後悔と不安を取り戻す旅

左ケラトプス

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十年前のお留守番#2

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 僕らはいつのまにか寝てしまっていて、目を覚ますと外は朝になっていた。
 
 昨日の晩の嵐は過ぎ去っているみたい。太陽の日差しは僕とニーナに向かって走っていて、起きたばかりの僕の目には少しばかり眩しく、目を細めた。暖かかった。

「ねえニーナ、起きてよ」

 ニーナを起こそうとゆさゆさと体を揺らすと、昨日の大航海ごっこでマントの代わりにしていたシーツが、二人にかけてある事に気が付いた。

「んにゃぁ…あれ、私寝てたのね」

「僕も今起きたんだ」

「眩しい…」

「ねえ、みんなまだ帰ってきてないね」

「ん~…イリスはそこにいるじゃない」

「え?」

 ぱっとニーナが見ている方向に振り向くと、そこにはイリスが小さく座っていた。

 全然気が付かなかった。部屋の隅に、あんなところになんでいるんだろう。

「兄貴、帰ってきてたなら起こしてくれよ。お母さんたちは?」

 返事が返ってこない。寝ちゃっているのかと思ったけれど、うずくまったまま目は開いていた。

 じっと固まっていて、びくりともしない。

「お~い、兄貴、返事をしてよ」

「イリス~なにしてたの~」

 ニーナが呼ぶ声にも反応が無くて、僕ら二人は顔を見合わせてイリスに近づいていった。

「わ、ビショビショじゃんか!着替えないと風邪ひくぞ!」

 イリスの洋服は昨日の晩に家を出ていった時とまったく同じ服だった。ずっと雨に打たれていたんだろう、洋服の色は濡れて濃くなっていた。

 肩に触れるとびくんと体が震えた。ばっ!と手で振り払われて、後ろに倒れてしまった。

「う、あっ……」

 先程まで反応の無かったイリスは急に僕らに怯えたようにがたがたと震えている。

 目が、合わない。体を出来るだけ強く自分の腕で抱いている。

 こんな兄貴、見たことがない。

 ニーナは驚いているのか、怯えているのか。僕の後ろから裾を掴んだまま何も話さなかった。

「…っ!?」

 途端、ニーナのギュっと掴む手が僕の手に触れた。

 強く握られた。

「…ね…ぇ」

 ニーナは、笑おうとしていた。

 それとは逆に、握られている手は強く、強く。

「イリス……なにがあったのかな。私のお母さんたちはまだ帰ってこない?」

「………」

「イリス…ねぇ」

「……ぁ」

「……ねぇ………」
 
「……死んだ」

 え?なに?

「俺たちの両親も…ニーナの…みんな…流された…」

 音だけが耳に残る。この音の意味が、わからない。

 ナガサレタ?ーーーー途端、昨日の映像が頭に走った。

 ジルのおじさんとたくさんの大人達、突然森に走り出したイリス、そして今。

 お母さんが、帰ってきていない。

 お父さんも、帰ってきていない。

 胸の中がものすごく気持ち悪い。

 はっきりとさせる事が怖い。けれどぬぐおうとしても次から次へと這い上がってくる黒い予感。

 いやだ、いやだ。わからない、きけない、こわい。

「おい…何言ってんだよ兄貴」

「…」

「おい、兄貴」

「……」

「ふざけっ…!」

「っ、ふざけてこんな事言うわけないだろうが!」

「ぁっ……」

 こんなに怒鳴られた事は無い、いつものイリスならこんな風に。

 こんな風に、怒ってるときに、泣いたりしない。

「だって、!だって…」

「俺が行ったとき…もう川は森の中まで溢れてたんだ…!っ。俺が呼ばれたときにはもう、みんな流されてた…」

 あぁ。

「流された…。流されて…」

 本当にみんな、帰ってこないんだ。

 死んじゃったと言った兄貴の言葉の意味を、やっと理解してしまった。

 死んじゃうっていうのは、おかえりって言えない事なんだ。

◇◇◇

 どれだけ時間がたったんだろう。目から流れるものは枯れちゃったみたい。 
 
 体がもうピクリとも動かない。足はさっきまでしびれていて、でも動けなくて、何も感じなくなった。

 力をいれようとも思わない。ただ、ただ。時間だけが、流れてる。

 確かニーナはたくさん泣いていたと思うけれど、それもどれぐらい前の事だったか分からなかった。

 なぜだかわからないけれどなんとなく外を見たら、街は真っ赤に染まっていて、夕方になっていた事に気づく。

 お母さんたちが死んだ。

 得意のシチューを作って、雨具を来て出ていった背中を覚えてる。

 ものすごく何も感じないぐらい当たり前な、いつもの笑顔と出かけてくるときの決まり文句。

「お腹一杯食べるのよ。みんな仲良く、喧嘩はしないで楽しくね」

 お母さん。

「二人ともニーナをよろしくね。すぐぐずる子だから、甘えさせてあげて」

 これはニーナのお母さん。

 お父さんたちはなにも言わないけれど、決まって僕らの事を抱きしめてくれた。

 本当にいつも通りだったはずなのに。

 死んじゃったんだ。

 その言葉を何度も頭の中で繰り返して、うけいれられなくて、動けない。

 暖かかった日差しはもう冷たくなっていた。
 
 しばらくしてからジルのおじさんがやってきて、僕らの事を見て泣いていた。

 強く強く抱きしめてくれて、たくさん声をかけてくれたけれど、あんまり覚えていなかった。

 あぁ。どうしようかな。

 そんな事を繰り返して、繰り返して、つかれてしまって、僕はまたいつのまにか眠りについた。
 
 
 
 
 

 

 

 

 
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