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ユリエルの持ち物
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私は、聖女様の部屋の向かいにある私室を整理していた。整理といっても聖女様からの贈り物以外は、私物と呼べるような物はなかった。
「おい、本当にいいのか?」
「せめてノックくらいはしてください」
背後から声を掛けて来たのは騎士団長だ。後ろを向かなくても分かる。
「聖女様はショックでずっと絵を描いてるぞ?あれはキャンバスもデカいからあれがオークションに出たら最高額を更新するだろうな」
聖女様が絵を描くのはとても気まぐれだ。趣味と言えるほどは描かないし、ここ何年も描いてなかったが、現実逃避の一種だと考えている。
「どの国も、王に誰よりも厳重な警備をつける。優秀な側近をつけるのも、未来の後継者にではなく、現国王であるのは当たり前のことだ。その時一番能力がある者を使わないことは国の損失に他ならないな。因みに俺は七年騎士団長の席にいる。俺は優秀だからな」
「優秀な騎士団長様は仮眠でもとったらどうですか?昨日から仮眠しかとっていないでしょう」
騎士団長は聖女様が部屋にいる時だけが自由になる時間だ。部下の指導をしたり、仮眠をとったり、自己鍛錬に使ったりする。
聖女様を守る十人の護衛と、聖母様と聖人様を守る十二人の護衛も含めて警備計画を立てているのも彼だ。補佐である私が聖母様と聖人様の世話役として降格して、神官長が新たに補佐の地位に就いたが、聖女様はまだ心を開いていないので、騎士団長は聖女様の側を離れずしばらく対応することで決まったのだ。
「どこかの坊ちゃんのおかげで、俺は女を抱く時間もない」
「今までそんな時間があったのですか?流石に驚きます」
夜は聖女様の部屋のフロアに二人の護衛がいたが、騎士団長が階段側に部屋を取り、予定にない侍女の足音があれば、護衛に任せず自ら確認しているはずだ。実質休みの日どころか休む時間もないはずで、元々は大酒飲みだった彼は、騎士団長になると酒の一切を絶った。
私なんかよりもよっぽど休みが必要だと思うが、責任というのはそれだけ重たいということも、私は理解していた。
「はっ!息抜きは上手くやらないとな。それで?このままだと聖女様と会えるのは週に一度くらいとなるわけだけど、聖女様はそれでいいと言ったのか?」
「聖女様は副団長が聖母様と王弟殿下を護っているので、これまでの王家に準えて考えてもこのままの体制で問題ないと判断しておられました」
「だろうなぁ。あくまで王であるのは聖女様だ。今現在優秀な補佐が必要なのも聖女様。貴族達がチャチャ入れてくるような体制では全くないよな。ユリエル様がアンドリュー様の世話役をするのは不利益でしかない。長い目で見たら、聖女様派と聖人様派に分裂する可能性すら出てくるから、線引きはしっかりするべきなんだが、気が付いたらこんなことになってて俺はビックリしてんだ」
私がアンドリュー様の世話役を願い出たのは、聖女様と物理的に距離を置く必要があったからだ。聖女様との噂をただの噂だったと認識させるため、これ以上の接触をなるべく避けて、聖女様の意識も変えてもらう必要があることだ。アンドリュー様が成人を迎える頃には、あくまで可能性として貴族が分断してアンドリュー様を担ぎ上げることもあるというのは考えもした。だが、問題はそれだけではなかったのだ。
「ご迷惑をおかけした事は申し訳ありません。ですが、聖女様も適齢期の女性ですので、聖女様のご結婚の足枷になる可能性のある現状は、早急に改善が必要です」
騎士団長はどさりとソファに座った。そこは、いつも聖女様が座っていた場所だった。
「実家の件は聖女様は知ってるのか?」
「義姉が伝えていなければ知らないかと」
兄夫妻は結婚して十年以上になるが、子宝に恵まれることがなかった。兄は離縁を望んでいないし、妾を作る気もないらしい。そうなると、私は近いうちに還俗して結婚し、家を継がなくてはならない可能性があり、父の判断を待っている状態だった。
