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立国篇
第六十話:勝敗を決した一手
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決勝戦を前にした控室。その空気は、特殊な緊張感に満ちていた。それは互いの実力を認め合った者だけが放つ、静かな敬意の応酬だった。エリアナが見守る中、ルシアンとレンは、静かに互いを見据えている。
「レン。久しぶりの手合わせだが、よろしく頼む」
「ええ、こちらこそ。ですが、今回は絶対に負けません」
「ああ。お互いにな」
その、多くを語らずとも互いの覚悟が伝わるやり取りに、エリアナは笑顔で声をかけた。
「二人とも、頑張って!」
ルシアンとレンは、その声に力強く頷き返し、決勝の舞台となる闘技場へと、並んで歩みを進めた。
◇
その頃、会場では、これから始まる決勝戦を前に、セレモニーが執り行われていた。
貴賓席は、この大会一番の熱気に包まれている。商人たちは、これまでの負けを取り戻そうと、必死に情報をかき集め、最後の賭けに備えていた。
「間違いなく、あのルシアンという少年が、また超常的な力で圧勝するだろう」
「いや、待て。レンとかいうエルフは、まだ何も実力を見せていないぞ。予選も準決勝も、一瞬で終わらせた。とてつもない力を隠し持っているに違いない」
「これまでの戦いの実績から見れば、当然少年が有利だ。だが、エルフの未知数さが、予想を困難にさせる…」
その熱気とは裏腹に、元会長アレクシスは、ただ静かに闘技場を見つめていた。
(ルシアン、エリアナ、レン…。この三人の力、わしがこれまで見てきた、どの逸材とも次元が違う…)
彼は、激しく咳き込むと、背後に控える従者に、か細い声で命じた。
「…ゴホッ…おい。この三人が、この街に来た時、そしてその前にどこで何をしていたのか、とにかく全ての情報を集めろ。…一体、何者なのだ、彼らは…ゴホッ…」
「はっ! 直ちに…!」
従者が目配せをすると、彼の背後に控えていた影が、すっとその場から姿を消した。
やがて、セレモニーが終わり、観客の熱気が最高潮に達したところで、主催者の声が響き渡る。
「皆様、お待たせいたしました! ついに決勝戦! このリベラポリスの頂点に立つのはどちらか! 試合時間となりました!!」
うおおおおおおおお!!!
会場は、割れんばかりの歓声で、闘技場へと入場するルシアンとレンの二人を迎えた。
そして、ついにその時が来た。
「それでは決勝戦、開始!!!」
◇
ゴォォン!
これまでで最も大きく、そして重い銅鑼の音と共に、ついに最後の戦いの火蓋が切られた。
「じゃあ、レン、早速行かせてもらうぞ!」
ルシアンは先手を取って動いた。その姿は、一瞬、陽炎のように揺らめいたかと思うと、闘技場の床を蹴る音すら残さずに掻き消えた。準決勝でエリアナに見せたものと同じ、いや、それ以上の神速。
しかし、レンは風をその身に纏い、まるで未来を予知しているかのように、ルシアンの神速の動きに完璧に対応する。直接戦闘は避け、常に一定の距離を保つように、彼女もまた圧倒的なスピードで回避と離脱を繰り返した。
「直接戦闘は避ける作戦か! なら!」
ルシアンは【星命創造】の力を解放する。ドンッ!ドンッ!ドンッ!と、レンの足元や進路上に、次々と巨大な岩壁がせり出し、その動きを妨害しようとする。だが、レンはその全てを、まるで踊るかのように華麗な身のこなしで避け、ルシアンの接近を許さない。
「では、そろそろ」
レンの、静かな声。
「何!?」
ビュン!
ルシアンの頬を、超高速の何かが掠めていった。見れば、闘技場の壁に、金属製の細い棒が深く突き刺さっている。
「…おいおい…本気で当てに来ただろ!」
「当たり前です。これは戦いですから。本気で行きます」
レンの真剣な表情に、ルシアンは改めて気合を入れ直した。
ビュン!ビュン!
