106 / 130
オルボアール
7
しおりを挟む
朝食が終わり、ゆっくりと3人で本を読んでいると、もう既にお昼を過ぎてしまっていて、慌てて帰ることになった。
結局、キャサリンの乗って来た馬車に3人で乗り込んだ後、こんなに本に没頭したと笑い合ったが、そんな穏やかな空気は、馬車を降りるまでだった。
「ずいぶんゆっくりした朝食だな」
「アルベルト…」
馬車の降車場所で降りた先に、不機嫌そうに柱に体を預けながら立っているアルベルトがいたのは予想外だった。
いつからそこにいるのだろうかと聞きてはいけない気がする。
「おはようアルベルト、まだ寝不足なんじゃない?顔色が良くないわよ」
クロッカとアルベルトの間に入るようにキャサリンが割り込み、アルベルトに向かっていった。
アルベルトの威圧的な態度に、キャサリンも怒っているのが伝わってくる。
「アガトン殿下、今日はここまでのようです。また時間が合えばお茶でもしましょう」
アガトンに小さくカーテシーを取ると、クロッカもキャサリンの後を追ってアルベルトの元へ向かった。
「キャサリン、いいわ。アルベルト、私に何か用があったのかしら?」
キャサリンが声を出そうと大きく息を吸い込んだのに気付き、一足早く制した。
まだアガトンもいて、ここは帝国であり仲の良い私の婚約者だ。
アルベルトの腕を取り、中庭の方へと足を進めた。
「キャサリン、また後で」
努めて明るい声を出し、まだ不満そうにしているキャサリンとも別れる。
まだ振り返った先にはアガトンの姿も確認でき、更に気を引き締めることになった。
「朝は殿下と2人で出掛けたと聞いたが、婚約している身では慎むべきではないか?」
眉間に皺を寄せているアルベルトの顔を怖いとは思わなかった。
何を言っているんだろうと疑問に思うだけ。
自分できちんと判断してアガトン殿下と食事に出掛けた。
この旅の中でのことを知らないアルベルトよりも判断力がある自信はある。
しかし婚約者としてアルベルトの感情を考えたのならば私のした事は間違っていたことだろう。
「それはアルベルトが婚約者としてどう思うか考えるべきだったということ?」
「それだけじゃない。彼も成人しているのだからその誘いを受けるという意味を考えるべきだと言っているんだ」
それだけじゃない。という言葉には、当たり前に考えるべきだったと言われているようで嫌悪感があった。
だからこそニッコリと笑みを浮かべて、隣を歩くアルベルトの顔を見上げた。
「毎日一緒にいたので気付きませんでしたが、会わない間に随分とアガトン殿下は素敵な大人の男になっていましたから、次からは気をつける事にします」
「前はそんな笑い方をしなかったのに」
目が合うとアルベルトは立ち止まり、クロッカの頬をムニムニと揉むように両手を顔に添わせた。
見上げていたため、すぐ近くにアルベルトの顔があり、やっと思い出した。
目の腫れは引いただろうか。
パッと顔を伏せて身長の高いアルベルトからの視線から逃げて歩き出そうとするが、彼は動こうとしなかった。
「少し目が赤かった…もしかして昨日聞いていたのか?」
やっぱりアルベルトはこうしてすぐに気付いてしまう。
一年半会っていない間に、メイクも変わってドレスも大人っぽく落ち着いた色のものが増えた。
それなのにどうしてアルベルトは変わらず私の変化に気付くのだろうか。
子供の頃からそうだ。スカートの下の擦りむけた膝に気付いたのもアルベルトだけだった。
復興の中、慌ただしく家の中で大人たちが駆け回り、父や母でさえも気付かなかった、見えない傷に気付いたのはアルベルトただ1人。
彼だけは欺けないと長いこと思っていた。それがもう欺く機会も無くなるのだから、もうきっと私の秘密を暴けるものはいなくなるだろう。
「今日は早く起きてしまって寝不足なだけです。昨日のこととは?」
声が上擦ることもなく自然に答えることが出来たと思う。いつも通りに指の先まで意識を集中させて感情を仕草で悟らせないように気を付けていた。
アルベルトは、クロッカがアルベルトの腕に乗せていた手を掴むと、クルリとクロッカの前へ片膝をついた。
「クロッカ、もう少しだけ私の婚約者でいてくれ。君が官職として落ち着いたら婚約は破棄しよう。長く苦労をかけてすまない」
まるでプロポーズでもするかのように婚約の破棄を伝えるアルベルトをどこか綺麗な景色でも見ているようにぼんやりと眺めていた。
「クロッカ」
「はい」
現実に引き戻されたかのように焦点が定まっていく。
アルベルトが膝を付いてからそれ程長くはないと思うが、庭園から人が歩いてくるのが見える。
「本当にすまなかった」
アルベルトも遠くから聞こえる声に当然気付いているはずだが、クロッカの手を両手で掴みながら頭を下げ続けていた。
「話は分かりました。頭を上げてください」
この秘密の話を誰に聞かれるかも分からない場所で続けるわけにはいかない。
クロッカは振り返り、話の聞こえる距離に人がいなかったこと確認すると、漸くアルベルトへ声を掛けた。
昨日聞いた時はあれだけ荒々しく埃が渦巻いていたのに、不思議と心は痛みというものを忘れたかのように静かで、涙も出ず、苦しさも喜びもなく真っ白だった。
結局、キャサリンの乗って来た馬車に3人で乗り込んだ後、こんなに本に没頭したと笑い合ったが、そんな穏やかな空気は、馬車を降りるまでだった。
「ずいぶんゆっくりした朝食だな」
「アルベルト…」
馬車の降車場所で降りた先に、不機嫌そうに柱に体を預けながら立っているアルベルトがいたのは予想外だった。
いつからそこにいるのだろうかと聞きてはいけない気がする。
「おはようアルベルト、まだ寝不足なんじゃない?顔色が良くないわよ」
