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飛び込んだ先。
しおりを挟む予想外に上手く行った作戦に驚く私を抱き抱えたままコハクさんは流れを読みながら寮から離れて行った。
◆◆◆◆
人目を避けながらトロルゴアの中心部から離れるのかと思えば、王族の住む住宅地へ来ていた。どこへ行くつもりなのだろう。
「着いた、ここの庭に入るよ。」
「勝手に入って大丈夫なんですか?」
「駄目だけど、あの人に会えれば許してくれるはず。」
薔薇の綺麗に咲く庭が高い塀の隙間から見える。
「いい?一気に風で飛び込むから気を付けてね。」
「はい!」
王族の住宅だから警備も厳重だ、入ったらきっとすぐに見つかってしまう。
だけどこの塀の先に活路があるなら、私はコハクさんと飛ぶ選択肢しか無い。
ビュンッと強く吹いた風の流れに乗って私達は高い塀を越えて放り投げられる様に庭に落ちた。
ガサガサガサガサ!!
高い木の枝に衣服が引っ掛かりながら柔らかい風に包まれて落ちる。
「っ!!奥様、お下がりください!不審者です!」
「この屋敷に入り込むなんて良い度胸しているわ。」
コハクさんが私を受け止める様に下敷きになって落ちてしまったけれど風がクッションになっていたから多分大丈夫なはず。コハクさんを労りながら体を起こした。
だけど私達の周りには既に兵士が集まり囲まれていた。
同時にさっきまで居た塀の外からバタバタと聞こえる足音。
「聖女様の目撃情報があったのはこの辺か!!」
「はい!」
「くっ、彼らの情事に時間を取られ過ぎた。何かある前にお守りしなければ。
しかしあの侍女と護衛は朝から絡みが濃厚だったな。」
「主人の居ない部屋で致してるなんて良い趣味をしている。」
「それに事情を知らない聖女様が出掛けてしまうとは。」
塀の外から聞こえた声に息を飲んでコハクさんにしがみついた。
コハクさんもそんな私を宥める様に抱き締めて背中をさする。
「貴方が聖女様なのかしら。その様子は逃げてきた様ね。」
追い掛けてきた兵士達の足音が遠ざかり、やっと声の主を見る事ができた。
そこには驚くほどの美人が居た。キツイ印象の顔立ちだけれど、微笑むと優しい人なのではと思える眼差し。そしてなんと言ってもナイスバディで長くパーマのしっかりかかった髪が印象的。
彼女は従者や護衛に待機命令を出すと距離を保ったままこちらを見た。
「急にお庭に入ってしまい申し訳ございません。決して悪い事をしようとした訳ではなく・・・。
私はアスティリーシャ・グレングールシアと申します。彼は婚約者のコハクです。」
礼儀作法に気を付けながらコハクさんと共に礼をする。
「やはり女神の癒しを作り出し、私の病を治した者の名だわ。」
私の作った魔石は小さな一粒だけ。それは学園長が持っていったはず・・・。
「学園長の奥様ですか?」
「えぇ、そうよ。貴方のお陰でこうして庭に出る事が出来るほど回復したわ。」
「ええ!!」
この美人が!?あの学園長の!?信じられない。
確か、何処かの国で悪役令嬢にされて国外追放されたっていう女性だ。
「なぜ王家の使いから逃げていらしたの?保護される存在であるはずだけれど。」
「彼女を聖女として城へ来るようにと書状が届き、私が離れたくないと連れ出しました。城には俺の様な庶民は入れませんから。その途中で使いの気配を感じ、咄嗟にこちらの庭に飛び込んでしまいました。」
コハクさんの言葉に現場に居た女性からキャー素敵!みたいな声が上がる。
確かにロマンチックかも。
「あら、若いっていいわね。だけど王族から来た命令に背き、聖女様を連れ出す、更には屋敷の庭に許可なく立ち入るなんて何かしらの罪に問われる事だわ。」
その言葉に息を飲む。
それはコハクさんが捕まってしまうかもしれないという事だ。
よく考えればそうだ、何故気が付かなかったのだろう。震える手でコハクさんにしがみつくと私を安心させる様にコハクさんが背中を擦ってくれる。
「ごめんなさい、コハクさん。私、自分の事しか考えられてませんでした。」
彼がもし、私を一番に考えて自分を犠牲にする行動を取ってしまったとしたら。
どうしよう、どうしよう。と罪悪感が沸き上がる。
一人の少女を助ける為に村を追い出されると分かっていて助けた彼だから有り得る話だ。
「私が彼と一緒にいたいと言いだしたんです。聖女だと言われ王城に行ったら安全なのでしょうが、きっと出れなくなると思って。それに彼や私の従者は庶民です。会えなくなるのではと・・・彼は私に従っただけで何も悪くは無いんです。」
必死に訴える私の反応をまじまじと見た奥様。侍女を呼び寄せると一言何かを伝え、私達の側に来た。
「恩人にはしっかり恩を返さなくてはね?
私が恩人にお礼をするために貴方達を呼び寄せたとしましょう。
夫からコハクさんの話も聞いているから、よく話に聞く二人に会えて嬉しいわ。せっかくですもの、お茶にしましょう。ここの薔薇はとても綺麗なのよ。」
「ぁ・・・ありがとうございます!」
とてもヒヤリとしたけれど、本当に良かった。だけど王族の使いに捕まらなかっただけで奥様とのんびりお茶をしていて良いのだろうか?
まだ心配事が多い。だけどコハクさんの顔を見ると笑顔で「大丈夫。」とだけ教えてくれた。
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