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立国篇
第五十九話:誓いの真剣勝負
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大会最終日。決勝トーナメント準決勝、第一試合。
控室の空気は、静かで、しかしどこか甘く、そして張り詰めていた。
「お互いに、ベストを尽くそう」
ルシアンの言葉に、エリアナはふぅ、と一つ息をついた。
「…うん。なんか、本当にあなたと真剣勝負するんだって思ったら、緊張しちゃうね。へへ」
「そうだな」
しばしの沈黙。先に立ち上がったのは、ルシアンだった。
「…じゃあ、行くか」
「うん」
エリアナも、覚悟を決めた顔で頷く。
その二人の背中に、レンが静かな声援を送った。
「決勝で、待っています」
二人は、その言葉に力強く頷き返し、準決勝の舞台となる闘技場へと、並んで歩みを進めた。
◇
「さあ、紳士淑女の皆様! お待たせいたしました! これより、準決勝第一試合を開始します!!」
主催者の声が、闘技場に響き渡る。その声に応えるかのように、観客席から地鳴りのような歓声が上がった。
「おおおおお!!!」「どっちもすげぇぞ、この戦いは!」「最高の試合を見せてくれ!!!」
貴賓席の空気も、昨日までとは全く違っていた。もはや侮蔑や嘲笑はない。ただ、これから始まるであろう人知を超えた戦いへの、畏怖と興奮だけが渦巻いている。
「これは、世紀の一戦になるやもしれんな」「これほどの試合を、この目で見られるとは…」「あの二人の、本当の戦いは、一体どのようなものになるのだ?」
その、最高潮に達した期待感の中、貴賓席の入り口付近が、にわかに騒がしくなった。
「どうした!?」「何事だ!」
列席者が入り口に目を向けると、そこにいたのは、従者に車椅子を押され、静かに入場してくる一人の老人だった。顔は痩け、時折激しく咳き込む姿は、お世辞にも健康とは言えない。だが、その瞳だけは、周囲の全てを射抜くような、鋭い光を宿していた。
「…ゴホッ!ゴホッ!…イーグルの若造が、面白い興行をやっていると聞いてな。見に来てやったわい」
その声を聞き、その姿を認めた瞬間、貴賓席の資産家や商人たちが、一斉に立ち上がり、最敬礼した。
「ア、アレクシス様! なぜ、このような場所に!?」
彼こそ、かつてリベラポリスの経済を一手中に収めていた、伝説の元商会連合の会長アレクシスだった。
「…ゴホッ!…かなりの使い手が集っていると聞いてな。死ぬ前に、少し興味が湧いただけだ」
アレクシスは、ゆっくりと闘技場を見渡せる席まで進むと、静かにその舞台を見つめた。
しばしの間の後、主催者が、改めて高らかに宣言する。
「試合開始!!!」
ゴォォン!という重い銅鑼の音と共に、ついに二人の戦いの火蓋が切られた。
「エリアナ、行くぞ!」
「ええ! 私の力、ちゃんと見せてあげるわ!」
初手、動いたのはルシアンだった。
その一歩は、まさに神速。観客の目には、彼の足元から砂塵が舞い上がったかと思うと、その姿が掻き消えたようにしか見えなかった。
ルシアンは、一瞬にしてエリアナの懐へと迫る。
しかし!
エリアナの体が、純白の太陽の炎に包まれた。その姿が、陽炎のように揺らめき、彼女もまた、常人には視認できぬ速度で、ルシアンを迎え撃つ!
ザンッ! ズンッ!ブォンッ!
空気が断裂するような音と、重い衝撃音が、時間差で闘技場全体に響き渡る!