「自分の口から説明したほうがいいんじゃないか?」
「交友関係のある義姉のことを、私の口から言うわけにはいきません」
近いうちに還俗しなければならないなら、今聖女様の側を離れるのはいいタイミングだった。
「あ~あーーー!もう貴族のことは分かんねえが、道具のようにあっちこっち行かせて気分が悪い。まだ子供だったお前が入って来た時も思ったが、そんなもんなのか!?」
「結婚は一番簡単に領地に利益を出せる方法ですからね」
兄が今の義姉のためと思って妾を囲うのもあまりおすすめできない。どれだけ正妻として扱っても、妾の息子が大きくなればなるほど、正妻の立場は弱くなってしまう。噂好きの社交界でも苦労することになるのは目に見えていた。それは子供のいない今も変わらないかもしれないが…
「お前、還俗したら結構モテそうだな」
「神殿側に伝手のある稀な存在で地位も高いですからね。でも、子供の頃に出家した私が貴族社会に溶け込むのは大変でしょう。それを支えてくれるという懐の大きな方がいればいいのですが」
私は兄の性格からしても妾はとらないと思っている。今はどうか分からないが、父は三人の女性を囲っていたし、その女達の戦いと母の苦労を幼いながらに見て来たので、私が否定的であるように兄も同じような考えなのではないかと思っている。
「聖女様、まだエリアスのところに通う気でいるみてぇだし、俺は聖女様に傷を付けた男よりお前の方が…」
「私も、聖女様に変な噂をつけてしまった男です。今までが不相応の席だったのですよ」
騎士団長は大きくため息をつくと、箱に詰められた荷物を持ちあげた。
「俺は少し外すから、聖女様を含めた誰一人この廊下を通すなよ!」
「もちろんです!」
「おいユリエル、行くぞ」
騎士団長の方がよっぽどモテると思うが、彼はこの先も結婚することはないだろう。この聖母様の専属護衛に回れるチャンスに手を伸ばすこともない彼だから、騎士団長にまで上り詰めたのだから。
誰か一人のために生きるには、私には持っているものが多すぎだのだ。
「おい、本当にいいのか?」
「せめてノックくらいはしてください」
背後から声を掛けて来たのは騎士団長だ。後ろを向かなくても分かる。
「聖女様はショックでずっと絵を描いてるぞ?あれはキャンバスもデカいからあれがオークションに出たら最高額を更新するだろうな」
聖女様が絵を描くのはとても気まぐれだ。趣味と言えるほどは描かないし、ここ何年も描いてなかったが、現実逃避の一種だと考えている。
「どの国も、王に誰よりも厳重な警備をつける。優秀な側近をつけるのも、未来の後継者にではなく、現国王であるのは当たり前のことだ。その時一番能力がある者を使わないことは国の損失に他ならないな。因みに俺は七年騎士団長の席にいる。俺は優秀だからな」
「優秀な騎士団長様は仮眠でもとったらどうですか?昨日から仮眠しかとっていないでしょう」
騎士団長は聖女様が部屋にいる時だけが自由になる時間だ。部下の指導をしたり、仮眠をとったり、自己鍛錬に使ったりする。
聖女様を守る十人の護衛と、聖母様と聖人様を守る十二人の護衛も含めて警備計画を立てているのも彼だ。補佐である私が聖母様と聖人様の世話役として降格して、神官長が新たに補佐の地位に就いたが、聖女様はまだ心を開いていないので、騎士団長は聖女様の側を離れずしばらく対応することで決まったのだ。
「どこかの坊ちゃんのおかげで、俺は女を抱く時間もない」
「今までそんな時間があったのですか?流石に驚きます」
夜は聖女様の部屋のフロアに二人の護衛がいたが、騎士団長が階段側に部屋を取り、予定にない侍女の足音があれば、護衛に任せず自ら確認しているはずだ。実質休みの日どころか休む時間もないはずで、元々は大酒飲みだった彼は、騎士団長になると酒の一切を絶った。
私なんかよりもよっぽど休みが必要だと思うが、責任というのはそれだけ重たいということも、私は理解していた。
