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気持ち
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クロッカはシュゼインに、先程まで昼食をとっていた学園で1番広いサロンへと連れ戻されていた。
もう人影はまばらで、お昼休みも本格的に終わりを迎えようとしている。
「話とはアルベルトとのことかしら?」
侍女がお茶を用意し始めたのを横目で見ながら話を始める。
お茶をゆっくり飲んでいる時間なんてものはない。
このタイミングで2年ぶりに話しかけてきたのだからアルベルトから婚約破棄の話を聞いたのだろう。
アルベルトは首を縦に振らなかったが、本気だと言う事は伝わっているということ。考え方によってはこの状況も悪くない話だ。
「名前で呼んでいるのか…」
そこから話をし始めるつもりのないクロッカはシュゼインの口から漏れた言葉に頭が痛くなる。
どうでもいいだろうと思うのも当たり前だ。
授業に出るために学園にきたのだからこんなことでサボっては本末転倒。時間がないのだ。
「えぇ。アルベルトとの婚約破棄は、またこちらからさせていただきます。それに対してワーデン卿に不都合が出るわけでは無いと思いますが、なぜ今更私に声をかけられたのです?」
シュゼインの熱を含んだ目が自分に向けられている。
その目を見てクロッカは背中をゾクゾクと何かが這うような不快さを感じていた。
「ステファニーとは別れる。クロッカ。私と結婚してくれないか」
その言葉と同時に侍女がカップを差し出し、頭を下げるとその場を離れた。
開いた口が塞がらないとはこう言う時のことを言うのだと妙に冷静な頭が考えていた。
「ワーデン卿、私はあなたの婚約者ではないのです。馴れ馴れしい呼び方はよしてくださいませ」
「クロッカ…いやハイランス嬢。君は修道院に行くつもりだと聞いた。そうされては私は君を手に入れることはできない。ステファニーとは結婚したが、ずっと…君との未来を諦めきれなかったんだ」
修道院にはいれば親はともかくただの知り合いと会うことはない。男性修道院も女性修道院も一度入れば自分の意思で出る事は叶わない。神に祈り、神の使いとして働き、神と共に生活をする。全てを神のために捧げるのだ。
簡単に修道院行きを決めたわけではない。結婚出来ない女は蔑まれ、家の荷物となる。1人で身を立てられない女性は自身を守るために神の使いを希望することは珍しいことではない。
クロッカはクロッカであるために修道院へ行くことを決めたのだ。
「あなたと婚約破棄した時点で修道院行きは希望していた事。その頃はまだ、下級貴族との婚姻の可能性がなかったわけではないわ。それでも私は修道院行きを希望したの。それが2年遅れただけのこと。あなたとの未来はあの日に消えて無くなっているのよ」
「俺は君を愛しているんだ」
宥めるように落ち着いて言葉を紡いだクロッカだったが、シュゼインの声は少しずつ抑えが効かなくなっていた。
2年も前の婚約者に突然愛を囁かれても揺らぐはずもない。彼は過去の男なのだから。
「声も抑えずそんなことをおっしゃられると私の評判に関わります。好いてもない男と噂になるだなんて不快なだけですわ」
不快な顔を隠しもせず冷たく言い放つとシュゼインはゴクリと息を飲んだ。
近くに生徒はいない。静かな余白が2人を包んでいた。
「…シュゼイン。もう2年経つのよ。私にとっては、あなたとの関係は終わった話なの。全ては今更よ。伯爵家から公爵家に離婚なんて求めたらこの国で孤立するわよ。それが出来ないからあなたはその女と結婚したのでしょう。忘れたの?」
「それでも…それでも君を手に入れるつもりでいたんだ。いつか公爵家との離縁を周囲に認めさせる場を用意しようと…」
「しようとして、でも今は出来ない状態で…それなのに私に結婚を再び申し込んだと…」
言葉すら出ない。喜んで待ってくれると思っていたということだろうか。見切り発車にも程がある。流石に可哀想にすらなってくるほどだ。2年経ってどこからそんな思考が湧き上がってきたのだろう。
自分を捨てて他の女と結婚した男を想い続ける女が他の男、しかもその男の父親となんかと婚約なんてしない。
「あなたは私を愛していると…結婚してくれと言うけど、私を捨てて結婚した女1人幸せにする事もできないのに、あの時捨てた私と結婚して幸せに出来るとなぜ思えるのかとても不思議よ。私はこれで失礼するわ」
そっと立ち上がる時、テーブルに指先が一瞬触れる。
クロッカは自分の指先が冷たくなっているのに気がついた。
私を愛してくれた人。そして私が愛した人。
彼と笑い合っていた事を思い出すと今でも心が温かく感じる。でもそれは過去として消化されてしまっていて、少しの痛みが後遺症の様に漂う。
今私が愛されたいのは彼ではない…
彼を見る事なくクロッカはその場を去った
もう人影はまばらで、お昼休みも本格的に終わりを迎えようとしている。
「話とはアルベルトとのことかしら?」
侍女がお茶を用意し始めたのを横目で見ながら話を始める。
お茶をゆっくり飲んでいる時間なんてものはない。
このタイミングで2年ぶりに話しかけてきたのだからアルベルトから婚約破棄の話を聞いたのだろう。
アルベルトは首を縦に振らなかったが、本気だと言う事は伝わっているということ。考え方によってはこの状況も悪くない話だ。
「名前で呼んでいるのか…」
そこから話をし始めるつもりのないクロッカはシュゼインの口から漏れた言葉に頭が痛くなる。
どうでもいいだろうと思うのも当たり前だ。
授業に出るために学園にきたのだからこんなことでサボっては本末転倒。時間がないのだ。
「えぇ。アルベルトとの婚約破棄は、またこちらからさせていただきます。それに対してワーデン卿に不都合が出るわけでは無いと思いますが、なぜ今更私に声をかけられたのです?」
シュゼインの熱を含んだ目が自分に向けられている。
その目を見てクロッカは背中をゾクゾクと何かが這うような不快さを感じていた。
「ステファニーとは別れる。クロッカ。私と結婚してくれないか」
その言葉と同時に侍女がカップを差し出し、頭を下げるとその場を離れた。
開いた口が塞がらないとはこう言う時のことを言うのだと妙に冷静な頭が考えていた。
「ワーデン卿、私はあなたの婚約者ではないのです。馴れ馴れしい呼び方はよしてくださいませ」
「クロッカ…いやハイランス嬢。君は修道院に行くつもりだと聞いた。そうされては私は君を手に入れることはできない。ステファニーとは結婚したが、ずっと…君との未来を諦めきれなかったんだ」
修道院にはいれば親はともかくただの知り合いと会うことはない。男性修道院も女性修道院も一度入れば自分の意思で出る事は叶わない。神に祈り、神の使いとして働き、神と共に生活をする。全てを神のために捧げるのだ。
簡単に修道院行きを決めたわけではない。結婚出来ない女は蔑まれ、家の荷物となる。1人で身を立てられない女性は自身を守るために神の使いを希望することは珍しいことではない。
クロッカはクロッカであるために修道院へ行くことを決めたのだ。
「あなたと婚約破棄した時点で修道院行きは希望していた事。その頃はまだ、下級貴族との婚姻の可能性がなかったわけではないわ。それでも私は修道院行きを希望したの。それが2年遅れただけのこと。あなたとの未来はあの日に消えて無くなっているのよ」
「俺は君を愛しているんだ」
宥めるように落ち着いて言葉を紡いだクロッカだったが、シュゼインの声は少しずつ抑えが効かなくなっていた。
2年も前の婚約者に突然愛を囁かれても揺らぐはずもない。彼は過去の男なのだから。
「声も抑えずそんなことをおっしゃられると私の評判に関わります。好いてもない男と噂になるだなんて不快なだけですわ」
不快な顔を隠しもせず冷たく言い放つとシュゼインはゴクリと息を飲んだ。
近くに生徒はいない。静かな余白が2人を包んでいた。
「…シュゼイン。もう2年経つのよ。私にとっては、あなたとの関係は終わった話なの。全ては今更よ。伯爵家から公爵家に離婚なんて求めたらこの国で孤立するわよ。それが出来ないからあなたはその女と結婚したのでしょう。忘れたの?」
「それでも…それでも君を手に入れるつもりでいたんだ。いつか公爵家との離縁を周囲に認めさせる場を用意しようと…」
「しようとして、でも今は出来ない状態で…それなのに私に結婚を再び申し込んだと…」
言葉すら出ない。喜んで待ってくれると思っていたということだろうか。見切り発車にも程がある。流石に可哀想にすらなってくるほどだ。2年経ってどこからそんな思考が湧き上がってきたのだろう。
自分を捨てて他の女と結婚した男を想い続ける女が他の男、しかもその男の父親となんかと婚約なんてしない。
「あなたは私を愛していると…結婚してくれと言うけど、私を捨てて結婚した女1人幸せにする事もできないのに、あの時捨てた私と結婚して幸せに出来るとなぜ思えるのかとても不思議よ。私はこれで失礼するわ」
そっと立ち上がる時、テーブルに指先が一瞬触れる。
クロッカは自分の指先が冷たくなっているのに気がついた。
私を愛してくれた人。そして私が愛した人。
彼と笑い合っていた事を思い出すと今でも心が温かく感じる。でもそれは過去として消化されてしまっていて、少しの痛みが後遺症の様に漂う。
今私が愛されたいのは彼ではない…
彼を見る事なくクロッカはその場を去った
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