ルシアンの目にも留まらぬ連撃を、エリアナは全て紙一重で躱し、その余波が、闘技場の魔法障壁を激しく揺らしていた。
一瞬、二人の姿が見えたかと思えば、次の瞬間には、闘技場の反対側で、火花と衝撃波が弾けている。
観客は、もはやその戦いを、目で追うことすらできなかった。ただ、その圧倒的な力の応酬を、肌で感じ、震えることしかできない。
「こんなの…人間の戦いじゃねえ…」「心底、震える…」「状況が、全く分からねぇ!!」
貴賓席の商人たちもまた、言葉を失い、ただ身を乗り出して、その神々の戯れのような光景を、瞬きもせずに見つめていた。
アレクシスの瞳だけが、その超高速の攻防の、さらに奥にある何かを、見極めようとしていた。
◇
目にも留まらぬ攻防が続く。闘技場のあちこちで、銀と白金の二つの光が衝突しては弾け、その度に凄まじい衝撃波が魔法障壁をゴォンと揺らした。
「エリアナ、強いな! 全然、攻撃が入らない!」
ルシアンが、純粋な賞賛の声を上げる。
「ルシアンのスピードにだって、ちゃんとついていけるわ!」
エリアナもまた、嬉しそうに、そして誇らしげに叫んだ。
「じゃあ、こっちも行くよ!」
「!?」
ルシアンが目を見開く。エリアナは、一度大きく距離を取ると、その周囲に、無数の小さな火球を出現させた。火球は、それぞれが意思を持つかのように高速で回転を始め、さながらガトリングガンのように、超高速の弾丸となってルシアンへと撃ち出された!
ドドドドドドドドドド!!!
容赦なく降り注ぐ炎の雨。その圧倒的な熱量と、空気を唸らせる射出音に、闘技場全体が揺れているかのような錯覚に陥る。
ズガガガガガガ!!!!
ルシアンがいた場所で、凄まじい連続爆発が起こり、もうもうたる白煙が立ち上った。
しかし、白煙の中から、無数の銀色の閃光がきらめく。
煙が晴れると、そこには光の剣を抜き放ち、飛来する火球の全てを超高速の剣戟で叩き落とす、ルシアンの姿があった。その剣筋は、まるで嵐の中で舞う銀色の竜のようだった。
「あ! ルシアン、剣使った!」
エリアナが、嬉しそうに叫ぶ。
「…くっ…! こうでもしないと、防げない…!」
ルシアンの額に、初めて汗が滲んだ。
「じゃあ! 次はこれよ!」
エリアナは、その勢いのまま、今度は炎を自らの腕に集中させる。すると、その白い手のひらの上に、細身のレイピアのような、純白に揺らめく炎の剣が出現した!
「!! そんなこともできるのか!?」
「へへ、すごいでしょ! なんでも切れちゃうんだから。ルシアンも油断したら、大変だよ!」
エリアナは、その神速に乗せて、一気に炎のレイピアをルシアンへと振りかざす!
ザァン!!
その剣戟の余波と熱風が、闘技場の空気を揺らす!
しかし、そこにルシアンの姿はなかった。
「!?」
エリアナが気配を探した、その瞬間。彼女の頭上、遥か高みに、光そのものとしか言いようのない、強烈な光源が現れた。闘技場全体が真っ白な光に照らされ、誰もが思わず目を逸らす。
その光の中心に、ルシアンがいた。
「…危ない。間一髪だった」
「まだまだ! また行くよ!」
エリアナは、目を凝らしてルシアンを視認すると、再び彼との距離を一気に詰める!
