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「ようこそお越しくださいました。ワーデン伯、久しく会っていなかったが、元気そうで何より。」
王都にあるアウストリアの屋敷の門を叩くと、待ちかねたように外まで出て出迎えたのがステファニーの父、ジャクリーンだった。
その落ち着きのない様子にシュゼインはついつい苦笑いを浮かべてしまった。
「ご無沙汰しております。この度は愚息の至らなさを寛大な心で受け止めていただけるということで、感謝申し上げます。アウストリア公も、大変お元気そうで安心いたしました。こちらは私とカリーナの息子、シュゼインです」
アルベルトはカリーナの息子だということを強調するように言うと、シュゼインに挨拶をしろと目線を投げかけた。
アルベルトはこれが、格上の公爵家との婚姻の打ち合わせだと忘れているかのように落ち着いていた。
いや、すぐにでも帰りたそうな程には馬車の中から不機嫌だったはずだ。貴族の皮を被っているのだろう。
「シュゼイン・アルム・ワーデンと申します。本日はステファニー嬢にもお会い出来ると伺っております。ご配慮いただきありがとうございます」
シュゼインは絶望の中からは這い上がっていた。
クロッカを忘れたのかと言われれば全く忘れられてはいない。
天使が微笑む絵は、まだシュゼインの机の上に置かれていた。
それでも前を向こうと思えたのは、他でもないクロッカのおかげだった。
今までのシュゼインは、しっかり者のクロッカに支えられていた部分が多かった。
いつだってシュゼインはクロッカを守れると思っていたし、幸せにしようと思っていたのだが、精神的な部分でクロッカに敵うことはなかった。
クロッカはシュゼインにとってはいつまでも心を支えてくれる天使だったのだ。
彼女が泣けなかったの自分のせいだと気付くには時間がかかった。
シュゼインはクロッカの隣に並ぶには不釣り合いで、これは必然の結果と、ゆっくりと消化していくことにした。
応接室に通されると先にステファニーが座っていた。
3人が入るとスッと立ち上がり頭を下げた。
「初めてお目にかかります。ステファニー・ハリア・アウストリアです。どうぞステファニーとお呼びください」
公爵家が先に名乗ることはないのだが、ステファニーは申し訳なさからそうしたのだろう。
コルセットを必要としない胸元で切り替えのある薄い紫のドレスを着ているが、柔らかい生地が腹部を撫でるように揺れれば、意識すれば確かに少し丸みを帯びている。
言われれば。という程度だが、アルベルトは自分の目で見て確かめたかったように彼女を観察していた。
シュゼインもそこまであからさまではなかったが目線は腹部に行っていた。
アルベルトも挨拶をすると、2人は席へ通される。
ステファニーは緊張しているようで扇で口元を隠していた。
「さてさて、手紙でも返したように、我が家にはこの縁談を断る理由はないわけだが、シュゼイン卿は婚約を解消されたばかり。しかし、娘もすぐにお腹が目立つようになる。アルベルト伯はどうお考えですかな?」
出されたばかりの熱い紅茶を一口含んだところで、ジャクリーンがアルベルトへと質問を投げた。
アルベルトはその問いに答える前に同じようにカップに手を伸ばし、ゆっくりと紅茶を口に含んだ。
「そのあたりはアウストリア公の方に綿密な計画があると思いますので、こちらはそれに従おうかと思っております」
アルベルトとカリーナ、そしてジャクリーンは同学年である。しかし、クラスが違う為それほど親しくはないとシュゼインは思っていた。
でも伯爵家のアルベルトが煽る位には、面識があるのだろう。
「ほぅ。それは話が早い。フランソワの婚約のこともある。君の耳にも入っていただろう。今日の話を待たなければ動けなかったが、すぐにでも王家へは婚約者候補の辞退を申し出る。それから昔、君が使った裏技を使わせてもらいたいと思う」
アルベルトとは違い、ジャクリーンは終始嬉しそうだった。
シュゼインは、その嬉しさの理由が自分だとは思いたくはないなとやりとりを見ていた。
「もちろん耳に入っていますし、今回のことについても報告をしています。形だけはアウストリア家からも報告は必要ですので、本日中にしたほうが宜しいかと。それから、裏技とは一体なんだったか。昔のことと言われても心当たりが多くて困りますね。はっきりおっしゃっていただいた方が助かるのですが」
シュゼインは分かった。彼らは仲が悪いんだと。
アルベルトがジャクリーンに向けているのはじっとりとして粘ついた醜い嫉妬のようだった。
父にもこんな大人気ないような一面があったのかと驚くシュゼインは、ステファニーをチラリと見たが、ステファニーも困ったように視線をよこしていた。
「はぁ…もう本当にいけすかない男だよ。カリーナをこんな強引なだけの男に取られたなんていまだに信じられない」
「女々しい男に何を言われても響いてはこない。私の妻を敬称もつけず、公爵と言えどさすがに失礼が過ぎるのではないか?」
「な、女々しいだと!?お前がもっとカリーナを……」
口喧嘩が始まったかと思えば、シュゼインを見て口を噤む。ジャクリーンは気不味そうにして咳払いをすると気を取り直すようにカップを手に取った。
ステファニーとシュゼインは今同じ思いを抱えていると思う。
