クロッカ・マーガレット・ハイランスの婚約破棄は初恋と共に

佐原香奈

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公爵の結婚

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グスチを訪れて以来となるゴードラン領は、馬車から見た光景とは明らかに変わっていた。


都市部の道路は整備され、馬車の揺れは少ない。
子供が駆けていくのが見えて、都市部の治安は良さそうだと気付いた。


何事もなくゴードランの視察を終えたハリエットは、ゴードランについて調べていく。
担当している官僚が変わったのか、村長達が変わったのか、城下町だけでなく、地方の様子はどうなのかと、グスチに戻ってからゴードランについて調べると多くの情報が集まった。


明らかに変わったのはこの2年程の間だ。
皇帝陛下が訪れた記録もなければ、不利益になるような怪しい動きがあるわけでもないが、騎士団のトップが変わり、王領最北部の支部としての役割を果たすために騎士の増員がされている。


最後となった情報を目にしたとき、ハリエットは自分の目を疑った。
ゴードランの治水工事に関する行政執行の書類に、ここを見ろと丸が書かれている。


アガトン・ルイ・ヴェルナー・アッシュバート


ゴードランの治水工事の最高責任者の名は、皇帝陛下の名前が記されているはずが、アガトン王子殿下の名前が記されていた。


「ウィルソン、デリックのところに行くわよ」




アガトンは王領内で遊学中のはずだ。
ゴードランに滞在していたとしてもおかしくはないが、治水工事の最高責任者となると話は違って来る。
帝国新聞を見ても彼の臣籍降下の話も、ゴードランの管理の一部が任されたと書かれていたことはない。
隣の領地の権限が移譲されたとしたら、直接知らせくらいは当然来るはずなのだ。


「デリック!あなた私にとんでもないことを隠していたわね」

最近時間に余裕ができて事務的な補佐となっているデリックに充てがわれている執務室の扉を開ける。


当主代理としてグスチに来て、まだ三年も経たないヒヨッコが全てを理解しているとは思えないが、ゴードランは過去にグスチと合併したこともある重要な領地であり、ゴードランの情報を意図的に隠していたとしたらとても許すことの出来ない問題である。


「突然どうなされたのですか?」


いくつもの書類が並べられた机にはお茶の一つもない。
真面目な仕事ぶりだからこそグスチに派遣されたのだろう。


「ゴードランについて隠している事があるわね!?これは皇帝陛下の意思なの?どうしてアガトン王子殿下の名前がゴードランの責任者として記載されているのよ!」


気持ちが昂ってしまって声は大きくなる。
パシンと音を立てて机に書類を叩きつければ、デリックは戸惑ったようにその書類を手に取った。



「この書類をどうやって入手されたのですか?先日のゴードランへの視察の時ですか?」



デリックは書類に目を通して眉間に少し皺を寄せる。


「私の情報源はデリック一人ではありませんよ」



少し前までデリックから何もかもを教えてもらい、それに関わる人間関係もデリックに依存していた。
領地運営に関わることならばそれは当たり前のことだが、実権を握っていく身からすれば、危ういことも早々に気が付いていた。



「成程、私が考えていたよりも交友関係が広がったようで驚きました。それで、アガトン王子殿下のことで何を知りたいのですか?」

「ゴードランの情報を意図的に隠していたのは認めるの?」

「そうだとしたらどうなさるおつもりですか?」



バチバチと音を立てそうなほど鋭い眼光をぶつけ合う2人に、訳もわからぬままウィルソンは扉を閉じた。



「事によっては中央へ送り返すわ」

「ハリエット様一人でやっていけると?」

「やっていけるいけないの話ではないわ。不利益をもたらす人間は排除するのは当然のことでしょう」

「…分かりました。やっと屋敷の中にも手を加えるそうですし、私もお役御免となるのも近いと思っていましたが、思ったよりは早かったですね」


デリックは何でもないかのように再び自らの書類に目を伏せた後、まだいるのかとでも言いたげにハリエットを見た。



「わかりました。これ以上信用関係を続けるのは難しいようですね。皇帝陛下には手紙を出しておきます」


真面目な性格で、突然やってきたハリエットにも紳士的で、ハリエットのこの家での扱いを心配してくれていたただ一人の存在だったデリックはもういないと判断した。
伯爵が生存しているのに、皇帝陛下の意思だろうが何だろうが領地に意図的に情報を落とさないなんてことは許されない。
皇帝陛下に忠誠を誓って伯爵という地位をもらったが、元はこの小国の国王だったのがワイニー伯爵だ。
その自治権は伯爵にあり、皇帝陛下にあるわけではない。
皇帝の持つ命令権と領主の持つ自治権は全くの別物なのだ。


「ハリエット様、いいのですか?」


デリックの執務室から出ようとするハリエットに、突然のことに混乱するウィルソンが仲裁に入ろうとする。


「良いわけないわ。でも仕方ないことなのよ」


ハリエットはそのまま先程ウィルソンが閉めたばかりの扉を開けた。


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