彼女が、ルシアンの足元、半径五メートル圏内に踏み込んだ、その時だった。
「ふぅ…。ここからは、俺の間合いだ」
「!?」
エリアナの視界から、ルシアンの姿が完全に消えた。いや、違う。ルシアンだけでなく、闘技場も、観客も、世界の全てが、真っ白な光の奔流に包まれ、何も見えなくなった。
自分は、確かにルシアンに向かって突進していたはずなのに、今、自分がどこにいるのか、どの方向を向いているのか、全く分からない。
「え!? 何、これ!?」
ただ、その白い光は、不思議と温かく、敵意は全く感じられなかった。
すると、
「――捕まえた」
ふわっと、背後から優しい温もりに包まれた。ルシアンが、その腕をエリアナの体に回していた。
「え!?」
ルシアンは、ぐっとエリアナを抱き寄せると、その耳元で、優しく囁いた。
「降参、するか?」
エリアナは、そのあまりの出来事に、しばらく状況が理解できなかった。だが、自分がルシアンに完全に動きを封じられていること、そして、その温かい腕の中にいることを悟る。
「…えー…。負けちゃった、の?」
「どうにも、できないだろ?」
エリアナは、ルシアンの腕にそっと自分の手を重ねると、少しだけ悔しそうに、しかし、心の底から嬉しそうに、微笑んだ。
「…そうだね。負けました」
その言葉と同時に、白い空間がすっと消え、闘技場の喧騒が戻ってくる。
エリアナは、まだルシアンに抱きしめられたまま、高らかに宣言した。
「降参です!」
一瞬の静寂の後、主催者が、我に返ったように叫んだ。
「し…試合終了!!!」
その言葉を合図に、観客席は、これまでにないほどの熱狂の渦に包まれた。
「おおおおおおお!!!」「兄ちゃんが勝ったぞ!」「訳がわからねえ戦いだった!!」
貴賓席もまた、その神々の戯れのような戦いの結末に、言葉を失っていた。
「なんなのだ! なんなのだ、あの者たちは!」「絶対に、敵に回してはならん…」
元会長アレクシスは、ただ黙って、その目に鋭い光を宿らせていた。
「…あのような者が、この世にいるとはな…」
もはや、ルシアンたちへの畏怖と、その圧倒的な存在感に、我を忘れている者が多かった。
◇
闘技場から控室へと戻る通路。先程までの熱狂が嘘のように、そこには二人だけの静かな時間が流れていた。
「はぁ…。でも、最後のあれは何だったの? 全く何も分からなかったわ」
エリアナは、まだ興奮冷めやらぬ様子でルシアンに尋ねた。
「はは。エリアナが接近戦を仕掛けてきてくれて、助かったよ」
「?」
「あの白い領域は、俺だけの『世界』のようなものだ。半径五メートルの空間に俺のマナを充満させ、【星見の瞳】の力を掛け合わせることで、その中の全ての動き、形、エネルギーの流れを、俺の五感そのものとして完全に把握できる。逆に、あの空間に囚われた者は、自らの五感を奪われる」
「そ、そんなのデタラメよ!」
エリアナは、そのあまりに規格外な力に、驚きを隠せない。
「そうだな。でも、そうでもしなきゃ勝てなかった。本当に強かったよ、エリアナ」
その、心からの言葉に、エリアナは少しだけ頬を赤らめ、そして、誇らしげに胸を張った。
「ふーん。ま、そうでしょ!」
二人は、互いの健闘を称え合いながら、仲間たちの待つ控室へと戻っていった。
控室に戻ると、レンが静かに出迎えた。
「ルシアン、おめでとうございます。エリアナも、素晴らしい戦いでした。お二人とも、本当に見事です」
「レン、ありがとう。次は、決勝でレンと、かな」
そのルシアンの言葉に、レンは静かに、しかし不敵な笑みを浮かべた。
「ええ、そうなるでしょう。ただ…」
「?」
「もう、私が勝ったも同然ですが」
「え?」
その、あまりにも自信に満ちた言葉の真意を、ルシアンは測りかねた。彼女には、何か秘策でもあるというのか。
その時、係員が次の試合の呼び出しに現れた。
「準決勝第二試合! レン選手、ご準備を!」
「では、行ってきます」
レンはいつも通り、淡々と闘技場へ向かっていった。
……
「それでは、準決勝第二試合を開始します!」
レンの相手は、予選を勝ち抜いた、あの達人風の剣士だった。
「試合開始!」
ドォォォンッ!!!
