さよなら私のエーデルワイス〜侍女と騎士の初恋〜

佐原香奈

文字の大きさ
17 / 19

魔女との旅

しおりを挟む
 アデリーナは長い髪をまとめ、フードを深く被り、騎士の男二人と家族ということになっている。エマはアデリーナの兄の嫁ということになったらしい。昼間、女性がローブで肌を隠して日焼けを防ぐことは往往にしてある為、然程不自然とは受け止められない。

 旅の最中ともなれば汚れを防ぐ為にもローブは多くの者が着用している。


 エマは馬車の中で、アデリーナの置かれた立場の説明を受けた。噂話でもするように話すアデリーナは、どこか他人事のようだったが、乗合馬車の酷い揺れと絶え間なく続く振動に文句の一つも付けないことに、彼女の覚悟を感じた。


「美しいのにもったいないですね」

「美しいことの利点なんてない。子供の頃から何度も誘拐されそうになって、パーティに行けば強引に犯されそうになり、女性は私が誘惑したからだと助けてもくれない。アカデミーでもそうだった。女性は私を侮辱するのは当然だと言って、男性は私を手に入れようとするのも分かるって、誰も味方はいなかった。護衛だってそうよ。自分の家の騎士だからって信用できる人はとても少なかった。これまで何人も騎士が追い出されたの。私は笑っただけで男性を誘惑出来るらしいわ。魔女みたいでしょ?」


 エマが貴族の地位を捨てることを勿体無いといえば、アデリーナは笑いながら自らを卑下した。
 夕方には馬車は宿街に着き、エマは三人について行きながらも、求人募集看板の前で足を止めた。


「エマさんは仕事を探しているの?」


 エマは気付かれないと思っていたが、アデリーナは前にいたにも関わらずすぐに足を止めた。


「私にも出来る仕事はあるものなのかと思っただけです」


 まだ王都に近い。せめて次の宿場である商業都市を過ぎた辺りから探し始めたい。そうでなければ王との噂が耳に入りすぎる。そう考えていたので、エマは需要のある仕事だけ確認するつもりだった。


「村に帰ると言っていたけれど、紹介状は出してもらわなかったの?」


 侍女の仕事は信用が第一なので、紹介状がなければ仕事は難しい。だけど、貴族の家や大きな商家を選ばなければ雇ってくれるところはあるはずだ。

「はい。急に辞めて来たので…ご迷惑をかけたことでしょう」

「じゃあ、もし困ることがあれば私が紹介状を書いてあげるわ!騎士団で客室の担当になるのは高い評価があったらでしょうし、仕事姿は一度見てる。もし私と別れた後でも、シュタインハート家にこの話をすればお父様から紹介状を書いてもらえるし、もし必要なら仕事も紹介してもらえると思うわ。仕事のことなら頼ってちょうだい」


「あ…りがとうございます」

「行きますよ!」


 騎士が振り向いて二人を呼んだ。
 紹介状というのはその人の仕事ぶりに保証するということ。何か不利益が及べば責任を取るという意思表示でもある。それなのに従事したこともないエマにそこまで言ってくれたことに居心地の悪さを感じていた。一度ほんの少しだけ会話しただけのエマを信用しているかのような言い草を不思議に思いながらも、エマはアデリーナの後ろをついて行った。
 

四人は宿ではなくアデリーナの母方の家の所有する商店の二階に身を潜めた。エマですら宿を取るのに、彼らは平民が休憩に使う小さな部屋で眠ると言った。二日目からは宿は使わないと決めていたらしい。


「エマさんの村はどの辺りなんですか?」

 エマの夫役を兼務することになった騎士ハデスが入り口に腰掛けて地図を広げた。

「私は七つ目の街、ランケードを西に行った先です」

 エマは広げられた地図のランケードを指差して道を指した。

「私たちは…五つ目の宿場を北に向かうからそこまでは一緒ね」

「お嬢はちゃんと椅子に座ってください!」

「はいはーい」


 アデリーナもエマの横にちょこんと座ったが、ハデスがすぐに追い払う。分かっていたが貴族が床に座るのは本当に許されないらしい。

「明日は朝一の馬車に乗って日没ギリギリまでかかるから今日は早く休むように」


 夕食を取った私たちは、その日は早くに蝋燭を消して床についた。半日馬車に乗っただけだったが、疲れていたらしい。エマはすぐに眠りについた。トーマスのことを思い出す暇もなかった。


 次の日は明るくなってはいたが日の出よりも早く馬車に乗った。休憩も少なく、御者も先を急いでいるように見えた。


「今日は新月だから、暗くなる前に街に着きたいんだろう。暗くなると危険も増えるからな」

 父役のキャンライという騎士は、馬車に乗っていても気を抜くことはなく、同乗者をぐるりと確認した後は、ずっと外を見ていた。


「到着~到着~」


 エマはその声を聞いて立ちあがったが、一歩目はすぐに出なかった。お尻は痛く揺れる度に隣に当たらないように足に力を入れていたので足はプルプルしている。王都に出て行った時は人が多くなるのは王都に近づいてきてからで、慣れて来たころに満員の馬車に乗った。だが、王都からはずっと満員で、特に今回の馬車は常に肩が触れ合っているほどの混雑だった。


「少し…疲れたわね…エマさんは大丈夫?」


 エマと同じように疲れた表情を見せたのはアデリーナだけだった。他の乗客は慣れたようにすぐに降りて行った。


「私も今日は辛かったです…」


 エマとアデリーナは騎士二人の手を取って馬車を降りた。


「ここは本当に人が多いわね…」


 馬車から降りると、乗合馬車の到着を待っていたかのように辻馬車や貸馬車にがずらりと並んでいた。


「各方面ににいく中間地点ですからね。宿が取れずに馬車のまま寝る人の為の貸しスペースもあるほどです。今日はそこが私たちの宿となるわけです」


 キャンライはアデリーナのフードをより深く被せ直し、私たちは夕日を避けて休憩が必要だと判断され、貸馬車を持ってくるようにとハデスに言い、すぐ目の前の茶屋へと入ることになった。
 アデリーナを庇うようにキャンライは彼女の横を歩き、エマは仕事の仲介所はどこだろうと、辺りを見ながら彼らの後を追った。

「エマ!」


 エマが数歩歩いたところで、フワッと横から抱きしめられた。不意に襲われると叫び声は出ないとは聞いたことがあったが、急に抱きしめられても身を固めることしかエマには出来なかった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。 だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。 異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。 失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。 けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。 愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。 他サイト様でも公開しております。 イラスト  灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

私と彼の恋愛攻防戦

真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。 「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。 でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。 だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。 彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。

幼馴染の執着愛がこんなに重いなんて聞いてない

エヌ
恋愛
私は、幼馴染のキリアンに恋をしている。 でも聞いてしまった。 どうやら彼は、聖女様といい感じらしい。 私は身を引こうと思う。

貴方の側にずっと

麻実
恋愛
夫の不倫をきっかけに、妻は自分の気持ちと向き合うことになる。 本当に好きな人に逢えた時・・・

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

伯爵令嬢の婚約解消理由

七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。 婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。 そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。 しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。 一体何があったのかというと、それは…… これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。 *本編は8話+番外編を載せる予定です。 *小説家になろうに同時掲載しております。 *なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。

処理中です...