レンは、距離を保ちながら、ルシアンの創造する蔦や岩壁を高速で躱し、寸分の狂いもない正確さで、金属の棒をルシアンめがけて投擲してくる。
(なかなか距離が縮まらない…! それに、あの棒が厄介だ。全て紙一重で避けているが…)
戦況は、完全にレンの描いた絵図の通りに進んでいた。攻めるルシアン、捌くレン。攻防が繰り返される中、ルシアンはふと、闘技場の床に突き刺さる無数の金属棒が、ある一定の法則を持って配置されていることに気づいた。
「ん…?」
「気づきましたか?」
「本当の狙いは、この棒を地面に仕込むことか!?」
レンは、不敵に笑う。「ふふ」
その間も、金属棒の投擲は止まらない。
「一体、何が狙いだ!?」
ルシアンがそう叫んだ時、レンがさらに大きく距離を取った。周囲の魔力の流れが変わる。重く、湿気を帯びた空気が、肌にまとわりつく。ルシアンの身の周りで、パチパチと静電気のような現象が起こり始めた!
「雷か!」
「ええ。雷霆は範囲殲滅には向きますが、ピンポイントでの制御が難しいので」
「それで、地中の金属棒で、道を作ったとでも言うのか!?」
「その通り。今、あなたがいるその場所は、私の投げた棒が同心円状に無数に埋まっている、その中心です」
ルシアンは、自らが完璧な罠の中心にいることを悟った。「…くっ…!」
レンの手の先に、凄まじい雷の魔力が収束していく。
「行きますよ!」
「食らうか!」
ルシアンは、その場から超高速で離脱する!
しかし、レンは、その雷霆を放たなかった。彼女は、自ら、先程までルシアンがいた円陣の中心へと、ルシアンと入れ替わるように飛び込んだのだ!
そして、ドオオオン!!と、天から、凄まじい威力の雷霆が、彼女自身に降り注いだ。
「レン!」
その、常軌を逸した光景に、ルシアンは思わず叫んだ。
しかし、雷光の中心から、平然とした声が返ってくる。
「心配してくれましたか? ありがとう。…ですが、ご自分の心配をした方が良いかもしれませんよ」
雷光が晴れると、そこには、髪を逆立て、その全身から青白いエネルギーの奔流を迸らせる、レンの姿があった。
「それは…!?」
「ええ。私は短時間ですが、雷霆を自分に取り込んで、力に変えることができるようです。でも、自分に直接落とすのは、まだ難しくて」
「それで、俺を誘導したのか!?」
「そう。あたかもあなたへの攻撃に見せかけて、その場所を、私に譲ってもらったのです」
「…さすがだな」
「戦いは、相手との読み合いですよ」
「ふぅ…。そうか」
レンは、その身に宿した雷霆を、右腕に収束させていく。
「次の一撃で、決めましょう」
「分かった。俺も、全力で行くぞ」
ルシアンは光の剣を顕現させ、その周囲に、白い「マナの場」を展開する。
レンもまた、腰を落とし、その右腕に、全てを貫く雷の槍を形成していた。
二人の空気が、極限まで張り詰める!
次の瞬間、ルシアンが動いた。白い空間と共に、一直線にレンへと突撃する!
ズガァァン!!
しかし、そのルシアンの体に、超高密度の雷光が直撃した!
レンは、接近戦ではなく、あえて遠距離から雷の槍を放っていたのだ!
