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試験期間
しおりを挟む「・・・美味しい。」
私の行動に驚きながらも何も言わず、彼は私の口にスープを運んでくれる。
この人は親切な人だな、泥だらけの私にスープを分けてくれる。
疲れきっていて正しい判断が出来ているとは言えないけれど彼の優しさは素直に嬉しかった。
「まずいな。これは可愛い。このままだと好きになっちゃいそう。」
ひたすらあーんで食べていると、彼がポツリと呟く。
ん?と思い咀嚼しながら自分の姿を見る。改めて見てもただの泥塗れの若い男のはず。
可愛い要素は無い。
「貴方は同性が好きなんですか?」
「恋愛対象は異性だし、両親に孫の顔も見せてあげたいから今後もそうであって欲しいと思ってる。
だけど人間が俺の使ったスプーンで俺の食べ掛けた料理を食べてるんだ。しかもあーんって食べさせれば心なしか嬉しそうに食べてくれるんだよ?
兄弟以外でこんなの初めてだ、だからついね。」
つい、で恋愛対象外の者を好きになるのだろうか。
「こっちのサラダも食べる?こっちはまだ口付けて無いよ。」
「・・・。」
口付けてないもの、それより食べ掛けのパンが食べたい。だけどそんな事言えない。
「もしかして、このパン食べたい?コレ俺が半分も食べちゃってるけどいい?」
「貰っていいんですか?」
「後で君の貰えばいいし。毒とか警戒してるんでしょ?」
図星で驚いて思わず彼の顔を見た。
彼は白地に子供の落書きの様なにっこり顔の描かれているお面をしていた。可愛い落書きが逆に不気味な仕上がり。
頭部もフードを被っていてよく分からない。
周囲の収容者が着ている衣服を見るとファンタジー風のジャージという表現がピッタリの代物。
ただ全員一緒ではなく微妙に違う作りをしていてご飯をくれる彼にはフードが深く被れる作りをしていた。
「ところで君さ、学園試験を受けるんだよね?俺と相互監視人にならない?」
「相互監視人というのは何ですか?」
色々な事に飢えていた私は、こんなにいい人なら何でも「良いよ!」と言ってしまいたくなる心を落ち着かせて内容を聞いた。
「簡単に言えばお互いを監視し合う存在。提供される住む所も相部屋で可能な限り一緒に行動してお互いを監視する。
俺らの様な立場の人間はここを出てある程度自由に行動するのにお互いを監視する相互監視人が必要なんだ。
俺は学園に入る権利を既に持ってるのたけど、こんな容姿なのもあって相互監視人になってくれる人が見つからなくてさ。一時保護のこの部屋から出れないんだ。」
相互監視人が見つからないとこの部屋を出れないのか。綺麗とはいえずっと牢獄生活は嫌だな。
判断力が過去最低な頭で必死に考えるけど、先程の収容者同士で私の話をしていた時、話にのって来なかった事。ご飯もくれたし。それに男性と同室なら女性だと疑われにくいかもしれない。何より私の事を色々言っていた他の収容者よりはマシだ、と思えた。
「じゃあ試験に受かったら、考えます。」
「いいの!?」
パッと花が咲く様に喜んでくれた。
ある程度お腹も満たされ、他にも雑談をと思った時「泥んこ新入りさん。お風呂の準備できたよ。」と管理人の人が呼びに来てくれた。
「聞いてくださいよ管理人さん!この子が相互監視人になるの試験に合格したら考えてくれるって!」
「おお!やっと見つかったか。コイツが受かればここを出られるんだな。コハクは性格は良いから見た目悪くてもいつか見つかると思ってたさ。」
受かってもないのにこんなに喜ばれたら荷が重い。だけど初めて前向きに試験を頑張ろうと思える。
その後、監視付きで念願のお風呂に行った。
温かくて気持ちよくて最高だった。体の隅々まで石鹸をたっぷり使って三回は洗った。シャンプーもリンスも保湿のクリームまである。ここは天国かと錯覚する。
亡命生活では匂いで見つからない様にと川で体を洗って泥で肌を擦って隠していた。少しの癒しとして香草を擂り潰して塗っていたな。
その結果、人間臭さは無いにしても泥の塊になったのだけど。
受け取った新しい男物の収容者服は手枷があっても脱ぎ着できる形で流石は犯罪者の国だと感心する。
