5 / 52
悪夢
しおりを挟むゴトゴトゴトゴト。
荷馬車の音がやけに頭に響く。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ殺される。
ゴトゴトゴト。
ただ外を通りすぎる荷馬車の音。その音に過去の記憶が甦り完全に寝ぼけていた。
自分に被せられた布を取るとジャラリと手枷の冷たい音。
逃げなきゃ、逃げなきゃ。
「はぁ、っはぁ。逃げなきゃ。・・・殺される。」
額と背中に嫌な汗をかき、焦る気持ちのまま手枷を暗闇で観察した。外せないか引っ張るけど外れる気配もない。
そうだ、また石を鎖の間に出現させて・・・。
嫌な汗を額に滲ませ、必死に鎖へと意識を集中させて魔力を注ぐ。
何物にも屈しない丈夫な石を。
…お願い、お願いだから助けて。死にたくない。
ガシャン!!
一瞬の光と共に見事にパラパラと砕け散る鎖。しかし安堵したのも束の間。物音で気付かれたのか、暗闇の奥から重い扉がギィと開く音がする。
早く逃げなきゃ。
荷馬車の外に。
咄嗟に何も見えない暗闇を走り出すとガシャンと鉄格子に突進していた。
鉄格子?あぁそうか、ここは牢獄だ。処刑までの時を待つ場所。ここからでなければ処刑される。
「っい、っぅう。逃げないと、早く逃げないと。」
「ここは大丈夫だから、落ち着いて。」
落ち着いた男性の声。この声は・・・コハクさんの声。鉄格子の隙間から私に手を伸ばし背中を擦ってくれる。
どうやらコハクさん側の鉄格子に突進したらしい。コハクさんを起こしてしまった。
それにしてもだいぶ寝ぼけていたみたい。ここはトロルゴアの一時保護されている部屋だった。
「・・・すみません、寝ぼけてました。夜中にご迷惑お掛けしました。」
「いいよ、こっちの事は気にしないで。」
コハクさんは私が落ち着いたのを確認してから暗闇の中で手早く何か身なりを整えている様子だった。同時に消灯した部屋に管理人の持つ灯りが訪れ、お面とフードの位置を直すコハクさんが目に入る。
「おい、大丈夫か?凄い音がしたぞ。」
「ええと…寝ぼけてました。他の方も煩くして申し訳ありませんでした。」
他の部屋は暗くてよく見えないけど、迷惑かけたであろう人達にも謝る。
灯りに照らされると足元に散らばる鎖と石の欠片が散乱しているのがわかった。踏んだら痛そう。
「手枷、壊れたのか?」
「そうみたいです。」
「学園長に連絡入れなければな、手枷が壊れたら連絡するように言われているんだ。」
「はい、宜しくお願いします。」
「その前に欠片を掃除するから一時的にコハクの部屋に入って貰えるか。」
部屋を見渡して欠片が危ないと判断した管理人さんは私をコハクさんの部屋に入るように誘導して鍵を閉めてから掃除用具を取りに部屋を出ていった。
部屋にはコハクさんと二人だけ。
ベッドに座るコハクさんを見ると「隣に座って良いよ」とでも言う様に隣をポンポンと叩く。せっかくだし、と隣に座ると何故か体をビクリと揺らし驚いた様な仕草を見せた。
冗談だったの?座っちゃったよ恥ずかしい。
「怖くない?俺の事。」
「それは貞操を奪われるかもしれない怖さの事ですか?」
あまりにも真剣に聞くものだから先ほどの失態を誤魔化す様に冗談を言ってみた。
「いや、襲わないから!初めては好き合っている女の子とって決めてるから!!女の子と!」
女の子と、というのを強調して言う。
冗談のつもりだったのだけど会って間もない人間の冗談なんて分かりにくかったか。
それにしてもコハクさんの焦る反応が少し面白い。今後、意地悪しすぎない様に気を付けなければ。
そんなコハクさんは「怖くないならいい。」とだけ呟いた。
暗い部屋の中で隣に座りコソコソ話していてふと思う。
「こうして話していると友人とお泊まり会でもしているみたいですね。僕は友達いなかったですけど。」
国の事ばかりで仕事仲間は居ても友達って人は居なかった気がする。
「友達いなかったの?意外だね。君みたいな子はモテモテグループの中心でワイワイしていたのかと思ってた。」
「ふっ、ははは。まさか。」
「それならさ、俺は最初の友達になれるかな。」
ソワソワしてそう言うコハクさん。
お面をしていても感情が漏れてくるのが面白い。
「僕と友達になってくれるんですか?」
「・・・俺でいいなら。」
「ははは、じゃあ。初めての友達です。」
友達ってこうやってなるんだっけ?と思いながらも面白くて笑っていた。
そんな話をしていると、いつの間にか掃除を終わらせた管理人さんが温かい目でこちらを見ていた。
恥ずかしくなるから「青春だな!」みたいな目で見ないで欲しい。
◆◆◆◆
ガラガラガラガラ。
「はいはーい。皆朝よー!!美味しいご飯を持ってきたわよー。」
あの後ぐっすり自分の部屋で寝れた私はとても元気だった。
「あら?もしかして昨日の泥々だった子かしら!?こんな美少年だったなんてね。いっぱい食べて身長伸ばすのよ?」
「はい。昨日のご飯もとても美味しかったです。ありがとうございました。」
また身長の事言われた。けど反論しても面倒なので素直に返事をして料理を受けとる。
昨日に引き続き今日も美味しそうだ。
コハクさんも起きた様でお面とフードの位置を気にしながらベッドから起き上がって来るのが見える。
「今日も毒味しようか?」
「良いんですか?」
「俺は構わないよ。君がいいなら。」
「ありがとうございます、お願い出来ますか?」
そう言うコハクさんが眠そうにパクパク食べる姿を見つめた。お面を少しだけ浮かせた隙間から器用にパクパク食べていて、その度にチラッとお顔が見えそうで見えない。
「俺の顔が気になる?」
「隠されると気になるものです。」
「確かに。」
一通り食べてから、またあーんと食べさせてくれる。コハクさんは面倒見が良い。だけど今日は少しソワソワしている。
「あ、あのさ。」