「なっ!?」
白い空間が、その衝撃で吹き飛び、ルシアンの本体が、一瞬だけ無防備に晒される。
その、ほんの一瞬の隙。レンの姿が、掻き消えた。
「――誰が、接近戦で決めると言いましたか?」
トンッ
ルシアンの胸に、レンの杖の先が、優しく突き当てられていた。
「…隙あり」
彼女は、下からルシアンの顔を覗き込み、悪戯っぽく言った。
ルシアンは、天を仰ぐと、どこか清々しい、しかし悔しさを隠せない表情で、静かに呟いた。
「…完敗だ。俺の、負けだな」
その言葉に、レンは、これまでにない、最高の笑顔を見せた。
「やりました」
◇
一瞬の静寂の後、主催者が、我に返ったように絶叫した。
「し、試合終了!!!! 優勝は、レン選手!!!!」
その言葉を合図に、観客席は、先程までの熱狂とは質の違う、畏怖の念に満ちた万雷の拍手に包まれた。
「マジか!!!!」「とんでもないものを見たぜ!!」「力だけじゃねえ! あの兄ちゃんを、完全に読み切ってた!」
貴賓席もまた、その結末に言葉を失っていた。
「これが、戦い…」「双方の力量もさることながら、その駆け引き、見事という他ない」「なんという大会だったのだ…」
元会長アレクシスは、その目に、わずかに生命の火を灯していた。「…素晴らしい…なんという…」
万雷の拍手の中、レンとルシアンは控室に戻った。
「す、すごかった!!!」
エリアナが、興奮気味に駆け寄ってくる。「レン! やっぱり先生ね! 終始、あのルシアンを手玉に取っていたわ!」
「戦いは、腕だけではありませんから」
「少し、自分の力に過信があったようだ。相手のことをもっと知る重要性を、改めて学んだよ」
ルシアンの、心からの言葉。
「そうです。だから、私のことをもっとよく知ってください」
「本当にそうだな」
「では、今日からマンツーマンで、徹底的に私のことを…」
「レン!」
「にゃあ」
お互いを讃えつつ、いつもの三人と一匹のやり取りが続いた。
やがて、闘技場では優勝者であるレンの表彰式が執り行われ、ついに、イーグル商会が用意した「目玉」との、最後の戦いの時が来た。
レンは、高らかに宣言する。
「賞金と、私たちの実力の証明。そのどちらも、ここで完全に獲得させていただきます」
主催者の声が、闘技場に響き渡った。
「それでは、優勝者レン選手には、当商会の刺客、グレイとの最終決戦に臨んでいただきます! これに勝利した場合、賞金一億ゴールドが贈呈されます!!」
「うおおおお!」「エルフの姉ちゃん! また速攻で倒しちゃってくれ!」「まあ、人間じゃ勝ち目ねえな!」
昨日のグレイの圧勝劇など、今日のルシアンたちの戦いで完全に吹き飛んでしまったのか。観客は、もはやレンが瞬殺することを疑っていなかった。
その頃、貴賓席の奥。ヴァルガスは、地下へと続く通路に向かって、静かに告げた。
「さあ、出番だ。行くぞ」
その声に、闇の中から、地の底から響くような声が返ってきた。
「……オォ……」
◇
闘技場の巨大なゲートが、ゆっくりと開かれていく。
だが、そこから現れたのは、昨日、圧倒的な剣技を見せた傭兵グレイの姿ではなかった。
「おい…あれ、何だ?」
「昨日のグレイじゃねえぞ!」
「人間なのか、ありゃ?」
観客席が、どよめきと恐怖に包まれる。
そこに立っていたのは、真っ黒い霧のようなものに全身を包まれた、人型のシルエットだった。
貴賓席もまた、その異様な光景に息を呑んだ。
「イーグル商会は、一体何をしたのだ?」
「昨日とは、全くの別人ではないか…!」
元会長アレクシスが、静かに呟く。
「あのイーグルの若造…何をしおった…」
その、会場全体の困惑を切り裂くように、ヴァルガスの、魔力を込められた声が響き渡った。
「ここにご来場の皆様にご紹介します! こちらは、歴戦の戦士グレイが、当商会が開発した戦闘力向上薬の試作品を使った状態であります!」
彼は、芝居がかった仕草で、両手を広げた。
「この薬は、使用者の戦闘能力を一時的に何十、いや百倍以上にも強化できる! 戦場、護衛、特殊任務など、ありとあらゆる場面で、その絶大な効力を発揮するでしょう! 皆様には、その効果を、ぜひこの場で、その目でご確認いただきたい!」
その、あまりにも常識外れな言葉に、会場の空気が一変する。