「おやぁ、見違えたな。泥の人形から美男子が生まれた。」
「大袈裟ですね。」
「背が伸びれば完璧だな。」
「それはこれからに期待して下さい。」
16歳の女だからこれくらいが平均身長・・・とは言えない。それにしても美男子か、悪い気はしない。
現在身に付けている男装の魔法道具は私を元に男の姿にしてくれる。【王家の印章】と同様に偉大なる魔法使いであり初代王妃の作ったチョーカーの形をした道具。
初代王妃はお忍びで気楽に何処かへ行きたかったんだろう。
シンプルなチョーカーからは想像出来ない程凝っていて、衣服を脱いでもこのチョーカーさえ着けていれば他人からは男に見えるらしい。他人からはアレが付いて見えるのだろうか。自分ではいつもの自分にしか見えない。
「そう言えば、コハクって呼んでいたあの人は容姿がどうのって自身で言ってました。何かあるのですか?」
「あぁ、これは本人が隠さずに言っている事だから話すが、彼はツノ持ちでね。顔に呪印が有るとか。」
「そうですか。それは大変でしたでしょうね。」
頭に角、そして顔に呪印。これらは古来から恐れられている鬼の特徴で病気を引き寄せると言われている。病気を呼ぶ、若しくは移されると人々に嫌がられる特徴。
この特徴が出た赤子は捨てられる事が殆どらしいけど彼は両親が守り抜いたという事だろう。
両親に孫の顔を見せたいから・・・とも言っていたからとても良い親なのだと思う。
「もしかして・・・コハクは君にその事を黙って相互監視人になろうと持ちかけたのか?」
「詳しくは聞いてはいませんでした。」
「コハクにしては珍しい。今までその事を話してから相互監視人の話を出していたのに。」
「それでダメだったから話さなかったのではないですか?」
「いや、そんな卑怯な奴ではないさ。」
その管理人の返しに思わず笑ってしまった。
ニホンに住んでた記憶から、鬼は怖いイメージも良いイメージもある。
何故か彼には良いイメージの鬼を想像できた。
「君はコハクと普通に会話していたね。何も思わないのかい?」
「特には何も・・・あぁ、優しい人だなとは思います。」
そうか。と一言呟いた管理人の顔は心なしか嬉しそうだった。
再び綺麗な監獄に戻ると他の収容者からの視線が変わった気がする。先程の美少年発言が私に自信をくれたからそう思うだけかもしれないけれど。
「コハク、見ろよ。泥人形から美少年出てきたぞ。」
何て答えていいか分からず苦笑いで返すと割り当てられた部屋に入った。
先程泥まみれで寝ていたベッドのシーツも綺麗になっているし、見た目は監獄だけど良い環境だ。
椅子に座り勉強をしていたコハクさんはこちらを見て驚いてガタリと椅子から立ち上がる。
「あ!え!!嘘。泥の塊の可愛い生物がご飯をあげた俺に恩返しで美少年になって帰ってきたとか!?
どうせなら美少女がよかった!!」
わあああ。とベッドに飛び込むコハクさん。
泥の塊を可愛く見てたのか。先程の行為はペットの餌やり感覚だったのかもしれない。
「コハク、さっき聞いたけど容姿の事話さなかったそうじゃないか。どうしたんだ、お前らしくもない。」
ムクリとベッドから起き上がった彼はお面をしていても分かる「?」顔をしている。
「話してなかった?」
「具体的な内容までは。」
「だけどコイツは気にしないらしいぞ。よかったな。」
その言葉を聞いたコハクさんは再び、わあああとベッドに突っ伏した。
「やっぱり恩返しに来た泥の塊だぁぁぁぁ。ありがとうドロッピー!」
ドロッピーは私に勝手に付けた名前だと思う。もし私に付いてた泥を言うならお風呂で流してきた。
「ははは、まぁその前に試験合格しなきゃならんな。」
苦笑いで返すと管理人は「仲良くやれよ。」とだけ言って去っていった。
久々に少しだけ楽しい気持ちになり何故か眠くなった。亡命サバイバル生活からトロルゴアの門に着いてすぐに拘束され面接だった。
本当に疲れた。だけど【犯罪者の国】と呼ばれるトロルゴアはなかなか良い場所だな。明日から頑張ろう。試験に合格してここを出よう。そう思いながら深く眠りに着いた。
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