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皇太子殿下の執着
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最初に気が付いたのはジャンだった。客室担当のエマは朝一番に門番に来訪予定者の一覧を渡しに向かう。それを練習場の窓から眺めるのが日課だった彼は、エマが体調を崩したのだと思った。計画されていた休みならば侍従長がやってくるからだ。だが、その日はいつもの時間に誰も来なかった。
朝の練習の為に人が集まって来て、ジャンはエマが体調を崩した理由を知った。エマと付き合っていたはずのトーマスの婚約が紙面に載ったらしい。ジャンはすぐにアンナのいるはずの管理部に向かったが、彼女も不在だった。
何人かに声を掛けられたが、ジャンはそのまま侍従長の元に真っ直ぐに向かった。その足取りに迷いはなかった。
静止されながらも無理矢理押し入った先にいたのは、部屋の主の他にアンナ、そして元凶と思われたトーマスだった。
「お前っ!!エマのことはどうした!ふざけるな!」
ジャンはトーマスを視界に入れた途端殴りかかり、部屋に悲鳴が響いた。侍従長の部屋にはいつの間にか多くの人が集まり、トーマスを殴り続けるジャンを押さえつけたが、それを何度も振り払って、トーマスの口からは多くの血が流れた。
「これは仕方なかったんだ」
侍従長がそう叫んだ時、アンナがエプロンを殴り捨てた。
「あたし、この仕事辞めます。平民の女に醜聞も何もかも全て押し付けて仕方ないだなんてふざけすぎ。貴族の尻拭いするのが平民でしたっけ?ここって国王陛下が直接指揮してる王立騎士団ですよね?これが見本となるべく国のやり方なんてほんとがっかり。お前ら全員が加害者だろうが」
アンナが部屋を出て、重たい沈黙を切り裂いたのはジャンだった。
「エマは今どこに?」
「エマは辞めて寮も出ていった。今朝のことだ」
ジャンの問いかけに侍従長が答えると、ジャンはアンナと同じように他に何も見えないかのように部屋から出て行った。
「トーマス、大丈夫か?」
何度問いかけられても、トーマスは口を噛み締めるだけだった。
ジャンは自らの寮に帰り、二、三手に持つと、そのまま馬に飛び乗り門を潜った。
ーーエマがいないなら王都になんて用はない
ジャンはエマと過ごした故郷に向かうことにした。
途中でエマを見つけ、合流したら一緒に村に帰ると決めた。数時間の差ならすぐに埋まる。エマをすぐに見つけることが出来ると思っていたが、ジャンは一つミスを犯していた。
長距離を移動する国の認定を受けた乗合馬車は、各所で馬を休ませ、そして馬を交換する。道にいる馬車だけを見ていては取りこぼしがある。ジャンの乗って来た馬に限界が来るまでには見つけられると思っていたが、その頃にはエマよりも前にいた。
それでも最初の宿場で待っていればエマに会えただろうが、早朝に乗合馬車に乗ったのなら十分に二つ目の宿場に辿り着けることから、すぐに次の宿場へと向かって進んだ。
三つ目の宿場は栄えた商業都市のすぐ近くだった。ジャンは王都からの道程を考えて三日はここに滞在することにした。前の宿場から丸一日かかることが明白なので、この宿場を訪れれば必ずエマに会えると確信していた。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
ジャンが騎士団を飛び出した翌朝、王立騎士団に一つの命令が秘密裏に下った。
ーーアデリーナ・シュタインハートを傷をつけず捕縛せよ。
その命令により二つの部隊が王都から姿を消し、王都の街には見張のように騎士が並び立った。
シュタインハート伯爵は王家からの縁談について公式に発言したことは一度もない。王都に来るつもりもなかったが、貴族である以上王家から正式な縁談に形だけでも従うしかなかった。しかし、形だけだ。療養を理由として領地に連れ帰った娘を決して王宮に向かわせることはなかった。
「娘は心を病んでおりますので、高貴な方ととてもお会いできる状況ではありません。あの件を配慮してくださるというのなら、お引き取りください」
伯爵は王宮からの使者に毎度同じことを伝えていた。王家が誘拐事件の責任を盾に求婚を迫るなら、こちらも誘拐事件を盾に断るまで。そうして強固な態度を貫いていたが、建国祭のパーティに体調不良を理由にすると、欠席理由に嘘があるのではないかとの嫌疑がかけられた。
建国祭と国王陛下の生誕祭だけは、叛逆を企てていないならばどんな理由があっても出席しなければならない。
伯爵は嫌疑がかけられた時点で娘を屋敷から出した。その後屋敷の周りには見張りもついたので、その判断は正解だったが娘が領地に戻れるかは賭けでしかなかった。
娘を逃して三日目、皇太子が騎士を引き連れて家に乗り込んだ。もちろんそこにアデリーナはいない。
「娘は自ら命を断ちました。建国祭の日でしたので、暗い話題を申し出るわけにもいかず、ひっそりと見送るしかありませんでした」
シュタインハートは国境を守る辺境伯であり、皇太子であっても簡単に排除することの出来ない立場だ。特にアデリーナを自らの妃に望むのならば、公式に処罰は出来ない。
伯爵は大きな博打だと分かってはいたが、娘の死亡で皇太子の執着から娘を守ろうとした。これには皇太子も引かざるを得なかった。
皇太子のアデリーナへの執着は、アカデミーでの出会いから始まった。アデリーナも言い寄られることには慣れていたが、皇太子の身分を出されれば断れないことも多くあった。