「おいおい、何つった? 百倍だと!? そんなものがあれば、この世の戦争など、薬一つでひっくり返っちまうぞ!」
「だが、確かに、あの威圧感は尋常じゃない…」
「あのエルフの姉ちゃんに勝つには、それくらいないと無理だということか…」
貴賓席では、商人たちの目の色が変わっていた。
「何だと!?」「とんでもないものを、隠し持っていたな、イーグル商会!」「この試合の結果次第では、すぐにでも大金が動くぞ!」
アレクシスは、その光景に静かに目を細める。(これが狙いか…。この大会自体よりも、その先を見据えた、兵器の見本市とするとはな…しかし、あの薬…ゴホッ…果たして…)
ヴァルガスは、内心でほくそ笑んでいた。(あの者どもめ…とんでもない化け物が大会に参加したものだ。だが、悪いが、この機会も利用させてもらうぞ。先日、大急ぎで用意させた薬だが、ここで効力が認められれば、一気に大金を得られる。安全性など知らんが、戦闘員の副作用など、後からどうとでもなるわ)
「では! 優勝者と、生まれ変わったグレイによる最終決戦を、皆様、存分にお楽しみください!」
控室で、その光景を見ていたルシアンは、静かに、しかし心の底からの怒りを込めて呟いた。
「…人を、何だと思っている」
「ルシアン、嫌な感じがするわ…。レンは、大丈夫かな」
エリアナが、心配そうに顔を曇らせる。
「俺の目で見ても、あれが異様なのは分かる。だが、エリアナ、あれは…分かるか?」
「え?」
「あれは、あの竜の墓場で、ドラゴンに纏わりついていたものに似ている」
「!…ということは…」
「ああ。おそらく、魔力の淀みを、何らかの形で取り込んだんだろう」
エリアナは、闘技場に立つレンへと、必死に声を届けようとした。
「レン! 気をつけて! あれは…!」
しかし、レンは冷静だった。
「ええ。その魔力の流れから、うっすらとは感じていましたが。あの黒い靄は、やはりそうなのですね」
「おそらく、核は本体であるグレイ自身のはずだ。あの靄を払ってくれれば、俺がピンポイントで、その場所を指示できる」
「分かりました。任せなさい。あの時の経験を、ここで活かします」
「無理はするなよ。何かあれば、すぐに助けに入る」
「ありがとう。…行ってきます」
レンは、そう言うと、静かに、しかし揺るぎない足取りで、最後の戦場へと、その一歩を踏み出した。
「レン。久しぶりの手合わせだが、よろしく頼む」
「ええ、こちらこそ。ですが、今回は絶対に負けません」
「ああ。お互いにな」
その、多くを語らずとも互いの覚悟が伝わるやり取りに、エリアナは笑顔で声をかけた。
「二人とも、頑張って!」
ルシアンとレンは、その声に力強く頷き返し、決勝の舞台となる闘技場へと、並んで歩みを進めた。
◇
その頃、会場では、これから始まる決勝戦を前に、セレモニーが執り行われていた。
貴賓席は、この大会一番の熱気に包まれている。商人たちは、これまでの負けを取り戻そうと、必死に情報をかき集め、最後の賭けに備えていた。
「間違いなく、あのルシアンという少年が、また超常的な力で圧勝するだろう」
「いや、待て。レンとかいうエルフは、まだ何も実力を見せていないぞ。予選も準決勝も、一瞬で終わらせた。とてつもない力を隠し持っているに違いない」
「これまでの戦いの実績から見れば、当然少年が有利だ。だが、エルフの未知数さが、予想を困難にさせる…」
その熱気とは裏腹に、元会長アレクシスは、ただ静かに闘技場を見つめていた。
(ルシアン、エリアナ、レン…。この三人の力、わしがこれまで見てきた、どの逸材とも次元が違う…)
彼は、激しく咳き込むと、背後に控える従者に、か細い声で命じた。
「…ゴホッ…おい。この三人が、この街に来た時、そしてその前にどこで何をしていたのか、とにかく全ての情報を集めろ。…一体、何者なのだ、彼らは…ゴホッ…」
「はっ! 直ちに…!」
従者が目配せをすると、彼の背後に控えていた影が、すっとその場から姿を消した。
やがて、セレモニーが終わり、観客の熱気が最高潮に達したところで、主催者の声が響き渡る。
「皆様、お待たせいたしました! ついに決勝戦! このリベラポリスの頂点に立つのはどちらか! 試合時間となりました!!」
うおおおおおおおお!!!
