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家族
しおりを挟む寒くなる前の過ごしやすい気候の中で、薔薇が咲き誇るこの屋敷の庭でお茶をする。
なんて贅沢なんだろう。
「これと、あとコレも。とても美味しくてお勧めよ。ここに有るもの全て、病気が治った私に好きな物を夫が用意してくれてね?食べきれないわって思っていた所なの。」
「あの学園長が・・・奥様にベタ惚れなんですね。」
「うふふ、そうね。いつも愛は感じるわ。」
あんな拘束器具作りと罪人の選別が趣味で手段の為なら生徒をも脅す学園長もそういう面があるのかと驚く。
「ふふっ。意外そうな顔をしているわね。あれでも丸くなってるのよ?私と会うまでは人の心なんて存在しないとまで言われていたらしいわ。」
「そちらの方が想像できます。」
「あら、生徒にそう思われているなんてあの人もまだまだね。」
奥様との会話は楽しく、礼儀に気を付けながらも楽しく話ができた。
そんな私達をコハクさんは緊張しながら紅茶だけ飲みつつ静かに聞いている。
暫くお話をしながらケーキやお菓子を美味しい美味しいと食べていると、静かだと思っていた屋敷が急に騒がしくなった。
新たに王族の騎士達がぞろぞろ現れたかと思うとひときわ威圧感のある人が姿を見せる。
「城に呼んだはずなのですが何故ここにいるんです。」
声が聞こえ、驚いてコハクさんの腕を掴むけれど薔薇の庭に入ってきたのは学園長だった。
「お帰りなさい、あなた。でも嫌だわ、私の恩人にそんな怖い言い方。」
「そうは言ってもこちらは環境を整えて迎える準備をしたのに何処かへ出掛けたきり帰ってこないと聞いてどれ程探したと思っているんですか。」
「そんな怖い態度だから逃げられるのよ?」
「逃げる?何故。」
音を立てず紅茶のカップを置くと、奥様は学園長より威圧感を出して立ち上がった。
「これだから王族は嫌だわ。偉そうにこちらが呼んでやったんだ喜べって態度が嫌いなの。貴方はよく知っているでしょう?」
「それは君の話で・・・」
「あら、この二人の様子見てもそう思うのかしら?怯えて可愛そうに。私が病で動けない間に大好きなあなたは変わってしまったの?」
ぐぐぐ、と何か言いたげな学園長だけど何も言えない。奥様強い。
「それに、彼女の元婚約者が倒れた彼女を拐いに脱走したそうね?
いつものトロルゴアならあり得ない失態だわ。誰かが彼女を手に入れる為に手引きしたとしか考えられない。」
ふぅ、と息を漏らし鋭い眼光で学園長を睨む奥様。
「彼女に魔石を作らせ、その情報が漏れて聖女騒ぎになる。そして罪人が脱走し恩人の身が危険に去らされたわ。これ、誰の責任かしら。」
「・・・それは。」
「あなたは・・・いいえ、私達が彼女の平和を奪ったの。奪う切っ掛けを作ってしまった私達は最大限彼女の意思に沿い報いなければいけないわ。」
奥様は眼光を和らげ、私へ優しく微笑む。
「まずは、恩人が何を望むのか希望を聞かなくてはね?最高の環境を整えてやったぞって権力で押し付けるのは迷惑意外のなのものでも無いのよ。」
凄い圧を放っていた奥様なのに私に視線を向けると聖母の様な視線に変わる。
「・・・私は、このままコハクさんと結婚をして従者のガーネット、メノウと共に過ごしたいです。それは王城へ行って話し合ったとしても可能なのでしょうか?」
「それは・・・今の状況では無理だ。君程の力を持った者を王族の手助け無しに守るなんて不可能だ。その上、庶民出の従者を側に置いたら甘く見た輩の襲撃が後をたたないだろう。
権力を持つ誰かと婚姻を結び明確な後ろ楯を示しつつ守られるのが一番良い。」
キッパリ言われてしまった。
そんな守られ方は望んでいない。自分が生きたい様に生きるってどの世界でも難しいと痛感する。
私はコハクさんと、ガーネットとメノウと。一緒に暮らしてこれからも生きたい。
心細くなりコハクさんの手を握ると力強く私を抱き寄せてくれる。
「学園長には恩があります。だから極力お力になりたいと思ってきましたが彼女だけは離すつもりはありません。」
朝の時は王族と縁談を受け入れても側に置いて!といっていたのに格好いい事を言ってくれる。
だから私もその言葉を肯定する様に彼の手をしっかり握った。
「婚姻だけが守る手段ではないわ。」
奥様が私達二人に温かい笑顔を向けてくれる。その笑顔が安心してと言ってくれている様だ。
「この子を私達の子供として養子縁組をすれば良いのよ。」
・・・
・・・
・・・・・・嘘!?パパ!!ママ!!
奥様の娘になるのは良いけれど、学園長の娘にもなるという事。
えー?
それはちょっと。
「な、何を言ってる。他国の元女王ですよ!?誇りある王族が他国の養子になるなど了承するわけがない。それに7人の子供が既に居ると言うのに。」
大家族だね。
あと、身の安全に比べたら大した誇りは持ってない。身の安全のために王政廃止してるのだから。
「7人居たら1人増えても大して変わらないわ?病は治ったけれど次を産むにはさすがに無茶だし養子も良いと思うの。」
ママは安定の包容力を持っている様だ。
「一番下の子も18歳よ?それに彼女は私の病を治した恩人。7人全員受け入れるでしょう。可能なら息子と縁組みをしたかったけれど、こんなに愛し合ってる相手がいるんじゃ仕方ないわ。」
「・・・だが、息子は妻に似てなかなかしっかり者だ?恋人も居ない。」
「命をかけてここまで来た彼と比べたら彼女にとっては足元にも及ばないわ。」
話が纏まり始めた所でコハクさんの手に力がこもった。
「学園長の息子とも縁談を考えてたなんて・・・ヒスイを任せて良いものか悩み始めてきた。」
「流れで見えなかったんですか?」
「流れで見えたのは奥様に会ってから少しの会話までで・・・奥様だけは必ず君を尊重した動きをすると感じたからここへ来たんだ。まさかその先に学園長の勧める縁談相手が居たなんて。」
流れを読めると言うのも難しいものだ。
「改めて聞きたいのだけれど、アスティリーシャさんは私の子供として養子縁組するのと、王城へ行って貴族のご子息から選んで婚姻するの。どちらが良いかしら?
あぁ、あと貴方の祖国へ責任もって送り届ける事も出来るわ。その後の対応は貴方の国に任せる事になるけれど。」
選択肢は養子縁組かトロルゴア貴族との結婚か祖国に帰るか・・・。
「養子縁組をした場合、コハクさんとの結婚と従者二人を引き続き側に置く事は可能なのでしょうか。」
「勿論よ。コハクさんもとても優秀で良い子だと聞いているもの。ただ、婿養子に来て貰って警備の行き届いたこの屋敷に一緒に住むのが理想かしら?
嫌なら別宅も考えるけれど・・・それか別居?」
新婚早々に別居。
それは私が不安でしかない。
「か、可能なら一緒に。しかし、その・・・本当に俺とヒスイの婚姻を認めて下さるのでしょうか。俺の血には・・・。」
コハクさんが何が言いづらい事を聞こうとしている。学園長をチラリと見た彼に学園長も察したらしい。
「あぁ、君の血の事ですか。気にしなくて良い、妻も知っている。」
「あら?そんな小さな事を気にしていたの?細かい事なんて気にしないわ。この子の為にこれだけ尽くせるのだもの、貴方と居るのが幸せでしょう。」
安定の包容力。
二人でホッとして顔を見合わせ、手を握り合い笑顔が溢れる。
先程の選択肢で考えると奥様の娘になった方が一番良さそうだった。
祖国へ無事に送り届けるて貰っても、力が分かった今となってはコハクさんとの結婚などを色々と振り出しに戻って説得しなければいけない。
祖国は強い魔力をもって生まれる王族に頼りきった国だ。トロルゴアに比べたら警備は心もとない。ずっと気を張らなくてはいけない。
なんと言っても祖国の為に働く意欲が私にはもう無い。一度処刑され、二度目は亡命したという記憶は消えないし、王政廃止し新しい議会を整えた事で私の役目は終わったと思っている。もしまだ王族が必要になる事があるのなら後は政治に関わらず好きな事だけしていた博物館の叔父に任せたい。
「奥様の娘として宜しくお願いいたします。」
「良かったですねぇ、アスティリーシャ様。」
「わぁ~ん、良かったです。これからもお側に居ます!」
ガーネットとメノウが何処からともなく現れると両側からぎゅうっと抱き締められる。
二人も私に協力して頑張ってくれたと思う。
ついさっきまで姿を見せなかったという事は身を隠し、いざ!と言う時に守る隙を狙っていたという事だろうから。
「あぁ、でもアスティリーシャ・グレングールシアとして養子縁組は貴方の国が許さないかしら。名前を捨てる覚悟はある?」
名を捨てる覚悟。
そんなのあるに決まってる!
奥様の言葉に私は飛び付いた。
「アスティリーシャ・グレングールシアとしての名を捨てる覚悟は亡命した時からありました。だけど、新しい名前には希望があります。」
元の名を捨てたとしてもこの名前だけは捨てるなんて出来ない。
「これからはヒスイとお呼びください。お母様。」
私の絶対に捨てられない名前。それを伝えると奥様は微笑み「ヒスイ、良い名前ね。」と一言、何か綺麗なものを眺めるような眼差しで言ってくれた。
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