これは苦労しそうだ。
王都にあるアウストリアの屋敷の門を叩くと、待ちかねたように外まで出て出迎えたのがステファニーの父、ジャクリーンだった。
その落ち着きのない様子にシュゼインはついつい苦笑いを浮かべてしまった。
「ご無沙汰しております。この度は愚息の至らなさを寛大な心で受け止めていただけるということで、感謝申し上げます。アウストリア公も、大変お元気そうで安心いたしました。こちらは私とカリーナの息子、シュゼインです」
アルベルトはカリーナの息子だということを強調するように言うと、シュゼインに挨拶をしろと目線を投げかけた。
アルベルトはこれが、格上の公爵家との婚姻の打ち合わせだと忘れているかのように落ち着いていた。
いや、すぐにでも帰りたそうな程には馬車の中から不機嫌だったはずだ。貴族の皮を被っているのだろう。
「シュゼイン・アルム・ワーデンと申します。本日はステファニー嬢にもお会い出来ると伺っております。ご配慮いただきありがとうございます」
シュゼインは絶望の中からは這い上がっていた。
クロッカを忘れたのかと言われれば全く忘れられてはいない。
天使が微笑む絵は、まだシュゼインの机の上に置かれていた。
それでも前を向こうと思えたのは、他でもないクロッカのおかげだった。
今までのシュゼインは、しっかり者のクロッカに支えられていた部分が多かった。
いつだってシュゼインはクロッカを守れると思っていたし、幸せにしようと思っていたのだが、精神的な部分でクロッカに敵うことはなかった。
クロッカはシュゼインにとってはいつまでも心を支えてくれる天使だったのだ。
彼女が泣けなかったの自分のせいだと気付くには時間がかかった。
シュゼインはクロッカの隣に並ぶには不釣り合いで、これは必然の結果と、ゆっくりと消化していくことにした。
応接室に通されると先にステファニーが座っていた。
3人が入るとスッと立ち上がり頭を下げた。
「初めてお目にかかります。ステファニー・ハリア・アウストリアです。どうぞステファニーとお呼びください」
公爵家が先に名乗ることはないのだが、ステファニーは申し訳なさからそうしたのだろう。
コルセットを必要としない胸元で切り替えのある薄い紫のドレスを着ているが、柔らかい生地が腹部を撫でるように揺れれば、意識すれば確かに少し丸みを帯びている。
言われれば。という程度だが、アルベルトは自分の目で見て確かめたかったように彼女を観察していた。
シュゼインもそこまであからさまではなかったが目線は腹部に行っていた。
アルベルトも挨拶をすると、2人は席へ通される。
ステファニーは緊張しているようで扇で口元を隠していた。
「さてさて、手紙でも返したように、我が家にはこの縁談を断る理由はないわけだが、シュゼイン卿は婚約を解消されたばかり。しかし、娘もすぐにお腹が目立つようになる。アルベルト伯はどうお考えですかな?」
出されたばかりの熱い紅茶を一口含んだところで、ジャクリーンがアルベルトへと質問を投げた。
アルベルトはその問いに答える前に同じようにカップに手を伸ばし、ゆっくりと紅茶を口に含んだ。
「そのあたりはアウストリア公の方に綿密な計画があると思いますので、こちらはそれに従おうかと思っております」
アルベルトとカリーナ、そしてジャクリーンは同学年である。しかし、クラスが違う為それほど親しくはないとシュゼインは思っていた。
でも伯爵家のアルベルトが煽る位には、面識があるのだろう。
「ほぅ。それは話が早い。フランソワの婚約のこともある。君の耳にも入っていただろう。今日の話を待たなければ動けなかったが、すぐにでも王家へは婚約者候補の辞退を申し出る。それから昔、君が使った裏技を使わせてもらいたいと思う」
アルベルトとは違い、ジャクリーンは終始嬉しそうだった。
シュゼインは、その嬉しさの理由が自分だとは思いたくはないなとやりとりを見ていた。
「もちろん耳に入っていますし、今回のことについても報告をしています。形だけはアウストリア家からも報告は必要ですので、本日中にしたほうが宜しいかと。それから、裏技とは一体なんだったか。昔のことと言われても心当たりが多くて困りますね。はっきりおっしゃっていただいた方が助かるのですが」
シュゼインは分かった。彼らは仲が悪いんだと。
アルベルトがジャクリーンに向けているのはじっとりとして粘ついた醜い嫉妬のようだった。
父にもこんな大人気ないような一面があったのかと驚くシュゼインは、ステファニーをチラリと見たが、ステファニーも困ったように視線をよこしていた。
「はぁ…もう本当にいけすかない男だよ。カリーナをこんな強引なだけの男に取られたなんていまだに信じられない」
「女々しい男に何を言われても響いてはこない。私の妻を敬称もつけず、公爵と言えどさすがに失礼が過ぎるのではないか?」
「な、女々しいだと!?お前がもっとカリーナを……」
口喧嘩が始まったかと思えば、シュゼインを見て口を噤む。ジャクリーンは気不味そうにして咳払いをすると気を取り直すようにカップを手に取った。
ステファニーとシュゼインは今同じ思いを抱えていると思う。
これは苦労しそうだ。
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