さよなら私のエーデルワイス〜侍女と騎士の初恋〜

佐原香奈

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王立騎士団

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「ジャン!」


 ジャンが控え室へ戻る途中、エマが声を掛けた。ジャンがエマから話しかけられたのは初めてかもしれない。


「エマ…もしかして見ていたのか?」

「そんな怪我をしてもまだ次の試合をするの?」


 ジャンの左肩から脇腹は血で染まっている。防具に剣先が刺さったヴィクターも無傷ではないだろうが、騎士というのはどうしてこうも自分を大切にしないのだろうかと、エマは常に考えていた。

「…利き腕が動けば問題ない」

「待って!あそこに座って」


 エマはベンチを指差すと、持ってきた救急箱をジャンに見せた。

「すまない」


 ジャンはエマが心配してくれたことが素直に嬉しかったが、情けなくもあった。怪我は弱さの象徴だ。


「いいのよ。ジャンが夢を叶える日かもしれないのだから。でも、怪我は良くないわ。怪我が原因で入団出来ないとしたら全てが無駄になるのよ?」

「この程度ならすぐに治る」


 ジャンは切り裂かれた服の隙間から消毒をするエマの手をじっと見ていた。怪我をするたびに同じように手当てをしてくれた頃を思い出す。


「替えの服はあるの?」

「いや…」

「はぁ…怪我する前提で戦いに来る人はいないわよね。この上から包帯を巻いておくから、トーナメントが終わったら治療所へ行ってね。毎年夜まで患者でいっぱいなの」


 トーナメント戦で臨時の治療所が置かれるが、そこに派遣されるのは王立騎士団の治療チームだ。大勢の患者を受け入れる訓練にもなると、毎年張り切っているのをエマは知っていた。


「なぁエマ…」

「ん?なぁに?」


 包帯をクルクルと巻いている手を休ませることなく、エマは反射のように返事をする。


「トーマスという男はいい男か?」

「…えぇ。とても優しいし騎士としての将来も有望ね」


 トーマスのことを聞かれるとエマは気不味そうな顔をしたが、一呼吸置いてよく考えてから答えた。


「ウィンストン家のことは?」

「もちろん知ってるわよ。さぁこれでお終い!次の試合まで頑張って!」


 エマは救急箱の蓋を閉めると、徐に立ち上がった。


「貴族なんかと付き合って大丈夫なのか?遊ばれてるんじゃ…」

「そんなことない!トーマスは誠実な人よ?」

「でも、じゃあエマの歳で婚約すらしていないのはどういうことなんだ!貴族だって適齢期は変わら」

「ジャン!もう黙って!」


 エマはトーマスのことを悪く言うことが許せなかった。でも、ジャンの言いたいことも分かっている。結婚してもいいと思っているが、トーマスからプロポーズされる気配もない。トーマスは貴族出身なこともあって、騎士団でもエリートの部類だ。ただの平民の侍女と結婚なんてする気はないのかもしれない。でも、彼が自分に見せている全てが嘘だとは思いたくなかった。


 エマは他人に言われなくても十分すぎるほど自分の置かれている状況を理解している。理解しているけど、トーマスを信じることにしたのだ。


「ジャン、応援してる。ちゃんと夢を叶えて」


 エマはその日、ジャンと共に夢を叶えた。ジャンは準決勝で負けはしたものの、多くの騎士団から声が掛かった。その中にはもちろん、王立騎士団の名前もあった。


 すでに騎士団に入っている者は、領主の推薦状が評価を左右することがある。ジャンは王立騎士団に入るためにこれまで努力してきた。それが実ったのは、ジャンにとって嬉しいはずだったが、王立騎士団に入り、エマを迎えに行くと考えていた彼に、思い描いていたような喜びはなかった。



 ジャンは王立騎士団の入団生として春まで過ごし、春には陛下から直接剣、盾、ベルトを授与され、騎士叙任式と共に彼は士伯を賜った。


 遅くとることになった昼休み、売店で昼食を買い、練習場の観覧席で食事をしていると、新人騎士の特訓が始まった。観覧席には同じように昼食や休憩を取る侍従や侍女がいる。

 集団の中にジャンを見つけたエマは、緊張しながらジャンの訓練を黙って見守る。ジャンが一瞬振り返り、エマの存在に気づいた瞬間、彼の表情が驚きと喜びに包まれます。彼は剣を手放し、エマの方に歩み寄った。


「エマ!騎士になったぞ!」


 ジャンの視線が自分に向けられたことに胸が高鳴った。彼女は少し照れながらも、穏やかな笑顔でジャンに手を振って応えた。ジャンが王立騎士団に入団出来たのは心の底から嬉しいと思っていた。


 ジャンはエマに付きまとうこともなく、二人はただの幼馴染に戻ったように見えた。良好な関係は一年続き、その日は突然訪れた。


「シュタインハートのご令嬢に!?」


 エマは驚きのあまり大きくなってしまった声を抑え込むように口に手を当てた。



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