「何ですか?」
「あんまり俺の顔見ないで。好きになっちゃうから。」
「・・・ずいぶん惚れっぽいんですね?」
「優しくされたら好きになるのは普通だろ。」
「ちょろすぎませんか?それに今優しくされているのは僕ですよ。」
「俺からすると顔を見て話そうとしてくれるだけで優しいんだ。この見た目だからさ。」
お面に深く被ったフードは確かに奇妙な服装だけどそれ以外は普通に見える。
「お面してるから奇妙ということですか?」
「・・・え?。君って・・・もしかして人が纏う魔力が見えない?」
「纏う魔力?」
「あぁ。俺の周りには黒い霧みたいなのが見えるからソレがとても不気味に見えるし怖いってよく言われる。」
「僕の回りにも見えるんですか?」
「見えるよ。金の粉雪が降っている様でキラキラしている。」
漫画のキャラクターにキラキラや薔薇の背景トーンが張られている様な物だろうか。
「へぇ。」
「君は容姿も纏う魔力も美しいよね。きっとモテモテだ。女子から可愛いとか言われる系だな。」
突然美しいと言われて居心地が悪くなる。
テレるな、今は男だ。
「モテるなら学園生活楽しめそうですね。」
「はぁ・・・いいよな。モテる人はそういう楽しみがあって。俺も努力はするつもりだけど近づくだけで逃げられるし、今まで脈ありだと思った事が無い。」
こんなに面倒見が良くて優しい人なのにそんなにモテないのか。ツノ持ちと呪印に纏う魔力がそんなに厄介という事だろう。
幼い頃から婚約者が居たから他人の容姿を好き嫌いの観点であまり気にした事が無かった。
婚約者としか結婚出来ないと思っていたから。
「でも、纏う魔力なら僕と一緒にいたら普通に見えるかも知れませんよ?
こう、近くで混ざりあって。黒い霧に金の粉雪なら夜空みたいじゃないですか。」
「え!?!?」
私の言葉に途端に動揺する仕草をするコハクさん。
「何ですか?変な事言いました?」
「・・・そうか、君はまだ13歳だから知らないのか。」
赤くなったであろう顔を手でパタパタと扇ぐと、耳を貸せと言うように手招きをしてくる。
素直に耳を寄せると。
「纏う魔力が混ざるという状況はね?・・・その、そういう事になる深い繋がりがあったと言う意味で。」
「深い繋がりと言いますと、例えば何ですか?」
それは手を繋ぐ・キスをする・イチャイチャするくらいの事でも起こるのか。そう聞きたかった。
「それは・・・交わる行為の事。」
「へぇ・・・じゃあ、交わったらすぐ周りにバレるって事ですか?世の中の恋人は気楽にイチャイチャもできませんね。」
「まぁ、そうかもしれない。でもマーキング出来たと思えば良いことだと思う。パートナーが居るのに知らなかったとならないだろ?別れても何となく分かるし。」
「確かに、そう考えれば便利ですね。」
纏う魔力が見えていれば婚約者に番が現れた事も気がついたかもしれない。
「あれだな、こう猥談してると男友達ができたって実感が沸く。」
「これから暫く相互監視人としても長い付き合いになりますからね。もっと色んな話をするでしょうね。」
これも猥談なのか?教育的な部類だと思ったのだけど。でも猥談か、確かに女性には話しにくい話題だよね。
お互いに食事が済むまで当たり障りのない話を軽くしていると、食べ終わった頃を見計らって管理人さんが現れた。
私達の部屋の前に立つ管理人は心なしかピシッと背筋を伸ばしていて気安い雰囲気ではなく、業務的な空気を感じた。
21
あなたにおすすめの小説
【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした
凛蓮月
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】
いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。
婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。
貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。
例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。
私は貴方が生きてさえいれば
それで良いと思っていたのです──。
【早速のホトラン入りありがとうございます!】
※作者の脳内異世界のお話です。
※小説家になろうにも同時掲載しています。
※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
幼馴染みを優先する婚約者にはうんざりだ
クレハ
恋愛
ユウナには婚約者であるジュードがいるが、ジュードはいつも幼馴染みであるアリアを優先している。
体の弱いアリアが体調を崩したからという理由でデートをすっぽかされたことは数えきれない。それに不満を漏らそうものなら逆に怒られるという理不尽さ。
家が決めたこの婚約だったが、結婚してもこんな日常が繰り返されてしまうのかと不安を感じてきた頃、隣国に留学していた兄が帰ってきた。
それによりユウナの運命は変わっていく。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?
【完結】タジタジ騎士公爵様は妖精を溺愛する
雨香
恋愛
【完結済】美醜の感覚のズレた異世界に落ちたリリがスパダリイケメン達に溺愛されていく。
ヒーロー大好きな主人公と、どう受け止めていいかわからないヒーローのもだもだ話です。
「シェイド様、大好き!!」
「〜〜〜〜っっっ!!???」
逆ハーレム風の過保護な溺愛を楽しんで頂ければ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる