クロッカ・マーガレット・ハイランスの婚約破棄は初恋と共に

佐原香奈

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王国は春も色めく頃だというのに、雪も深くなり2ヶ月ほどを滞在していた帝国のリデロの街は、まだ冬の装いを解いてはいなかった。
雪が溶け始め、次の街へと移動しはじめて2日ほど経ち、予想外の雪で行手を塞がれた一行は、野営を強いられて3日が経とうとしていた。



「んん…クロッカ、まだ頑張っているの?」


所狭しとテントを張り、外を見れば見渡す限りの馬車とテントが並ぶ。あちこちで火が焚かれ、煙が上がっている光景は一つの村のようだ。
テントからは煙突が伸び、簡易的な暖炉が室内を暖めている。
その中で眠りにつくキャサリンと3人の侍女と共に同じテントで過ごしていたが、この夜、クロッカはランプを灯して机に向かっていた。




「起こしてしまいましたか?集中してたので眠くならなくて」



「いいのよ。たまたま目が覚めたらランプがまだ付いていただけだから。まだ報告書を書いているの?」



キャサリンは布団の上にかけてあった布を寝間着の上から羽織り、クロッカの横に腰掛けた。




「えぇ。私に課せられたものですもの」



「私にも読ませてもらえる?私の報告書の参考にさせてもらうわ」



「ふふっ私の報告書も報告するのですか?」



「もう野営も3日目よ?報告することなんて何もないけど、放っておくと王国からもイリアからも主人からも催促が来るのだもの。私はいつもネタを探しているのよ?護衛からも報告書が上がっているはずなのに必要ないわよねぇ」



リデロの街は早馬で2週間ほどあれば王国の西の端へ着ける距離だが、冬の時期の手紙は、勅使が直接届けるとはいえ、時間がかかるものだ。
お互いに手紙を出していれば行き違いも多くなる。
キャサリンがよく手紙を出していることは知っていたが、それぞれの手紙の内容も別で考えているはずだ。気苦労は多いだろう。
クロッカから報告書の一部を受け取ると、キャサリンはライトの近くに身を傾けて読み始める。
静かな空間でクロッカの筆が紙を撫でていた。




「あなた、学園での成績は?」



「まぁそれなりという感じでしょうか?凄くいいというわけではありませんよ」



テストの順位で言えば両手には入るが、突出して成績が良いというわけではない。
真面目に勉強はしていたが、もともと特進科を目指していたわけではない。
伯爵家の娘が取る成績としては上出来の部類とはいえ、人に自慢できるほどの好成績というわけではなかった。




「成績だけじゃ分からないものね。この無駄のない構成に、よく練られた政策案の提示の仕方、嫌味もなければ押し付けもせず、しかし必要だと印象付ける言い回し。これは報告書じゃないわね。簡単に言えば王政への改善要求じゃない」



「私に求められているのはただの日常の報告ではないでしょう。この旅で触れた文化や思想の違いを受けて、私がどう成長したのか見てもらわなければ意味がありませんわ。これを読んで陛下がどうするのか、今の私には感知しないことですが、私は帝国に滞在している間に認められなければなりませんから」



クロッカは思いの外楽しい旅をしていると考える一方、これを王国に帰ってきてから披露するのでは遅いのではないかとずっと感じていた。
こうしている間にも日々情勢は変わり、王国は目まぐるしく勢力図が変わりつつある。
そんな中帰国したとして官職についたとしても、フェリペ殿下の言った通り、やはり評価されるには時間がかかりすぎる。
目に見える結果でしか評価されない政治の世界で、注目を浴びている間に結果を出さなければ期待外れの烙印を押されるだけだろう。
使える者は全て使うつもりで、この遠い帝国で出来ることは全てやろうとしていた。



「まぁそうねぇ…うちの商会で修行して独立した方がまだ楽よ。今からでも人生設計を変えてみたらどう?王国へ帰るのをやめて帝国で身を立ててみたら?」



「それも楽しそうですけど、私には王国でやりたいことがたくさん浮かんでいるんです。平民向けの学校も女性は殆ど通っていませんが、将来的には入学を義務付けたいですし、領主の裁量で決められている税にも上限を設けるべきだと思っていますし、帝国へ来てから毎日王国へ帰る日が楽しみなんです」




クロッカは帝国に来るまえには漠然と官職になって頑張るのだと考えていたが、明確にやりたいことが浮かんでくる。王国にはたくさんのいいところもあることにも気付き、そして不足していることも沢山あるのだと分かった。
帝国に来てたくさんの大人たちの中で、人との関わり方を改め、距離を置き、距離を詰め、何を求めて自分に関わりたいのかと考えるようになった。
ただ学園にいただけでは得られなかったものだ。




「それは残念なことだわ。うちの商会で新規に立ち上げる貴族向けのドレスブランドを担当してもらう人を探していたのだけど……そうだわ。あなた、王国での広告塔になりなさいな」



雪に囲まれた護衛のいないテントの中で、クロッカに新たな仕事が舞い込んで来たことは、陛下も、殿下も、アルベルトも王国に帰るまで誰からも知らされることはなかった。
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