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第一部

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 イザベル・マクラーレンは、王弟殿下に嫁いだローズベルの姪に当たり、ダリアにより足を切り落とされ、他国に嫁がされたゴミ姫とも当然親戚関係にあった。

 あの時冬の宮にいたならイザベルは騒ぎを知っているはずだ。こうして私に悪戯をしたのは、きっと私が舐められていたからに過ぎない。これまで問題を起こしたこともなく、これ見よがしに魔力を見せつけたこともない、王城に結界を張っていると言っても、その維持がどれほど大変なものかを理解出来る者は少ない。


 もちろん、リュカ殿下にしてもそうだ。私を舐め過ぎている。


「一年前、ある事件で本城の一部と、この四季の宮の一つが崩れ落ちました。本城は炎に包まれ、王族の居住区の一部も天井が落ち魔法師総出で修復にあたりましたが、外観を取り戻すのに三日、内部まで完全に修復するのに一ヶ月を要しました。国防に関わるため、その間にこの城を訪れた者には騒ぎを口外できないよう全ての者に契約魔法を交わして徹底的な口封じが命じられました」

「緘口令ということは内部からの攻撃だったのか?」

「そうですね。犯人は私の妹のダリアですから」


 私はにっこりと笑ってお茶の香りを楽しんでから一口お茶を口に含んでからリュカ殿下に視線を移した。やはり、彼の国にもこの話は漏れていなかったようだ。


「事件があったようだ。とはどの国も情報は持っていたが、転移装置の使用許可はおりず、隣国からこの国に入ろうとどの国もすぐに人を送った。王城周辺から結界が張られ、立ち入りすら禁止されて、王都にいる者も詳細は掴めなかった」

「王城が一部崩れていたという情報位なら、いくつかの国は入手しただろうと思います。城を隠すまでに一日かかったようですから」

「我が国は友好国だから、その内明らかになるとあまり積極的に動かなかったからな。しかし、其方の妹君は今も健在だろう?どういうことだ?」


 普通ならその場で処刑されてもおかしくない犯行だ。今、ダリアが普通に過ごしていることが不思議でならないだろう。


「リュカシエル殿下なら、どうなさいますか?」

「どうするとは?」

「たとえば…リュカシエル殿下が今から私を処刑したいなら、どのような方法を選びますか?」


 リュカ殿下はフムッ…と下を向いて少しばかり考えた後、軽く言った。


「其方は結界の維持で魔力はそれほど長く使えない。まずは拘束魔法で身動きを封じて…魔力が少なくなったところで処刑…かな」

「私は解呪魔法が使えるので、余程の強度の拘束魔法でないと捕まえることは出来ません。身体を拘束するのに、私の出力を超える拘束魔法を放てなければなりませんね因みに、クロエほどではありませんが、私の出力は光玉一発でこのフロア全てを吹き飛ばす位はあります」

「不意打ちの暗殺…毒殺当たりを狙うのが…」

「それは処刑ではありませんね。処刑を悟られることなく狩猟大会などに誘い出し、広いところで大勢で取り囲んで公開処刑でしょうか?私の結界の発動が早ければ、同時攻撃でなければ私に当たることはないでしょうし、弱い攻撃魔法では私の加護の魔法を破ることは出来ないですし、名の知れた魔法師を秘密裏に大勢集めなければならない」

「公の場で処罰は実質不可能だな…ならイシュトハン家を取り潰し…いや、そんなことをすれば…」


 そんなことをすれば、他国の牽制にもなっているイシュトハン家の三姉妹の魔力を全て失う事になる。近隣国に攻撃力を与えるようなものだ。


「不可能ならば、罪を理由に脅威となる魔力を奪うしかない」


 私が結界を張るに至った理由を述べた。


「なるほど…現場にいたと言っていたな。良い口実ができたわけだ」

「あら、ようやく起きたみたい」


 丁度私の視界にある寝室への扉が開いたのが見えた。これでイザベルにも無駄なことをやめさせることが出来るというもの。


「イザベル嬢、大丈夫か?」

「はい…」

「丁度よかった。座ってくださる?」


 否応なしにイザベルをリュカ殿下の隣に座らせると、そこで私は初めて立ち上がり、イザベルの座っているソファの肘置きに腰をかけ、ソファの背に片腕をぺたりと乗せてイザベルの顔に自らの顔を寄せた。
 
 
「イシュトハンを敵に回すことがどういう事なのか、貴女には教えてくれる人はいなかったのかしら?」

「どういうことでしょうか」

「子豚ちゃんはまだ分かっていないようね」

「グッ…ヴッ…」


 イザベルの首に拘束魔法をかけ、そのピタリとはまったリングを縮ませれば、イザベルは息をすることもできず、だんだんと顔が赤らんできた。


「ステラ嬢、その辺にしておけ」

「いいえ、もう少しだけ」


 もちろん殺すつもりはない。だが、簡単に終わらせるつもりもなかった。


「グハッ…ハァ…ゴフッハァ…ハァ…」


 拘束魔法を解くと、イザベルの首は自ら立てた爪で血が滲んでいた。床に這いつくばる姿は豚にはお似合いだ。


「昨年、リズベル大公令嬢が嫁に出された。その理由を二人は知っていて?」


 イザベルとリュカ殿下の座るソファの背もたれに今度は両手を置く。


「厄介払いされたのだと聞いた」

「ッ…拒むことは…できないッ…相手だったとッ…」


 あの騒動の後、一度も姿を見せずに国を出された大公令嬢の話とは思えない情報の少なさに愕然とする。


「昨年、一部屋も残さず崩れ落ちたのは春の宮。大公殿下の住まいだった。リズベルというゴミは、私の妹ダリアによって足を切られ、そのまま国外に出された。ダリアの目に二度と触れないようにね」

「イザベル嬢、其方はステラ嬢に何をしたんだ?命知らずだな…」


 イザベルはやっとことの重大さに気付いたのか、はたまた頭がまだ回らないのか、床を見たまま顔を上げることはなかった。


「因みにあのゴミ姫は、ダリアの婚約者に粉をかけて足を失ったの。あら?二人とも私の結婚の邪魔をしたいようだけど、まだ足があるの?そろそろお別れを言った方がいいんじゃないかしら?」

「待て待てっ!其方、これは国際問題に…」

「二カ国まとめて面倒みても問題ないわよ?先に国王の首を二つ取ってくればいいの?今日中には持って来られるわ」


 イシュトハンには結界の中へ転移し、転移させることが出来る機密だらけのクロエがいるし、攻撃魔法を得意とするダリアがいる。だからどの国も手を出しづらく、平和が保たれているのが我が国だ。


「私はますます興味を持ったんだが…諦めるしかないのか?」

「好意のない相手に付き纏われても迷惑なだけでしょう。それに、殿下の結婚相手は隣にいるわ。二人、お似合いよ?リュカシエル殿下が結婚を決めないと、私不安で不安で…つい魔力が流れ出してしまいそうだし、縁談は早く進めるのが一番だと、リュカシエル殿下はご存知でしょう?まさか、我が国一の品格を持つと認められているこの豚では不満があるなんて……言えないですよね?」


 そうして、数日以内に婚約を発表すると約束させた私には、なぜかイザベルから感謝の手紙が届いた。来年にはエルシュバルツに嫁いでいくので、どうでもいいと思っていたのだが、結果的にはイザベルだけが望む結果を得たようだ。



 
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