会場は、割れんばかりの歓声で、闘技場へと入場するルシアンとレンの二人を迎えた。
そして、ついにその時が来た。
「それでは決勝戦、開始!!!」
◇
ゴォォン!
これまでで最も大きく、そして重い銅鑼の音と共に、ついに最後の戦いの火蓋が切られた。
「じゃあ、レン、早速行かせてもらうぞ!」
ルシアンは先手を取って動いた。その姿は、一瞬、陽炎のように揺らめいたかと思うと、闘技場の床を蹴る音すら残さずに掻き消えた。準決勝でエリアナに見せたものと同じ、いや、それ以上の神速。
しかし、レンは風をその身に纏い、まるで未来を予知しているかのように、ルシアンの神速の動きに完璧に対応する。直接戦闘は避け、常に一定の距離を保つように、彼女もまた圧倒的なスピードで回避と離脱を繰り返した。
「直接戦闘は避ける作戦か! なら!」
ルシアンは【星命創造】の力を解放する。ドンッ!ドンッ!ドンッ!と、レンの足元や進路上に、次々と巨大な岩壁がせり出し、その動きを妨害しようとする。だが、レンはその全てを、まるで踊るかのように華麗な身のこなしで避け、ルシアンの接近を許さない。
「では、そろそろ」
レンの、静かな声。
「何!?」
ビュン!
ルシアンの頬を、超高速の何かが掠めていった。見れば、闘技場の壁に、金属製の細い棒が深く突き刺さっている。
「…おいおい…本気で当てに来ただろ!」
「当たり前です。これは戦いですから。本気で行きます」
レンの真剣な表情に、ルシアンは改めて気合を入れ直した。
ビュン!ビュン!
レンは、距離を保ちながら、ルシアンの創造する蔦や岩壁を高速で躱し、寸分の狂いもない正確さで、金属の棒をルシアンめがけて投擲してくる。
(なかなか距離が縮まらない…! それに、あの棒が厄介だ。全て紙一重で避けているが…)
戦況は、完全にレンの描いた絵図の通りに進んでいた。攻めるルシアン、捌くレン。攻防が繰り返される中、ルシアンはふと、闘技場の床に突き刺さる無数の金属棒が、ある一定の法則を持って配置されていることに気づいた。
「ん…?」
「気づきましたか?」
「本当の狙いは、この棒を地面に仕込むことか!?」
レンは、不敵に笑う。「ふふ」
その間も、金属棒の投擲は止まらない。
「一体、何が狙いだ!?」
ルシアンがそう叫んだ時、レンがさらに大きく距離を取った。周囲の魔力の流れが変わる。重く、湿気を帯びた空気が、肌にまとわりつく。ルシアンの身の周りで、パチパチと静電気のような現象が起こり始めた!
「雷か!」
「ええ。雷霆は範囲殲滅には向きますが、ピンポイントでの制御が難しいので」
「それで、地中の金属棒で、道を作ったとでも言うのか!?」
「その通り。今、あなたがいるその場所は、私の投げた棒が同心円状に無数に埋まっている、その中心です」
ルシアンは、自らが完璧な罠の中心にいることを悟った。「…くっ…!」
レンの手の先に、凄まじい雷の魔力が収束していく。
「行きますよ!」
「食らうか!」
ルシアンは、その場から超高速で離脱する!
しかし、レンは、その雷霆を放たなかった。彼女は、自ら、先程までルシアンがいた円陣の中心へと、ルシアンと入れ替わるように飛び込んだのだ!