開始の合図と、ほぼ同時だった。
剣士は、剣を抜くことすらできずに、凄まじい衝撃と共に魔法障壁へと叩きつけられ、そのまま意識を失った。
闘技場には、ただ一人、静かに佇むレンの姿だけがあった。
「し、試合終了!!!」
主催者の、引きつった声が響き渡り、(うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!)歓声が鳴り響いた。
これで、ルシアン対レンの決勝戦となることが決定した。
◇
レンが、またしても一瞬で相手を沈めた準決勝第二試合。その衝撃的な結末に、貴賓席は水を打ったように静まり返っていた。
その静寂を破ったのは、元商会連合会長アレクシスの、か細い、しかし確信に満ちた声だった。
「…あのような逸材が、いつの間に現れたのだ…」
その声は、驚愕に震えていた。
「どこの国の者だ? まさか…速報でしか聞いておらんが、あの帝国軍を一掃したという、噂の…」
彼は、激しく咳き込むと、ぜいぜいと苦しそうな息を吐いた。
「…ゴホッ!…おい。この大会、最後まで見てゆくぞ」
従者にそう伝えると、アレクシスは、再びその鋭い視線を、まだ熱気の残る闘技場へと向けた。
その頃、イーグル商会の会頭室では、ヴァルガスが遠見の水晶に映し出された光景に、戦慄していた。
「なんだ、今の戦いは…!? あの者ども、ただの人間ではない…化け物ではないか!」
彼は、不安げに、地下へと続く階段に視線を送った。
「だが…。グレイ…お前なら、やれるな…?」
その問いかけに、地下の薄暗い控え室から、人間のものではない、地の底から響くような声が返ってきた。
「……オォ……」
そこには、もはやグレイの姿はなかった。
ただ、人型をした、黒い『何か』が、静かに佇んでいる。その全身から放たれる異様な魔力の渦は、周囲の空間を陽炎のように歪ませていた。
そこに自我があるのか、ないのか。もはや誰にも分からない。
元グレイであったそれは、ただ、自らの戦いの瞬間を、静かに待っていた。
控室の空気は、静かで、しかしどこか甘く、そして張り詰めていた。
「お互いに、ベストを尽くそう」
ルシアンの言葉に、エリアナはふぅ、と一つ息をついた。
「…うん。なんか、本当にあなたと真剣勝負するんだって思ったら、緊張しちゃうね。へへ」
「そうだな」
しばしの沈黙。先に立ち上がったのは、ルシアンだった。
「…じゃあ、行くか」
「うん」
エリアナも、覚悟を決めた顔で頷く。
その二人の背中に、レンが静かな声援を送った。
「決勝で、待っています」
二人は、その言葉に力強く頷き返し、準決勝の舞台となる闘技場へと、並んで歩みを進めた。
◇
「さあ、紳士淑女の皆様! お待たせいたしました! これより、準決勝第一試合を開始します!!」
主催者の声が、闘技場に響き渡る。その声に応えるかのように、観客席から地鳴りのような歓声が上がった。
「おおおおお!!!」「どっちもすげぇぞ、この戦いは!」「最高の試合を見せてくれ!!!」
貴賓席の空気も、昨日までとは全く違っていた。もはや侮蔑や嘲笑はない。ただ、これから始まるであろう人知を超えた戦いへの、畏怖と興奮だけが渦巻いている。
「これは、世紀の一戦になるやもしれんな」「これほどの試合を、この目で見られるとは…」「あの二人の、本当の戦いは、一体どのようなものになるのだ?」
その、最高潮に達した期待感の中、貴賓席の入り口付近が、にわかに騒がしくなった。
「どうした!?」「何事だ!」
列席者が入り口に目を向けると、そこにいたのは、従者に車椅子を押され、静かに入場してくる一人の老人だった。顔は痩け、時折激しく咳き込む姿は、お世辞にも健康とは言えない。だが、その瞳だけは、周囲の全てを射抜くような、鋭い光を宿していた。