クロッカとアルベルトの間に入るようにキャサリンが割り込み、アルベルトに向かっていった。
アルベルトの威圧的な態度に、キャサリンも怒っているのが伝わってくる。
「アガトン殿下、今日はここまでのようです。また時間が合えばお茶でもしましょう」
アガトンに小さくカーテシーを取ると、クロッカもキャサリンの後を追ってアルベルトの元へ向かった。
「キャサリン、いいわ。アルベルト、私に何か用があったのかしら?」
キャサリンが声を出そうと大きく息を吸い込んだのに気付き、一足早く制した。
まだアガトンもいて、ここは帝国であり仲の良い私の婚約者だ。
アルベルトの腕を取り、中庭の方へと足を進めた。
「キャサリン、また後で」
努めて明るい声を出し、まだ不満そうにしているキャサリンとも別れる。
まだ振り返った先にはアガトンの姿も確認でき、更に気を引き締めることになった。
「朝は殿下と2人で出掛けたと聞いたが、婚約している身では慎むべきではないか?」
眉間に皺を寄せているアルベルトの顔を怖いとは思わなかった。
何を言っているんだろうと疑問に思うだけ。
自分できちんと判断してアガトン殿下と食事に出掛けた。
この旅の中でのことを知らないアルベルトよりも判断力がある自信はある。
しかし婚約者としてアルベルトの感情を考えたのならば私のした事は間違っていたことだろう。
「それはアルベルトが婚約者としてどう思うか考えるべきだったということ?」
「それだけじゃない。彼も成人しているのだからその誘いを受けるという意味を考えるべきだと言っているんだ」
それだけじゃない。という言葉には、当たり前に考えるべきだったと言われているようで嫌悪感があった。
だからこそニッコリと笑みを浮かべて、隣を歩くアルベルトの顔を見上げた。
「毎日一緒にいたので気付きませんでしたが、会わない間に随分とアガトン殿下は素敵な大人の男になっていましたから、次からは気をつける事にします」
「前はそんな笑い方をしなかったのに」
目が合うとアルベルトは立ち止まり、クロッカの頬をムニムニと揉むように両手を顔に添わせた。
見上げていたため、すぐ近くにアルベルトの顔があり、やっと思い出した。
目の腫れは引いただろうか。
パッと顔を伏せて身長の高いアルベルトからの視線から逃げて歩き出そうとするが、彼は動こうとしなかった。
「少し目が赤かった…もしかして昨日聞いていたのか?」
やっぱりアルベルトはこうしてすぐに気付いてしまう。
一年半会っていない間に、メイクも変わってドレスも大人っぽく落ち着いた色のものが増えた。
それなのにどうしてアルベルトは変わらず私の変化に気付くのだろうか。
子供の頃からそうだ。スカートの下の擦りむけた膝に気付いたのもアルベルトだけだった。
復興の中、慌ただしく家の中で大人たちが駆け回り、父や母でさえも気付かなかった、見えない傷に気付いたのはアルベルトただ1人。
彼だけは欺けないと長いこと思っていた。それがもう欺く機会も無くなるのだから、もうきっと私の秘密を暴けるものはいなくなるだろう。
「今日は早く起きてしまって寝不足なだけです。昨日のこととは?」
声が上擦ることもなく自然に答えることが出来たと思う。いつも通りに指の先まで意識を集中させて感情を仕草で悟らせないように気を付けていた。
アルベルトは、クロッカがアルベルトの腕に乗せていた手を掴むと、クルリとクロッカの前へ片膝をついた。
「クロッカ、もう少しだけ私の婚約者でいてくれ。君が官職として落ち着いたら婚約は破棄しよう。長く苦労をかけてすまない」
まるでプロポーズでもするかのように婚約の破棄を伝えるアルベルトをどこか綺麗な景色でも見ているようにぼんやりと眺めていた。
「クロッカ」
「はい」
現実に引き戻されたかのように焦点が定まっていく。
アルベルトが膝を付いてからそれ程長くはないと思うが、庭園から人が歩いてくるのが見える。
「本当にすまなかった」
アルベルトも遠くから聞こえる声に当然気付いているはずだが、クロッカの手を両手で掴みながら頭を下げ続けていた。
「話は分かりました。頭を上げてください」
この秘密の話を誰に聞かれるかも分からない場所で続けるわけにはいかない。
クロッカは振り返り、話の聞こえる距離に人がいなかったこと確認すると、漸くアルベルトへ声を掛けた。
昨日聞いた時はあれだけ荒々しく埃が渦巻いていたのに、不思議と心は痛みというものを忘れたかのように静かで、涙も出ず、苦しさも喜びもなく真っ白だった。
0
あなたにおすすめの小説
結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。
しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。
友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。
『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。
取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。
彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳
ロミオ王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
砕けた愛
篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。
あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる