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十年前のお留守番#1
しおりを挟むまだ八歳だった僕らには生まれて初めての台風と大雨だった。家をがたがたと震わせる強い風。窓には滝の様に水は流れていて、窓の向こうの通りをどこからか飛んできたバケツが転がっていた。
僕はそんな大荒れ模様になんだかわくわくしていて、イリスにこっちへ来いと言われるまで窓をじっと見つめて足をバタバタとさせていた。
ニーナは今とは考えられないぐらい怖がりで、イリスにべったりとくっつきふるふる震えていた。
そんな夜に、初めての三人だけのお留守番。
大人達は川の堤防の様子を見に行ったらしい。この村は森の向こうに大きな川が流れている。レイム川と呼ばれる川は、村よりもずっとずっと上の方から流れていて、その始まりは遠く見える双子の様なお山から始まっているらしかった。
らしかったというのは、当時の僕らにはそれが信じられなかったからだ。この太く大きい水の線が、あんなに遠くから?
八歳の僕らにとっての世界のすべてはこの村の中にあった。
「だいじょうぶ?おうち吹っ飛ばない?」
「だいじょうぶだよニーナ。おうちは頑丈だから吹っ飛ばない、明日にはよくなってるよ」
「ほんとうに?おかあさんたちは?」
「あと少ししたら帰ってくるよ。その時にニーナが元気でいたら、皆もきっと安心してくれるから、お留守番頑張ろうね」
ニーナはイリスにべったりで、僕にはそれがなんだかおもしろくなかった。僕にも頼ってほしい。でも怖がっているニーナになにもしてあげられなくて。
「ニーナは怖がりだなぁ。大丈夫だよ、僕がついてる!」
たくましい姿を見せたくて、近くにあったフォークを剣の代わりに突き上げて、そんな言葉を口にした。
「ジェドは私よりも泣き虫なのにぃ……」
ニーナはぐずりながらも、少し長い袖の端で鼻をこすると、へへへ、と笑ってくれた。
僕はうれしくなって良いことを思いついた。
「ね、こんな風に考えようよ。僕らは今船の中で、海の中を航海している。僕が船長で、ニーナは副船長、兄貴は……なんとなく航海士!」
「え~、なんでイリスが船長じゃないの、頼りがいがあるのはイリスだよ、ジェドには無理よ」
「な、そんなことない!」
「いや、ニーナ。実は船長よりも大事なのは航海士なんだぜ。よりもと言ったらあれだけれど、船長がどんなに勇敢でも、天候やコンパスを読めなきゃ目的地にはつけないんだ。ただでさえうちの船長は馬鹿だからね、俺が航海士をやったほうが百倍良い旅ができるぞ」
イリスはいつもの得意げな顔をみせた。
「なんだよ、兄貴もニーナも揃ってそんな目で~…」
「ふふ、でもなんだかそう思ったら怖くないかも」
「お、だろ?こっちにおいでよ!船室から海を見よう!」
たたたとニーナはさっきまでのぐずりが嘘みたいに僕の隣りまで来て、一緒に窓の外を眺めた。
「船長、海は大変大荒れの模様です、魚達びゅんびゅん吹き飛んでいます」
「うむ、これはいかんな。めーでーめーでー」
「めーでーって何?」
「めーでーはめーでーだ。きっとこういう時に使う、昔お父さんが言ってた」
「そうなのね」
二人して外の大雨を……海をみながら、めーでーめーでーと歌っていた。すっかりニーナは笑顔になっていて、楽しそうにめーでーしている。
僕らはこんな日でも、僕ららしく楽しく過ごす事ができた。三人でいれば、一緒にいれば、僕らは僕ららしくずっといられる。
僕ら二人をイリスは後ろから頭を撫でてくれた。
「ジェド」
「ん?」
「お前はすごいな」
「ん、なにがだよ」
「お前の想像力だよ。悪いことでも、機転を利かせて楽しくさせることが出来る。ニーナもさっきまでとは嘘みたいだ」
「な、なんだよ急に、気持ち悪いぞ」
「そういうなって。これでも尊敬しているんだ。前のそういう機転はいつだって俺とニーナを助けてきたよ。お前は忘れているかもしれないけれど」
なんだからしくない兄貴の言葉に、振り向くことが出来なかった。恥ずかしいのと、どんな顔をして話しているのかを、なんとなく見ることが出来なかった。
しばらく僕とニーナとイリスの大航海は続いていた。食器を、シーツを、椅子や机を使い、僕らは夢中になって遊び、両親が帰ってくるのを待っていた。
突然。
ドンドンドン!!!
「イリス!イリスいるか!」
ドアを破られるかのように叩く音。僕らの大海原での大航海は一瞬にしていつもの家で待ち受けている台風に引き戻されてしまった。
イリスがドアを開けると、ずぶ濡れのジルのおじさんと、数人の大人が立っていた。
「どうしたのジルおじさん、ずぶ濡れじゃないか」
イリスが聞いても、返事がない。ものすごい形相で扉を叩いていた大人達は、僕ら三人の事を見て、そして、目をそらした。
「……イリス、ちょっと来い」
「なんでイリスだけ?僕とニーナは?」
イリスは今まで航海士として首に巻いていたシーツをすっと取った。
「まってろ、すぐ戻るから、それまで二人で続きをしていろよ」
イリスは微笑むと、おじさん達と土砂降りの雨の中家を出ていってしまった。
「行っちゃったねえ」
「行っちゃったなあ」
「なんだか怖かったなジルのおじさん」
さっきまで眺めていた窓から、おじさん達とイリスがなにやら話しているのが見えた。
窓には相変わらず滝の様に水が流れていて、よくは見えない。
イリスは少しだけ動かなくなって、そしてものすごい速さで森の方へかけていった。
まだ八歳だった僕ら二人にも、決して良いことではないのだと、子供ながらにわかった。
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