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liberty

コルクが落ちる時

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「ダン、ウラリー昨日のワイン飲んでみたら?」


ウラリーが作ったシチューを食べながらもふもふのパンを口に入れた。
野菜の皮を綺麗に剥く魔法を使ったが、思ったよりも繊細な魔法のようで、ニンジンは歪な形をしていた。
だけどとても美味しいと感じる。
掃除も料理も皿洗いも、魔法でやろうと思えば出来てしまう。
それでも時間をかけて作った料理は何にも変え難い幸せの味がするのだ。


「俺も昨日のジュース飲みたい」

「そんなに気に入ってくれたの?」

「うん。甘いけど甘すぎないし、それに紫の舌で魔王様になれる」

「じゃあ魔王のキリアンはグラスを持ってきてくれる?」


ウラリーとキリアンが席を立つと、その後を追うようにダンも席を立った。
当たり前に手伝おうとしているのだ。


「ダンも飲むでしょう?」


キッチンからウラリーの話し声が聞こえる。
その様子をクロエは1人座ったまま見ていた。


「いえ、私は仕事中のですので」

「私が護衛をするからダンは今から休みね」


キッチンに向けて声をかけるが、ダンは中々頷く事はなかった。


「ウラリー一人でボトルを飲むのは大変よ?」


そう言ってやっと、仕方なくといった様子で、ワインとジュースを持って戻ってきた。
昼も夜も寝ている間ですら仕事をしそうなダンらしい態度だ。


「キリアンと私はジュースで乾杯ね!」

「かんぱ~い」


4人はグラスを高く上げて何に対してでもない乾杯をした。
たくさん食べてたくさん話してたくさん飲んだ。
そして私はまた、ウラリーの家で次の日を迎えようとしていた。
もう幸せな日は終わるのだ。



「ウラリー、ごめんなさい」

酔っ払いとは言えないが、トロンとした目のウラリーに謝ると、私はダンに拘束魔法を掛けた。
大きな輪で身体ごと腕を拘束し、足首も同時に縛りつけ、それとほぼ同時に転移させた。


「魔女の姉ちゃん!」


眠そうにしていたキリアンが目を丸くして立ち上がる。


「キリアンも驚かせてごめんなさい。ダンはいい人だけど…でも私にとっては悪者だったみたいなの。また来るわね」


護衛のいなくなったウラリーの家に強い結界を張り、ダンを飛ばしたフラットへと急いで身を移した。
勘違いならそれでいい。でも、きっとそうではないだろう。


「フリード、それに触らないで!」


「クロエ…」


ダンを夫として契約したフラットの小さな部屋でソファに座るフリードの横では、サイドテーブルの小さな小さな花びらが一枚落ちていた。
苛立った魔力がバチバチと体で弾けるのを感じる。


「ダン、貴方騎士だったというのは嘘ね?」

「はい」



小さなベッドに横たわったダンは、身を捩るようにして上体を起こした。


「いつから?まさか最初から騙してたの?」

「それは違います!」


彼は今日、ミスを犯した。
私が声を出した瞬間に、ウラリー達の元に走った彼は、足音一つたてずに移動した。
そして、護衛対象を依頼主である私に預け、家の周りを見に行くとその場を去ったのだ。
護衛は絶対に護衛対象から離れてはならない。
それなのに、まるで私をあの場から動かしたくないかのようにウラリーとキリアンを預けた。
あの場では小さな違和感だった。
私の元に預けるのが最善であると思ったのだ。
しかし、時間が経てば経つほど確信に変わっていった。


「彼は嘘をついていない!」

「黙りなさい!」


フリードに拘束魔法を投げつけたのと同時に、呪文を呟いたダンによって右手を壁に拘束され、ダンッと大きな音を立てた。

「あらダン…上手くなったじゃない」

あれだけゆっくりと放っていた拘束魔法を迷いなく投げつけてきたダンに目を細めて笑いかける。


「すみません」

「ふふっいいのよ。こんなもの、手ごと壊せばいいのだもの」

目を伏したダンに怒っているわけではない。
ジワジワと追い詰めるようなそのやり方が気に入らないんだ。


「やめろー!」


フリードの叫びが耳に届く頃には「うっ」と体内から漏れ出た声と痛みが耳に響いていた。
血が指を伝ってボタリボタリと滴り落ちる。

「クロエ!」

「メイリーさん!」

腹這いになって近づいて来るフリードの周りに人も通さない強い結界を張った。
腕は焼けるように熱く、腰も、足の指までもが苦々しい痛みを感じているかのように強張っている。
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