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第一部

旅行のお土産

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 デイヴィッドの人生のイベントの一つと言えるプロムナードは無事に終わり、社交シーズンがやってきた。結婚式の招待状は公爵家と取引のある各国の貴族達にも贈られ、取引のある国の王族の名前もずらずらと招待客リストに並ぶ。もちろん、そんな席に我が国の王族が参加しないわけがない。陛下が訪れなくても王妃かフロージアが参加するだろう。


「ステラ」


 招待客の多さに、全く覚えきる自信がない私を甘い声で呼ぶ男がいる。我が国の筆頭公爵家当主であるデイヴィッド様だ。国内領地から需要のあるものを他国へ輸出し、国内で需要のあるものを輸入する。もちろんその事業を仕切っている優秀な代官はたくさんいるが、次々に仕事を取り付けているのが、甘い声の彼。
 王族の血筋だからってここまで結婚式が大事だとは思ってもいなかった。「結婚式のことは任せて」と軽く言っただけのことはある。私にはこの規模のパーティをまとめるのは難しかっただろう。


「ステラ?」


 先程まで別室で着々と進む私の私室の内装工事に指示を出していたデイヴィッドは、ドアを開けても振り向きもしない私にもう一度声を掛けてくる。


「何だ?招待客?そんなのは覚える必要ない。当日紹介することになるし、明日からも何人かは会うことになる」


 明日から、私たちは婚前旅行に出かけることになっている。最初は一ヶ月は行くと言っていたけれど、社交界にも顔を出さなければならないので、三カ国に二週間滞在することになった。

「王都の屋敷の方は大丈夫?」

「ウェステラート城のことか?」

「えぇ。招待客も泊まれるようにするのでしょう?」

「業者ももう直ぐ入るし、魔法師も雇ったから間に合うと思うよ。あの庭も少し色を足す予定だけど、ミモザは数ヶ月は咲き続けられるようにするつもりだ」


 冬が明けて動き出したことが多い。彼はウェステラート城で結婚式後の結婚披露パーティを開くことに決めた。結婚式自体は聖ヴィタリス大聖堂で行い、王都の平民も見学できるようにするらしい。収容人数は一万人だから、大変なことになるだろう。


 当事者二人きりで結婚の誓いを行う伝統のある王族には、決して出来ない計画。現に、フロージアは結婚の誓いの後、教会のテラスから少し手を振っただけだったと聞いている。教会から王宮に帰るまでにはパレードも行われたが、距離も短く、皇太子の結婚としてはとても地味なものだった。だから、国一番の盛大な結婚式と言って間違いはないはずだ。


「クラーク邸もお客様がしばらく滞在する予定なのでしょう?」

「折角訪れたのに観光もせず帰りたい人は少ないだろうからね。暫く仕事には困りそうもない」


 デイヴィッドは流石というか、抜かりがないタイプだ。旅行のついでに商談もして帰る予定だし、結婚式の後もきっちり稼ぐつもりでいる。どちらが目的か分からないくらいだが、だからこその財力だろう。多くの魔石を必要とする転送装置を、ひっきりなしに使うほどの財力はこうして生み出されているのだ。


「ステラ姉様、魔石が勿体無いし、わたしが転送してあげる」


 翌日の朝一番、朝食を終えて転送装置でイシュトハン邸を出ようとしたところで、起きてきたクロエに声を掛けられた。


「あら、何が希望?」

「ヘヘッ魔導書と、お土産話!」


 クロエは自身の転移移動だけではなく、他者も転移出来る。国内では唯一の能力だ。転移装置は大量の魔石を使用するので、魔導書との引き換えは妥当とも言えるかもしれない。魔導書を必要とするのは魔法を極めたいという貴族の一部の魔法師のみ。写本も含めて一般流通はしていない貴重なものだ。


「初級魔導書が欲しいです!見たことのない魔法が書かれていれば上級でもいいですけど!本は何冊あっても困りませんから!ねっ!姉様!」


 クロエは魔力保持量が多いだけではなく、出力も大きい。そのため、生活魔法を含む簡単な魔法の方がより難解に感じるらしい。魔力量の多い、私やダリアでさえもその感覚は持ち合わせていない。その稀有な才能が遠い地への転移も可能としている。


「いいでしょう。荷物と侍女もお願い出来る?」

「クラーク邸なら王都より近いし三人までなら…」

「じゃあそれで。クラーク邸の門でいいわ」


 転移装置は記録が残り、お互いに同じ時間に魔力を通していなければならないので、連絡が必須だ。転移装置の置かれた建物以外は貴族の屋敷に張られている結界により転移出来ないが、クロエはその結界を無視して魔法が使えてしまうので、指示する方も細心の注意が必要だった。イシュトハンの機密は漏らしてはならない。それが例え、嫁ぎ先の家だとしてもだ。


 クロエは直ぐに私をクラーク邸の前へと転移させた。それから門番に訪問を知らせ、侍女や荷物も魔法師によって転移させられてくることを伝えると、侍女と荷物が揃った頃に、デイヴィッドが慌てた様子で迎えに来た。


「出迎えなんてよかったのに」

「驚いたよ。まさか門から来るとは」


 訪問者というのは通常門から来るものではないかと思うのだが、転送装置をフル活用するクラーク家には一般の感覚というのは通用しないらしい。これまでずっと転送装置で通っていたのだから分からなくはないが、デイヴィッドの驚きように笑いを堪えた。


「クロエに送ってもらったんです。その代わり魔導書が欲しいと強請られました」

「一人で転移魔法を?聞いてはいたがすごいな…」

「えぇ。国王陛下が欲しがるのも無理はないでしょう」


 この状態からどうやってイシュトハンの後継者を王宮に引き込むつもりなのか、国王陛下の動きによってはクロエの暴走もあり得るわけで、私はクラーク公爵夫人としてこの国の行末を案じた。
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