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婚約者。
しおりを挟むコハクさんの顎に手を添えて、呪印の上からペタンと印を押す。
相変わらずインクの乗りも良く、デザインも素敵。研究した甲斐があったと自画自賛。
「ヒスイにやってもらうのやっぱり好きだな。真剣に作業している顔を間近で見れて。」
「私も好きでした。コハクさんのお顔が間近で見れて。」
「ヒスイって俺の顔好きなの?」
「好きですよ。好きなのは顔だけではありませんが。」
「・・・そう、なんだ。ははは。」
照れ笑いをするコハクさんはとても可愛い。
プロポーズをしてもらいそれを受けてから、この世界は幸せで溢れているかのような感覚になってフワフワしている私達。
ある程度の準備を終えて、貴族寮を出てすぐの所まで来たものの名残惜しく手が離せない。
「離したくないな。」
「そうですね。そうだ、近いうちにコハクさんのご両親に挨拶に行かなければいけませんね?」
「あぁ、そうか!きっと家族は驚くよ。」
離れられず見つめ合うと後ろから声が聞こえた。
「コハクじゃないか。そちらはグレングールシアさん?」
「リベル、おはよう。」
声を掛けられた事で咄嗟にトロルゴアの作法で礼をする。貴族寮からやって来たのなら偉い人だろう。
「おはようございます。」
「へぇ、復学早々コハクをお持ち帰りとはなかなかやるね。こんな所見られたら噂になるよ?」
「噂になって困るような人を入れたりしませんよ。」
「そういう関係なの?」
私とコハクさんを交互に見て嬉しそうに笑う男性。誰だろう。医療科で見たことはある気がする。
「あまりからかわないでくれよ?今すごーく大事な時期なんだ俺達。」
「友人の幸せをからかう訳ないだろ。大物捕まえたなコハク。玉の輿じゃないか。」
ははは、と笑うコハクさんの友人。
玉の輿か。女王でなくなった今だけど、両親から引き継いだ財産や土地と屋敷はそれなりにある。
ふと物思いにふけるとコハクさんが何故か慌てる。
「財産目当てでは無いからね!絶対に無いから。本気だから、本気で君が好きだから。」
「コハクも本気だとこんなに分かりやすいアプローチする奴だったんだな。ラピス狙いかと思ったけど違いそうだ。」
「あの人はただの友達。」
またラピスさん。
施設の子供達の時もそうだけど、周囲の人間から見ても仲がいいんだな。
「あぁ、ごめんグレングールシアさん。こんなにアプローチしているコハクを見たのは貴女が初めてだよ。コハクがラピスを誘うような所は見た事無いし、周りが勘違いしてるだけだ。」
「いいえ、気にしていません。」
気にしていませんと言いながら凄く気にしている。
平静を装っていても見るからに落ち込んでしまったのか、お友達が今度は焦っていた。
「そろそろ学校行かないとな!一緒に行くか?」
「いや、俺はヒスイと」
「私は、まだ準備が有りますから。どうぞ先に行っていて下さい。」
「そう・・・」
本当にまだ準備が有るのだけど、コハクさんがシュンと落ち込む。
その背中を本当にごめんと言いたげに触れるお友達。
「あの、本当にまだ準備があるだけですよ?髪とかガーネットに整えて貰わないと。」
「うん、分かった。また学校で。」
「はい、また学校で。先輩。」
先輩の言葉に少し照れる二人を精一杯の笑顔で見送る。
二人の背中が見えなくなると私も改めて学校の準備に取りかかった。
◆◆◆◆
準備が終わり、学校へ行くと私を見た人がこそこそと話し出す。
「噂話はいつもの事だけれど、何か嫌なものを感じますね。ガーネット。」
「ええ、本当に。調べておきます。」
ガーネットは周囲の会話を聞きつつ私を気にかけてくれる。メノウもまた目付きを鋭く周囲を警戒している。
そして午前の授業が終わると一人の男子生徒が話かけてきた。メノウが間に入って「下がれ」と睨みを効かせてもそのまま気にしないで話しかけてくる。
「なぁ、あの噂本当?早速、男連れ込んで遊んでるんだって?今度は俺と遊ばない?」
そういう噂になっていると。
コハクさんの寮に入る姿が見られたのか・・・いや、寮に入る姿を見られただけではどの人に会いに来たかわからないよね?
