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4.合鍵
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しおりを挟む「木曽根さん」
溜まった雑用をのらりくらりと片付けていたきらりが部屋を出て行くと、山倉さんが椅子を回転させて私を見た。
同時に他の面々も私を見る。
「新しい噂を知っていますか」
「いえ」
「木曽根さんが林海さんから課長を奪ったことになっています」
「……は――」
「――はぁ!?」
私より先に反応したのは、課長だった。
ガタンッと立ち上がると、つかつかと私の背後にやってくる。
「山倉、もっと詳しく!」
「え?」
「課長と林海さんはこっそり付き合っていて、それを知ってか知らずか木曽根さんが課長を誘惑し、罠にハマった課長は責任を取る形で林海さんと別れて木曽根さんと付き合い始め、恋人に裏切られた者同士で慰め合っているうちに子供ができた、ってことだそうです」
楽しそうに声高にそう言ったのは、平井さん。
「ホントーですかぁ?」
きらりを真似たように胸の前で両手を組み、語尾を伸ばす。
「冗談でも鳥肌が立つ」
「ですよね。けど、人の不幸が大好きな社員たちの間で、尾ひれ背びれ胸ひれまでくっついて広まっていますよ」
「名誉棄損で訴えるか」
「林海さんと交際していたって噂が、課長の名誉を傷つけたと認められるかは疑問ですけど」
平井さんはケラケラ笑う。
「ズタズタだろ」
課長が額に手を当てて、はぁとため息をつく。
「で? 本当のところは?」
「は?」
「今はみんな揃ってますから、はっきり当人たちの口から教えてください」
確かに、珍しく課の全員が揃っている。
隣の社内広報課の面々もこちらの様子を気にしている。
椅子を少し回して課長を見上げると、彼は彼で私を見下ろしていた。
「そうだな」
私は立ち上がり、課長の隣に並んだ。
「噂がデマなのはわかっているだろうが、木曽根の婚約解消は天谷の不貞行為が理由であり、俺と林海に交際の事実はない。婚約解消した木曽根を口説いている最中なんで、誰も邪魔をするなよ」
「課長! なんてことを――」
「――もう付き合っているんだと思ってましたけど?」と、山倉さん。
「そうそう。名前で呼んじゃったりしてましたよね」と、平井さん。
「婚約解消してまだ一週間程度だ。すでに付き合っていると言ったら、木曽根が軽い女みたいじゃないか」
「思いませんよ。天谷さんと付き合っている間、課長がしつこく食事に誘っても断ってたじゃないですか」
「しつこく……は余計だな」
課長がポツリと呟く。
「とにかく! 木曽根さんの身持ちの固さはみんな知ってますし、酷い裏切られ方をした後に課長みたいなハイスペックな男に言い寄られたら、一週間も待たずにOKしたって誰も軽蔑しませんよ」
女性陣がうんうんと頷く。
「木曽根さん。課長にうんと貢がせてやったらいいわ」
「そんな――」
「――まずは天谷さんのより大きな石の指輪ですね」
「そうだな」
課長の言葉に、きゃあっと女性陣が色めきだつ。
「そんな、指輪なんて――」
ピッと社員証をスキャンする電子音がして、みんながはっとドアを見る。
カチャと開錠されると、瞬く間に全員がデスクに向かう。
ぽつんと並んで立つ私と課長は、入って来たきらりとばっちり目が合った。
「じゃあ、梓。よろしく」
きらりへは何の反応も示さず、課長が私の肩に手を置いて言った。
「はい」
胎教に悪そうな負の感情に表情を歪ませたきらりの視線を後頭部に受けながら、私はパソコンのスリープを解いた。
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