「…ゴホッ!ゴホッ!…イーグルの若造が、面白い興行をやっていると聞いてな。見に来てやったわい」
その声を聞き、その姿を認めた瞬間、貴賓席の資産家や商人たちが、一斉に立ち上がり、最敬礼した。
「ア、アレクシス様! なぜ、このような場所に!?」
彼こそ、かつてリベラポリスの経済を一手中に収めていた、伝説の元商会連合の会長アレクシスだった。
「…ゴホッ!…かなりの使い手が集っていると聞いてな。死ぬ前に、少し興味が湧いただけだ」
アレクシスは、ゆっくりと闘技場を見渡せる席まで進むと、静かにその舞台を見つめた。
しばしの間の後、主催者が、改めて高らかに宣言する。
「試合開始!!!」
ゴォォン!という重い銅鑼の音と共に、ついに二人の戦いの火蓋が切られた。
「エリアナ、行くぞ!」
「ええ! 私の力、ちゃんと見せてあげるわ!」
初手、動いたのはルシアンだった。
その一歩は、まさに神速。観客の目には、彼の足元から砂塵が舞い上がったかと思うと、その姿が掻き消えたようにしか見えなかった。
ルシアンは、一瞬にしてエリアナの懐へと迫る。
しかし!
エリアナの体が、純白の太陽の炎に包まれた。その姿が、陽炎のように揺らめき、彼女もまた、常人には視認できぬ速度で、ルシアンを迎え撃つ!
ザンッ! ズンッ!ブォンッ!
空気が断裂するような音と、重い衝撃音が、時間差で闘技場全体に響き渡る!
ルシアンの目にも留まらぬ連撃を、エリアナは全て紙一重で躱し、その余波が、闘技場の魔法障壁を激しく揺らしていた。
一瞬、二人の姿が見えたかと思えば、次の瞬間には、闘技場の反対側で、火花と衝撃波が弾けている。
観客は、もはやその戦いを、目で追うことすらできなかった。ただ、その圧倒的な力の応酬を、肌で感じ、震えることしかできない。
「こんなの…人間の戦いじゃねえ…」「心底、震える…」「状況が、全く分からねぇ!!」
貴賓席の商人たちもまた、言葉を失い、ただ身を乗り出して、その神々の戯れのような光景を、瞬きもせずに見つめていた。
アレクシスの瞳だけが、その超高速の攻防の、さらに奥にある何かを、見極めようとしていた。
◇
目にも留まらぬ攻防が続く。闘技場のあちこちで、銀と白金の二つの光が衝突しては弾け、その度に凄まじい衝撃波が魔法障壁をゴォンと揺らした。
「エリアナ、強いな! 全然、攻撃が入らない!」
ルシアンが、純粋な賞賛の声を上げる。
「ルシアンのスピードにだって、ちゃんとついていけるわ!」
エリアナもまた、嬉しそうに、そして誇らしげに叫んだ。
「じゃあ、こっちも行くよ!」
「!?」
ルシアンが目を見開く。エリアナは、一度大きく距離を取ると、その周囲に、無数の小さな火球を出現させた。火球は、それぞれが意思を持つかのように高速で回転を始め、さながらガトリングガンのように、超高速の弾丸となってルシアンへと撃ち出された!
ドドドドドドドドドド!!!
容赦なく降り注ぐ炎の雨。その圧倒的な熱量と、空気を唸らせる射出音に、闘技場全体が揺れているかのような錯覚に陥る。
ズガガガガガガ!!!!
ルシアンがいた場所で、凄まじい連続爆発が起こり、もうもうたる白煙が立ち上った。
しかし、白煙の中から、無数の銀色の閃光がきらめく。
煙が晴れると、そこには光の剣を抜き放ち、飛来する火球の全てを超高速の剣戟で叩き落とす、ルシアンの姿があった。その剣筋は、まるで嵐の中で舞う銀色の竜のようだった。
「あ! ルシアン、剣使った!」
エリアナが、嬉しそうに叫ぶ。
「…くっ…! こうでもしないと、防げない…!」
ルシアンの額に、初めて汗が滲んだ。
「じゃあ! 次はこれよ!」
エリアナは、その勢いのまま、今度は炎を自らの腕に集中させる。すると、その白い手のひらの上に、細身のレイピアのような、純白に揺らめく炎の剣が出現した!