ガーネットが私の部屋に連れて来る時は細心の注意をはらったはず。
朝、寮の前で見られた可能性は高いけどソレだと噂が広まるのが早すぎる。
「ガーネット、メノウ。行きましょう。」
男性を睨見つけてからその場を立ち去り教室のドアを閉めるとザワザワが増した。
「お昼は静かな所で食べた方が良さそうね。このまま研究開発科まで行きましょう。」
研究開発科はオアシス。
今、私が開発を試みているのが紙鳥という魔法や手紙意外の連絡手段。
紙鳥は手紙を魔法で鳥の様に飛ばし相手に伝える。だけど混雑防止のために急務意外は使用を禁止されている。
もっと気軽に魔法が使えない者にも使えて早く伝えられるもの。
コハクさんの今日の言葉を聞いて感じていた。ただ不安だと相手に誠意を求め続けてはダメになってしまう。
思い違いを減らすには話す機会を増やす事、気楽な連絡手段があると良いと思った。
ニホンという国で暮らした経験から手のひらサイズの連絡手段を思い浮かべたけれど、あれは私には難解過ぎる。
だから知っている範囲の事から進めている。
そのヒントが糸電話だった。糸を伝い振動で音が届く。振動さえ届けば声が遠くまで伝わるというのは知っていた。
その振動を伝える手段。それが一番の問題。魔法が使えない相手でも伝えられる方法。
この日は資料室で何かを伝える研究を読み漁って終わってしまった。
◆◆◆
「んー・・・疲れた。」
「お疲れ様です。」
「お疲れ様ぁ。」
調べた結果、魔法に溢れたこの世界では伝える手段も魔法を介する研究が大きくて誰でも使えるという方法の鍵は見つからなかった。
明日はこの世界特有の素材について調べようとストレッチをしてから席を立つ。
研究開発科の部屋を出ると背筋を伸ばし歩き出した。
「アスティリーシャ様は切り替えが素晴らしいのですが、もう少し気を抜かれてもいいんですよ?」
「そうだよぉ。」
「そうは行きません。元女王とはいえ、国のイメージに関わりますから。国で私の代役を勤める影ちゃんにも悪影響が出ます。それに、ただでさえ嫌な噂が流れてしまっているのに気を抜いたらどうなるか。」
校内から一度中庭に出て、気晴らしに外の風にあたろうと出た時。
二人と小声で話していると進行方向にコハクさんとラピスさんが見える。その他にも友人らしき方が数人。
朝に会った人・・・確かリベルさん?も居てなにやら話していた。
「ガーネット、メノウ。これって話しかけるのと知らないフリで通りすぎるのとどちらが正解ですか?」
「話しかけて仲の良さを敵に見せつけましょう!」
「知らないフリかなぁ。」
二人の意見が合わない。
「あ!アスティリーシャさん。」
「ラピス、ダメだって。」
駆け寄って来たのはラピスさんだった。
「あのね、貴女にお願いがあって・・・」
「気安く近づくな。」
メノウが間に入るけれど脇からひょっこり顔だけ出して私を見る。
間にメノウが入ってくれたお陰でそれなりに距離が出来ているけれどその状況が彼女の声を大きくする。
「コハクを玩ぶのはもう止めて!!」
「ラピス、違うってさっきから言っているじゃないか。」
「でも!!」
なんだこの状況。
奥にいる朝会ったコハクさんの友人も抑えようとしてくれている。彼女の暴走なのか・・・。
周囲では他の生徒達も騒ぎを聞きつけ集まってきた。
「だって、だって私達は番じゃない!!それなのに私達の間を引き裂くなんて何か悪い魔法でも使ってるのよ!!」
番?
「アスティリーシャさん。番が見つかるって本当に希な事なの。
貴女がいくら凄い魔法使えるとしても、その運命を・・・結ばれる大切な縁を引き裂くなんてしてはいけない事だと私は思う。」
番の言葉に目の前がグラグラと揺れる。私って本当に運が悪い。
この場で倒れるなんて出来ない。だけど、側に居たガーネットがさりげなく支えてくれ「寮へ行きましょう。」と背中を押してくれる。
「お願い、アスティリーシャさん。何人も男の子と遊んでるんでしょ?コハクはその一人なんだよね?」
一昨日トロルゴアに着いて、昨日は復学初日でコハクさんがお泊まりしての今日で何を言うのか。男の子と何人もって無理があると思うよ?
それよりガーネットとメノウが殺気立っていて四方八方空気が悪い。
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