クロッカ・マーガレット・ハイランスの婚約破棄は初恋と共に

佐原香奈

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オルボアール

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朝食が終わり、ゆっくりと3人で本を読んでいると、もう既にお昼を過ぎてしまっていて、慌てて帰ることになった。


結局、キャサリンの乗って来た馬車に3人で乗り込んだ後、こんなに本に没頭したと笑い合ったが、そんな穏やかな空気は、馬車を降りるまでだった。


「ずいぶんゆっくりした朝食だな」


「アルベルト…」


馬車の降車場所で降りた先に、不機嫌そうに柱に体を預けながら立っているアルベルトがいたのは予想外だった。
いつからそこにいるのだろうかと聞きてはいけない気がする。


「おはようアルベルト、まだ寝不足なんじゃない?顔色が良くないわよ」


クロッカとアルベルトの間に入るようにキャサリンが割り込み、アルベルトに向かっていった。
アルベルトの威圧的な態度に、キャサリンも怒っているのが伝わってくる。



「アガトン殿下、今日はここまでのようです。また時間が合えばお茶でもしましょう」


アガトンに小さくカーテシーを取ると、クロッカもキャサリンの後を追ってアルベルトの元へ向かった。



「キャサリン、いいわ。アルベルト、私に何か用があったのかしら?」


キャサリンが声を出そうと大きく息を吸い込んだのに気付き、一足早く制した。
まだアガトンもいて、ここは帝国であり仲の良い私の婚約者だ。
アルベルトの腕を取り、中庭の方へと足を進めた。



「キャサリン、また後で」


努めて明るい声を出し、まだ不満そうにしているキャサリンとも別れる。
まだ振り返った先にはアガトンの姿も確認でき、更に気を引き締めることになった。



「朝は殿下と2人で出掛けたと聞いたが、婚約している身では慎むべきではないか?」


眉間に皺を寄せているアルベルトの顔を怖いとは思わなかった。
何を言っているんだろうと疑問に思うだけ。
自分できちんと判断してアガトン殿下と食事に出掛けた。
この旅の中でのことを知らないアルベルトよりも判断力がある自信はある。
しかし婚約者としてアルベルトの感情を考えたのならば私のした事は間違っていたことだろう。



「それはアルベルトが婚約者としてどう思うか考えるべきだったということ?」

「それだけじゃない。彼も成人しているのだからその誘いを受けるという意味を考えるべきだと言っているんだ」


それだけじゃない。という言葉には、当たり前に考えるべきだったと言われているようで嫌悪感があった。
だからこそニッコリと笑みを浮かべて、隣を歩くアルベルトの顔を見上げた。


「毎日一緒にいたので気付きませんでしたが、会わない間に随分とアガトン殿下は素敵な大人の男になっていましたから、次からは気をつける事にします」


「前はそんな笑い方をしなかったのに」


目が合うとアルベルトは立ち止まり、クロッカの頬をムニムニと揉むように両手を顔に添わせた。
見上げていたため、すぐ近くにアルベルトの顔があり、やっと思い出した。
目の腫れは引いただろうか。
パッと顔を伏せて身長の高いアルベルトからの視線から逃げて歩き出そうとするが、彼は動こうとしなかった。


「少し目が赤かった…もしかして昨日聞いていたのか?」


やっぱりアルベルトはこうしてすぐに気付いてしまう。
一年半会っていない間に、メイクも変わってドレスも大人っぽく落ち着いた色のものが増えた。
それなのにどうしてアルベルトは変わらず私の変化に気付くのだろうか。
子供の頃からそうだ。スカートの下の擦りむけた膝に気付いたのもアルベルトだけだった。
復興の中、慌ただしく家の中で大人たちが駆け回り、父や母でさえも気付かなかった、見えない傷に気付いたのはアルベルトただ1人。
彼だけは欺けないと長いこと思っていた。それがもう欺く機会も無くなるのだから、もうきっと私の秘密を暴けるものはいなくなるだろう。



「今日は早く起きてしまって寝不足なだけです。昨日のこととは?」


声が上擦ることもなく自然に答えることが出来たと思う。いつも通りに指の先まで意識を集中させて感情を仕草で悟らせないように気を付けていた。
アルベルトは、クロッカがアルベルトの腕に乗せていた手を掴むと、クルリとクロッカの前へ片膝をついた。


「クロッカ、もう少しだけ私の婚約者でいてくれ。君が官職として落ち着いたら婚約は破棄しよう。長く苦労をかけてすまない」


まるでプロポーズでもするかのように婚約の破棄を伝えるアルベルトをどこか綺麗な景色でも見ているようにぼんやりと眺めていた。



「クロッカ」


「はい」


現実に引き戻されたかのように焦点が定まっていく。
アルベルトが膝を付いてからそれ程長くはないと思うが、庭園から人が歩いてくるのが見える。


「本当にすまなかった」


アルベルトも遠くから聞こえる声に当然気付いているはずだが、クロッカの手を両手で掴みながら頭を下げ続けていた。



「話は分かりました。頭を上げてください」



この秘密の話を誰に聞かれるかも分からない場所で続けるわけにはいかない。
クロッカは振り返り、話の聞こえる距離に人がいなかったこと確認すると、漸くアルベルトへ声を掛けた。



昨日聞いた時はあれだけ荒々しく埃が渦巻いていたのに、不思議と心は痛みというものを忘れたかのように静かで、涙も出ず、苦しさも喜びもなく真っ白だった。
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