炎の魔女は妖精の瞳を持つ男爵に恋をする~愛の囁きは危険な恋の始まり?~

清里優月

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1話 魔女は愛を囁いて1

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 魔法使いたちが住まう巨大な塔の屋根裏の窓から、ひとりの魔女が夜空を眺めていた。魔女は、一日の仕事に飽きると、塔の最上階である屋根裏までのぼり、窓から下界である人間のいる世界に思いを馳せるのだ。人間たちのいる世界のどこかに自分の運命の相手がいるのではないかと。薄暗い紺色の夜空に霧が塔を取り巻いていた。魔女がうっとりと自分の世界に耽っていると、後ろから誰かが階段をのぼってくる音がした。



 『シエナ。またここにいたの。本当にこの場所がお気に入りよね』

 シエナと呼ばれた魔女は自分の名を呼んだ声に振り返る。そこには美麗な白いマンチカンの姿の猫がいた。シエナは、むっとして窓から顔を上げた。



「ラブ。せっかくのひとりの時間が台無しだわ」

 シエナは白いマンチカンへうんざりした声で応える。その声音にラブもかちんとした。

『ちょっと! 仕事をサボったあなたを塔のあちこち探し回ったのよ』

 ラブはしっかりとした、口うるさい所が欠点のシエナの使い魔である。



『シエナ、あなた、また存在もしない自分の運命の相手を妄想していたんでしょう。それも、魔女には天敵の人間で!』

「も、妄想じゃないわ! 想像よ!」

 シエナはぐっと黙り込み、ラブに言い返した。

 

「ラブ、あなたは考えたことがある? 私たち魔女には数少ないけど、運命の相手を定められた人がいたのよ。昔は運命の相手が人間の魔女もいたと伝えられているわ。彼らは一生連れ添ったらしいとね」

 夢見る少女のように両手を組んで、目を伏せた。遠い昔へ思いを募らせるように。それは魔女狩りが行われる前の古き良き時代の頃の話だ。



『あなた、人間嫌いだったオリヴィアが、人間に恋をして人間界へ降りたという話を聞いてからおかしいわよ』

 ラブはシエナをジト目で見る。ぎょっとしたシエナは明後日の方向へ視線を逸らした。

「だって今までは思いつかなったんですもの! 人間に恋していいなんて!」

『あなたが人間を好きなのは知っていたけど。シエナ、正気に戻って。かつて、人間たちは魔女を狩って、殺していたのよ! それよりあなた塔主様からの仕事を請け負っているのに、その重大さがわからないの?』

「……わかったわ」

 シエナはラブに諭されて、渋々仕事へと戻ろうとした。それにしても、かつての旧友のエマも使い魔のラブも何だって人間が嫌いなのだ。そりゃあ、人間には魔女狩りを行う悪い人間もいるが、かつてシエナを魔女狩りから救ってくれた善き人間もいたのだ。



 「あ~。面倒だわ。ラブがいないから夜の散歩へとしゃれこみましょう!」

 シエナは瞳を閉じ、呪文を詠唱する。淡い光が掌からうまれて、光がきらきらと輝いた。そして、光から風が発生して、魔法陣が渦巻く。渦の中心から箒が現れた。シエナは屋根裏の開かれた窓から箒にまたがり、空へと向かった。



『シエナ、お疲れ様。あなたの好きなハーブティーを魔法で入れたから、飲んで……って、シエナ~!』

 真面目に塔主からの依頼の癒しの薬を作成していると思っていたラブは、シエナにお茶を入れてきたのだ。

 

『シエナ~!』

 ラブは慌てて、シエナへ続き空へと飛び立った。

「あ~あ。素敵な男の人がいないかなあ」

 シエナは星空の下、空飛ぶ箒に乗りながらラブに聞こえるように呟く。

 『また、シエナの悪い癖が始まったわね』

 (魔法使いを好きになればいいのに、人間に憧れているのよね)

 ラブは嘆息するのがシエナにも聞こえる。

 

 シエナは有能な魔女なのだ。

 美しい見た目に、炎の精霊たちに愛された強い魔法の力。

 塔に所属する仲間から彼女は炎の魔女と呼ばれている。

 彼女には、ひとつだけ悪い癖がある。

 シエナは、人間界に降りては人間を観察して楽しむのだ。

 シエナの親友であり使い魔でもあるラブは、この癖に長年悩まされていた。

 人間界に降りては、長期間塔に帰ってこないのだから。

 シエナは、見た目は20歳前後の炎のような紅の髪に金色の瞳の美女だが、実年齢は100歳を超えている。だが、塔に所属する魔女の中では年は最年少であり、他の魔女たちからはひよっこ扱いされている。故に彼女は、まだ世間知らずで無邪気な所がある。

 

(同じ塔の魔法使いを好きになればいいのに、ただ人間に憧れているのよね)

 ラブは白いふさふさの尻尾を振りながら、二度目のため息を吐く。



「そうだわ! 王都へ下見に行きましょう!」

 シエナはぽんと手を叩くと、箒を王都へと向ける。それにぎょっとしたのはラブだ。箒は素早い動きで走り去る。

『駄目よ! あなたには魔女の組織からの依頼があるでしょう!』

 そう叫ぶが、もうそこにはシエナの姿は既になかった。

『シエナ~! 全く逃げ足の速い奴なんだから!』

 その場にラブの絶叫のみが響き渡った。



 紫紺の空に金色の星々が彩るかのように輝いていた。そして黄金の月が地上を照らしている。シエナは空飛ぶ箒に乗って、王都へと向かった。

 とある王国の空の下、どこかの屋敷で舞踏会が開かれているらしい。ワルツの優雅な音楽が流れてくる。その典雅な調べに誘われて、シエナは箒を止めた。人工的で眩い光が屋敷から放たれている。科学によるガス灯だ。魔女たちが嫌うその光だが、シエナは嫌いじゃない。人間たちが魔法の力に頼らず、発明した道具だ。シエナはむしろ好ましく思っていた。
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