そして、ドオオオン!!と、天から、凄まじい威力の雷霆が、彼女自身に降り注いだ。
「レン!」
その、常軌を逸した光景に、ルシアンは思わず叫んだ。
しかし、雷光の中心から、平然とした声が返ってくる。
「心配してくれましたか? ありがとう。…ですが、ご自分の心配をした方が良いかもしれませんよ」
雷光が晴れると、そこには、髪を逆立て、その全身から青白いエネルギーの奔流を迸らせる、レンの姿があった。
「それは…!?」
「ええ。私は短時間ですが、雷霆を自分に取り込んで、力に変えることができるようです。でも、自分に直接落とすのは、まだ難しくて」
「それで、俺を誘導したのか!?」
「そう。あたかもあなたへの攻撃に見せかけて、その場所を、私に譲ってもらったのです」
「…さすがだな」
「戦いは、相手との読み合いですよ」
「ふぅ…。そうか」
レンは、その身に宿した雷霆を、右腕に収束させていく。
「次の一撃で、決めましょう」
「分かった。俺も、全力で行くぞ」
ルシアンは光の剣を顕現させ、その周囲に、白い「マナの場」を展開する。
レンもまた、腰を落とし、その右腕に、全てを貫く雷の槍を形成していた。
二人の空気が、極限まで張り詰める!
次の瞬間、ルシアンが動いた。白い空間と共に、一直線にレンへと突撃する!
ズガァァン!!
しかし、そのルシアンの体に、超高密度の雷光が直撃した!
レンは、接近戦ではなく、あえて遠距離から雷の槍を放っていたのだ!
「なっ!?」
白い空間が、その衝撃で吹き飛び、ルシアンの本体が、一瞬だけ無防備に晒される。
その、ほんの一瞬の隙。レンの姿が、掻き消えた。
「――誰が、接近戦で決めると言いましたか?」
トンッ
ルシアンの胸に、レンの杖の先が、優しく突き当てられていた。
「…隙あり」
彼女は、下からルシアンの顔を覗き込み、悪戯っぽく言った。
ルシアンは、天を仰ぐと、どこか清々しい、しかし悔しさを隠せない表情で、静かに呟いた。
「…完敗だ。俺の、負けだな」
その言葉に、レンは、これまでにない、最高の笑顔を見せた。
「やりました」
◇
一瞬の静寂の後、主催者が、我に返ったように絶叫した。
「し、試合終了!!!! 優勝は、レン選手!!!!」
その言葉を合図に、観客席は、先程までの熱狂とは質の違う、畏怖の念に満ちた万雷の拍手に包まれた。
「マジか!!!!」「とんでもないものを見たぜ!!」「力だけじゃねえ! あの兄ちゃんを、完全に読み切ってた!」
貴賓席もまた、その結末に言葉を失っていた。
「これが、戦い…」「双方の力量もさることながら、その駆け引き、見事という他ない」「なんという大会だったのだ…」
元会長アレクシスは、その目に、わずかに生命の火を灯していた。「…素晴らしい…なんという…」
万雷の拍手の中、レンとルシアンは控室に戻った。
「す、すごかった!!!」
エリアナが、興奮気味に駆け寄ってくる。「レン! やっぱり先生ね! 終始、あのルシアンを手玉に取っていたわ!」
「戦いは、腕だけではありませんから」
「少し、自分の力に過信があったようだ。相手のことをもっと知る重要性を、改めて学んだよ」
ルシアンの、心からの言葉。
「そうです。だから、私のことをもっとよく知ってください」
「本当にそうだな」
「では、今日からマンツーマンで、徹底的に私のことを…」
「レン!」
「にゃあ」
お互いを讃えつつ、いつもの三人と一匹のやり取りが続いた。
やがて、闘技場では優勝者であるレンの表彰式が執り行われ、ついに、イーグル商会が用意した「目玉」との、最後の戦いの時が来た。
レンは、高らかに宣言する。
「賞金と、私たちの実力の証明。そのどちらも、ここで完全に獲得させていただきます」
主催者の声が、闘技場に響き渡った。
「それでは、優勝者レン選手には、当商会の刺客、グレイとの最終決戦に臨んでいただきます! これに勝利した場合、賞金一億ゴールドが贈呈されます!!」
「うおおおお!」「エルフの姉ちゃん! また速攻で倒しちゃってくれ!」「まあ、人間じゃ勝ち目ねえな!」