「!! そんなこともできるのか!?」
「へへ、すごいでしょ! なんでも切れちゃうんだから。ルシアンも油断したら、大変だよ!」
エリアナは、その神速に乗せて、一気に炎のレイピアをルシアンへと振りかざす!
ザァン!!
その剣戟の余波と熱風が、闘技場の空気を揺らす!
しかし、そこにルシアンの姿はなかった。
「!?」
エリアナが気配を探した、その瞬間。彼女の頭上、遥か高みに、光そのものとしか言いようのない、強烈な光源が現れた。闘技場全体が真っ白な光に照らされ、誰もが思わず目を逸らす。
その光の中心に、ルシアンがいた。
「…危ない。間一髪だった」
「まだまだ! また行くよ!」
エリアナは、目を凝らしてルシアンを視認すると、再び彼との距離を一気に詰める!
彼女が、ルシアンの足元、半径五メートル圏内に踏み込んだ、その時だった。
「ふぅ…。ここからは、俺の間合いだ」
「!?」
エリアナの視界から、ルシアンの姿が完全に消えた。いや、違う。ルシアンだけでなく、闘技場も、観客も、世界の全てが、真っ白な光の奔流に包まれ、何も見えなくなった。
自分は、確かにルシアンに向かって突進していたはずなのに、今、自分がどこにいるのか、どの方向を向いているのか、全く分からない。
「え!? 何、これ!?」
ただ、その白い光は、不思議と温かく、敵意は全く感じられなかった。
すると、
「――捕まえた」
ふわっと、背後から優しい温もりに包まれた。ルシアンが、その腕をエリアナの体に回していた。
「え!?」
ルシアンは、ぐっとエリアナを抱き寄せると、その耳元で、優しく囁いた。
「降参、するか?」
エリアナは、そのあまりの出来事に、しばらく状況が理解できなかった。だが、自分がルシアンに完全に動きを封じられていること、そして、その温かい腕の中にいることを悟る。
「…えー…。負けちゃった、の?」
「どうにも、できないだろ?」
エリアナは、ルシアンの腕にそっと自分の手を重ねると、少しだけ悔しそうに、しかし、心の底から嬉しそうに、微笑んだ。
「…そうだね。負けました」
その言葉と同時に、白い空間がすっと消え、闘技場の喧騒が戻ってくる。
エリアナは、まだルシアンに抱きしめられたまま、高らかに宣言した。
「降参です!」
一瞬の静寂の後、主催者が、我に返ったように叫んだ。
「し…試合終了!!!」
その言葉を合図に、観客席は、これまでにないほどの熱狂の渦に包まれた。
「おおおおおおお!!!」「兄ちゃんが勝ったぞ!」「訳がわからねえ戦いだった!!」
貴賓席もまた、その神々の戯れのような戦いの結末に、言葉を失っていた。
「なんなのだ! なんなのだ、あの者たちは!」「絶対に、敵に回してはならん…」
元会長アレクシスは、ただ黙って、その目に鋭い光を宿らせていた。
「…あのような者が、この世にいるとはな…」
もはや、ルシアンたちへの畏怖と、その圧倒的な存在感に、我を忘れている者が多かった。
◇
闘技場から控室へと戻る通路。先程までの熱狂が嘘のように、そこには二人だけの静かな時間が流れていた。
「はぁ…。でも、最後のあれは何だったの? 全く何も分からなかったわ」
エリアナは、まだ興奮冷めやらぬ様子でルシアンに尋ねた。
「はは。エリアナが接近戦を仕掛けてきてくれて、助かったよ」
「?」
「あの白い領域は、俺だけの『世界』のようなものだ。半径五メートルの空間に俺のマナを充満させ、【星見の瞳】の力を掛け合わせることで、その中の全ての動き、形、エネルギーの流れを、俺の五感そのものとして完全に把握できる。逆に、あの空間に囚われた者は、自らの五感を奪われる」