誘拐事件は起こるべくして起こった。皇太子の婚約者は幾度となく皇室に抗議し、アデリーナへの八つ当たりもあった。すべては皇太子の愚かさが起こした事件だったのに、娘を傷つけた元凶に嫁がせることは、伯爵はとても許容できることではなかった。
そして、それはアデリーナも同じ考えだった。
朝の練習の為に人が集まって来て、ジャンはエマが体調を崩した理由を知った。エマと付き合っていたはずのトーマスの婚約が紙面に載ったらしい。ジャンはすぐにアンナのいるはずの管理部に向かったが、彼女も不在だった。
何人かに声を掛けられたが、ジャンはそのまま侍従長の元に真っ直ぐに向かった。その足取りに迷いはなかった。
静止されながらも無理矢理押し入った先にいたのは、部屋の主の他にアンナ、そして元凶と思われたトーマスだった。
「お前っ!!エマのことはどうした!ふざけるな!」
ジャンはトーマスを視界に入れた途端殴りかかり、部屋に悲鳴が響いた。侍従長の部屋にはいつの間にか多くの人が集まり、トーマスを殴り続けるジャンを押さえつけたが、それを何度も振り払って、トーマスの口からは多くの血が流れた。
「これは仕方なかったんだ」
侍従長がそう叫んだ時、アンナがエプロンを殴り捨てた。
「あたし、この仕事辞めます。平民の女に醜聞も何もかも全て押し付けて仕方ないだなんてふざけすぎ。貴族の尻拭いするのが平民でしたっけ?ここって国王陛下が直接指揮してる王立騎士団ですよね?これが見本となるべく国のやり方なんてほんとがっかり。お前ら全員が加害者だろうが」
アンナが部屋を出て、重たい沈黙を切り裂いたのはジャンだった。
「エマは今どこに?」
「エマは辞めて寮も出ていった。今朝のことだ」
ジャンの問いかけに侍従長が答えると、ジャンはアンナと同じように他に何も見えないかのように部屋から出て行った。
「トーマス、大丈夫か?」
何度問いかけられても、トーマスは口を噛み締めるだけだった。
ジャンは自らの寮に帰り、二、三手に持つと、そのまま馬に飛び乗り門を潜った。
ーーエマがいないなら王都になんて用はない
ジャンはエマと過ごした故郷に向かうことにした。
途中でエマを見つけ、合流したら一緒に村に帰ると決めた。数時間の差ならすぐに埋まる。エマをすぐに見つけることが出来ると思っていたが、ジャンは一つミスを犯していた。
長距離を移動する国の認定を受けた乗合馬車は、各所で馬を休ませ、そして馬を交換する。道にいる馬車だけを見ていては取りこぼしがある。ジャンの乗って来た馬に限界が来るまでには見つけられると思っていたが、その頃にはエマよりも前にいた。
それでも最初の宿場で待っていればエマに会えただろうが、早朝に乗合馬車に乗ったのなら十分に二つ目の宿場に辿り着けることから、すぐに次の宿場へと向かって進んだ。
三つ目の宿場は栄えた商業都市のすぐ近くだった。ジャンは王都からの道程を考えて三日はここに滞在することにした。前の宿場から丸一日かかることが明白なので、この宿場を訪れれば必ずエマに会えると確信していた。
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ジャンが騎士団を飛び出した翌朝、王立騎士団に一つの命令が秘密裏に下った。
ーーアデリーナ・シュタインハートを傷をつけず捕縛せよ。
その命令により二つの部隊が王都から姿を消し、王都の街には見張のように騎士が並び立った。
シュタインハート伯爵は王家からの縁談について公式に発言したことは一度もない。王都に来るつもりもなかったが、貴族である以上王家から正式な縁談に形だけでも従うしかなかった。しかし、形だけだ。療養を理由として領地に連れ帰った娘を決して王宮に向かわせることはなかった。
「娘は心を病んでおりますので、高貴な方ととてもお会いできる状況ではありません。あの件を配慮してくださるというのなら、お引き取りください」
伯爵は王宮からの使者に毎度同じことを伝えていた。王家が誘拐事件の責任を盾に求婚を迫るなら、こちらも誘拐事件を盾に断るまで。そうして強固な態度を貫いていたが、建国祭のパーティに体調不良を理由にすると、欠席理由に嘘があるのではないかとの嫌疑がかけられた。
建国祭と国王陛下の生誕祭だけは、叛逆を企てていないならばどんな理由があっても出席しなければならない。
伯爵は嫌疑がかけられた時点で娘を屋敷から出した。その後屋敷の周りには見張りもついたので、その判断は正解だったが娘が領地に戻れるかは賭けでしかなかった。
娘を逃して三日目、皇太子が騎士を引き連れて家に乗り込んだ。もちろんそこにアデリーナはいない。
「娘は自ら命を断ちました。建国祭の日でしたので、暗い話題を申し出るわけにもいかず、ひっそりと見送るしかありませんでした」
シュタインハートは国境を守る辺境伯であり、皇太子であっても簡単に排除することの出来ない立場だ。特にアデリーナを自らの妃に望むのならば、公式に処罰は出来ない。
伯爵は大きな博打だと分かってはいたが、娘の死亡で皇太子の執着から娘を守ろうとした。これには皇太子も引かざるを得なかった。
皇太子のアデリーナへの執着は、アカデミーでの出会いから始まった。アデリーナも言い寄られることには慣れていたが、皇太子の身分を出されれば断れないことも多くあった。
誘拐事件は起こるべくして起こった。皇太子の婚約者は幾度となく皇室に抗議し、アデリーナへの八つ当たりもあった。すべては皇太子の愚かさが起こした事件だったのに、娘を傷つけた元凶に嫁がせることは、伯爵はとても許容できることではなかった。
そして、それはアデリーナも同じ考えだった。
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