目を閉じ、その両の手のひらをエリアナのこめかみにそっと当てる。彼女の手から、淡く輝く風の魔力が、光の糸のようにエリアナの体内へと流れ込んでいった。

レンは、エリアナの魂の内側を「見て」いた。そこには、彼女の生命力そのものである、巨大で、荒れ狂う深紅の奔流が渦巻いていた。
(…なんと凄まじい力。これが、原初の炎…)
レンは、その奔流を遡り、源泉へと意識を集中させる。そして、見つけた。
奔流が生まれ出る、まさにその源のすぐそばに、魔力とは全く異質な、黒く、冷たい、小さな『石』が突き刺さっているのを。

レンがゆっくりと目を開けると、その表情は、これまでにないほど険しくなっていた。
「…これは…」
彼女は、エリアナのこめかみの辺りを指し示す。「あなたの魔力の流れは、ここで、明らかに不自然な形で滞っている。まるで、岩が川の流れを堰き止めるように。…呪いなどという、曖昧なものではありません。あなたの魂には、物理的な『枷』がはめられているようです」

レンは、それが極小の魔道具であり、赤子の頃に埋め込まれたであろうことを推察する。そして、その非道な行いに、正義感の強い彼女は静かな怒りを燃やした。
「誰です…! こんな、人の魂そのものを弄ぶような真似をしたのは…!」



一方、古代の祠。
断片的ながらも、世界の真実の一端に触れたルシアン。(過去に、何か途方もない『厄災』があった…。そして、古文書には『星の子』という言葉も…。大賢者も、壁も、俺をそう呼んだ。俺は、このことと何か関係があるのか…?)
彼が、その断片的ながらも重い事実を受け入れた瞬間、目の前の黒い球体がまばゆい光を放ち、彼の体へと吸い込まれていった。

視界が、一度、真っ白な光に包まれる。そして、ゆっくりと目を開くと、世界は全く違う姿を見せていた。
壁を構成する石、床に転がる小石、そして自身の体からさえも、淡い光の粒子が立ち上り、まるで川のように流れているのが見える。
(これが…マナの流れ…?)
ルシアンは、新たな力を得たことを自覚した。それは、世界の「マナの流れ」そのものを、色や光として視認できる能力――【星見の瞳】。

黒い球体が消えた後、ドームの奥に、これまで気づかなかったもう一つの部屋があることに気づく。
そこは、最初の部屋とは対照的に、自然の岩肌が剥き出しの、洞窟のような空間だった。中央には簡素な石の祭壇があり、その上には、小動物が入れるくらいの大きさの、開かれた繭が残されていた。そして、部屋の天井には、遥か上空の光が差し込む、縦穴が開いていた。
(この祠は、何かが生まれるための場所…。そして、この繭は、その揺り籠…。まさか、ここから何かが…?)
ルシアンは、その可能性に思い至るが、確証はない。新たな力と、自らの出自に関する、より深い謎を胸に、彼は静かにその祠を後にした。



シルヴァンヘイムの訓練場。
レンは、エリアナに告げる。魔道具の摘出は可能だが、万が一失敗すれば、二度と魔法が使えなくなるどころか、命の保証もない、と。
しかし、エリアナの決意は揺らがなかった。「やります。私、もう逃げたくないから」

その頃、ルシアンが立ち去り、静寂を取り戻した古代の祠の最深部。
ルシアンのマナに触れたことで、黒い球体の残滓が再び淡い光を放ち始める。そして、彼の目の前で表示された時と同じように、光の文字が宙に浮かび上がった。
最初は、ルシアンが見たのと同じように、三の書は文字が乱れて判読できない。しかし、球体の光が強まるにつれて、その乱れていた文字が、まるでデータが修復されるかのように、ゆっくりと再構築されていく。

【三の書:星の揺り籠と古の祈り】

“星の息吹が星の隅々までを等しく照らす光であるのに対し、影の力は、より濃い闇を求めて集う宿命にあった。遥か北の果て、常冬の御座。そこは、星の影が溜まる特異点。

永劫の時を経て、満たされた闇の盃は、星そのものを喰らい尽くす厄災として顕現する。その時、星は自らを守るため、光と闇の全てを無に帰す、大いなる沈黙を行う。古の民と文明もまた、その沈黙の前に、星の塵へと還った。

だが、滅びの寸前で、我らは真理に辿り着いた。闇が蓄積されるというのなら、光もまた、蓄積できるはずであると。我らは残された力の全てを結集し、光の特異点を創り上げた。永きに渡り、純粋なる星の息吹だけを溜め込み続ける、光の揺り籠を。

そして、その膨大な光の奔流が、次の厄災が訪れる時に、一つの生命として顕現するための「器」を用意した。
その器の名を、我らは最後の祈りを込めて、こう呼んだ。

――“星の子”と。“
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