昨日のグレイの圧勝劇など、今日のルシアンたちの戦いで完全に吹き飛んでしまったのか。観客は、もはやレンが瞬殺することを疑っていなかった。
その頃、貴賓席の奥。ヴァルガスは、地下へと続く通路に向かって、静かに告げた。
「さあ、出番だ。行くぞ」
その声に、闇の中から、地の底から響くような声が返ってきた。
「……オォ……」
◇
闘技場の巨大なゲートが、ゆっくりと開かれていく。
だが、そこから現れたのは、昨日、圧倒的な剣技を見せた傭兵グレイの姿ではなかった。
「おい…あれ、何だ?」
「昨日のグレイじゃねえぞ!」
「人間なのか、ありゃ?」
観客席が、どよめきと恐怖に包まれる。
そこに立っていたのは、真っ黒い霧のようなものに全身を包まれた、人型のシルエットだった。
貴賓席もまた、その異様な光景に息を呑んだ。
「イーグル商会は、一体何をしたのだ?」
「昨日とは、全くの別人ではないか…!」
元会長アレクシスが、静かに呟く。
「あのイーグルの若造…何をしおった…」
その、会場全体の困惑を切り裂くように、ヴァルガスの、魔力を込められた声が響き渡った。
「ここにご来場の皆様にご紹介します! こちらは、歴戦の戦士グレイが、当商会が開発した戦闘力向上薬の試作品を使った状態であります!」
彼は、芝居がかった仕草で、両手を広げた。
「この薬は、使用者の戦闘能力を一時的に何十、いや百倍以上にも強化できる! 戦場、護衛、特殊任務など、ありとあらゆる場面で、その絶大な効力を発揮するでしょう! 皆様には、その効果を、ぜひこの場で、その目でご確認いただきたい!」
その、あまりにも常識外れな言葉に、会場の空気が一変する。
「おいおい、何つった? 百倍だと!? そんなものがあれば、この世の戦争など、薬一つでひっくり返っちまうぞ!」
「だが、確かに、あの威圧感は尋常じゃない…」
「あのエルフの姉ちゃんに勝つには、それくらいないと無理だということか…」
貴賓席では、商人たちの目の色が変わっていた。
「何だと!?」「とんでもないものを、隠し持っていたな、イーグル商会!」「この試合の結果次第では、すぐにでも大金が動くぞ!」
アレクシスは、その光景に静かに目を細める。(これが狙いか…。この大会自体よりも、その先を見据えた、兵器の見本市とするとはな…しかし、あの薬…ゴホッ…果たして…)
ヴァルガスは、内心でほくそ笑んでいた。(あの者どもめ…とんでもない化け物が大会に参加したものだ。だが、悪いが、この機会も利用させてもらうぞ。先日、大急ぎで用意させた薬だが、ここで効力が認められれば、一気に大金を得られる。安全性など知らんが、戦闘員の副作用など、後からどうとでもなるわ)
「では! 優勝者と、生まれ変わったグレイによる最終決戦を、皆様、存分にお楽しみください!」
控室で、その光景を見ていたルシアンは、静かに、しかし心の底からの怒りを込めて呟いた。
「…人を、何だと思っている」
「ルシアン、嫌な感じがするわ…。レンは、大丈夫かな」
エリアナが、心配そうに顔を曇らせる。
「俺の目で見ても、あれが異様なのは分かる。だが、エリアナ、あれは…分かるか?」
「え?」
「あれは、あの竜の墓場で、ドラゴンに纏わりついていたものに似ている」
「!…ということは…」
「ああ。おそらく、魔力の淀みを、何らかの形で取り込んだんだろう」
エリアナは、闘技場に立つレンへと、必死に声を届けようとした。
「レン! 気をつけて! あれは…!」
しかし、レンは冷静だった。
「ええ。その魔力の流れから、うっすらとは感じていましたが。あの黒い靄は、やはりそうなのですね」
「おそらく、核は本体であるグレイ自身のはずだ。あの靄を払ってくれれば、俺がピンポイントで、その場所を指示できる」
「分かりました。任せなさい。あの時の経験を、ここで活かします」
「無理はするなよ。何かあれば、すぐに助けに入る」
「ありがとう。…行ってきます」
レンは、そう言うと、静かに、しかし揺るぎない足取りで、最後の戦場へと、その一歩を踏み出した。
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