「はっ!息抜きは上手くやらないとな。それで?このままだと聖女様と会えるのは週に一度くらいとなるわけだけど、聖女様はそれでいいと言ったのか?」
「聖女様は副団長が聖母様と王弟殿下を護っているので、これまでの王家に準えて考えてもこのままの体制で問題ないと判断しておられました」
「だろうなぁ。あくまで王であるのは聖女様だ。今現在優秀な補佐が必要なのも聖女様。貴族達がチャチャ入れてくるような体制では全くないよな。ユリエル様がアンドリュー様の世話役をするのは不利益でしかない。長い目で見たら、聖女様派と聖人様派に分裂する可能性すら出てくるから、線引きはしっかりするべきなんだが、気が付いたらこんなことになってて俺はビックリしてんだ」
私がアンドリュー様の世話役を願い出たのは、聖女様と物理的に距離を置く必要があったからだ。聖女様との噂をただの噂だったと認識させるため、これ以上の接触をなるべく避けて、聖女様の意識も変えてもらう必要があることだ。アンドリュー様が成人を迎える頃には、あくまで可能性として貴族が分断してアンドリュー様を担ぎ上げることもあるというのは考えもした。だが、問題はそれだけではなかったのだ。
「ご迷惑をおかけした事は申し訳ありません。ですが、聖女様も適齢期の女性ですので、聖女様のご結婚の足枷になる可能性のある現状は、早急に改善が必要です」
騎士団長はどさりとソファに座った。そこは、いつも聖女様が座っていた場所だった。
「実家の件は聖女様は知ってるのか?」
「義姉が伝えていなければ知らないかと」
兄夫妻は結婚して十年以上になるが、子宝に恵まれることがなかった。兄は離縁を望んでいないし、妾を作る気もないらしい。そうなると、私は近いうちに還俗して結婚し、家を継がなくてはならない可能性があり、父の判断を待っている状態だった。
「自分の口から説明したほうがいいんじゃないか?」
「交友関係のある義姉のことを、私の口から言うわけにはいきません」
近いうちに還俗しなければならないなら、今聖女様の側を離れるのはいいタイミングだった。
「あ~あーーー!もう貴族のことは分かんねえが、道具のようにあっちこっち行かせて気分が悪い。まだ子供だったお前が入って来た時も思ったが、そんなもんなのか!?」
「結婚は一番簡単に領地に利益を出せる方法ですからね」
兄が今の義姉のためと思って妾を囲うのもあまりおすすめできない。どれだけ正妻として扱っても、妾の息子が大きくなればなるほど、正妻の立場は弱くなってしまう。噂好きの社交界でも苦労することになるのは目に見えていた。それは子供のいない今も変わらないかもしれないが…
「お前、還俗したら結構モテそうだな」
「神殿側に伝手のある稀な存在で地位も高いですからね。でも、子供の頃に出家した私が貴族社会に溶け込むのは大変でしょう。それを支えてくれるという懐の大きな方がいればいいのですが」
私は兄の性格からしても妾はとらないと思っている。今はどうか分からないが、父は三人の女性を囲っていたし、その女達の戦いと母の苦労を幼いながらに見て来たので、私が否定的であるように兄も同じような考えなのではないかと思っている。
「聖女様、まだエリアスのところに通う気でいるみてぇだし、俺は聖女様に傷を付けた男よりお前の方が…」
「私も、聖女様に変な噂をつけてしまった男です。今までが不相応の席だったのですよ」
騎士団長は大きくため息をつくと、箱に詰められた荷物を持ちあげた。
「俺は少し外すから、聖女様を含めた誰一人この廊下を通すなよ!」
「もちろんです!」
「おいユリエル、行くぞ」
騎士団長の方がよっぽどモテると思うが、彼はこの先も結婚することはないだろう。この聖母様の専属護衛に回れるチャンスに手を伸ばすこともない彼だから、騎士団長にまで上り詰めたのだから。
誰か一人のために生きるには、私には持っているものが多すぎだのだ。
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