「そ、そんなのデタラメよ!」
エリアナは、そのあまりに規格外な力に、驚きを隠せない。
「そうだな。でも、そうでもしなきゃ勝てなかった。本当に強かったよ、エリアナ」
その、心からの言葉に、エリアナは少しだけ頬を赤らめ、そして、誇らしげに胸を張った。
「ふーん。ま、そうでしょ!」
二人は、互いの健闘を称え合いながら、仲間たちの待つ控室へと戻っていった。
控室に戻ると、レンが静かに出迎えた。
「ルシアン、おめでとうございます。エリアナも、素晴らしい戦いでした。お二人とも、本当に見事です」
「レン、ありがとう。次は、決勝でレンと、かな」
そのルシアンの言葉に、レンは静かに、しかし不敵な笑みを浮かべた。
「ええ、そうなるでしょう。ただ…」
「?」
「もう、私が勝ったも同然ですが」
「え?」
その、あまりにも自信に満ちた言葉の真意を、ルシアンは測りかねた。彼女には、何か秘策でもあるというのか。
その時、係員が次の試合の呼び出しに現れた。
「準決勝第二試合! レン選手、ご準備を!」
「では、行ってきます」
レンはいつも通り、淡々と闘技場へ向かっていった。
……
「それでは、準決勝第二試合を開始します!」
レンの相手は、予選を勝ち抜いた、あの達人風の剣士だった。
「試合開始!」
ドォォォンッ!!!
開始の合図と、ほぼ同時だった。
剣士は、剣を抜くことすらできずに、凄まじい衝撃と共に魔法障壁へと叩きつけられ、そのまま意識を失った。
闘技場には、ただ一人、静かに佇むレンの姿だけがあった。
「し、試合終了!!!」
主催者の、引きつった声が響き渡り、(うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!)歓声が鳴り響いた。
これで、ルシアン対レンの決勝戦となることが決定した。
◇
レンが、またしても一瞬で相手を沈めた準決勝第二試合。その衝撃的な結末に、貴賓席は水を打ったように静まり返っていた。
その静寂を破ったのは、元商会連合会長アレクシスの、か細い、しかし確信に満ちた声だった。
「…あのような逸材が、いつの間に現れたのだ…」
その声は、驚愕に震えていた。
「どこの国の者だ? まさか…速報でしか聞いておらんが、あの帝国軍を一掃したという、噂の…」
彼は、激しく咳き込むと、ぜいぜいと苦しそうな息を吐いた。
「…ゴホッ!…おい。この大会、最後まで見てゆくぞ」
従者にそう伝えると、アレクシスは、再びその鋭い視線を、まだ熱気の残る闘技場へと向けた。
その頃、イーグル商会の会頭室では、ヴァルガスが遠見の水晶に映し出された光景に、戦慄していた。
「なんだ、今の戦いは…!? あの者ども、ただの人間ではない…化け物ではないか!」
彼は、不安げに、地下へと続く階段に視線を送った。
「だが…。グレイ…お前なら、やれるな…?」
その問いかけに、地下の薄暗い控え室から、人間のものではない、地の底から響くような声が返ってきた。
「……オォ……」
そこには、もはやグレイの姿はなかった。
ただ、人型をした、黒い『何か』が、静かに佇んでいる。その全身から放たれる異様な魔力の渦は、周囲の空間を陽炎のように歪ませていた。
そこに自我があるのか、ないのか。もはや誰にも分からない。
元グレイであったそれは、ただ、自らの戦いの瞬間を、静かに待っていた。
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