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14.罠の行方
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しおりを挟む俺は他部署を経験し、最後に広報部にやって来た。
三十五歳までにひと通り経験してから取締役に就任するのは、社長である父さんもそうしてきたこと。
妬まれたり媚びられたりには慣れていたが、それまでいた開発部では完全に孤立していた。
研究者たちにしてみれば、俺は小学生の工場見学も同然だったから。
広報に来た時の俺はだいぶ荒んでいた。
年下のくせに広報は自分の方が先輩だからといらぬ世話を焼く梓にイラついて、随分ツラく当たった自覚はある。が、梓は怒りも不貞腐れもせず、仕事に打ち込んだ。
俺狙いかもなんて自惚れたことを恥じた頃、CMに起用したモデルからしつこく言い寄られ、社内でも噂になってしまった。
『さすが、御曹司。モデルも選びたい放題だよな』
そんな、お決まりの妬みに、思わず部屋に入るのを躊躇った。
『そうそ。こーんな居酒屋での忘年会より、モデルとホテルディナーの方がいいに決まってるよな』
外せない打合せが入ったせいなのだが、既に酔いの回った奴らは俺が嫌がって来ないのだと思っているようだ。
『木曽根さんも大変だね? 御曹司様のお守りなんて』
なんとも気分が良さそうな笑い声。
場がシラケるとわかっていて乗り込むほど意地悪くない。
俺は取っ手に伸ばした手を引っ込めようとした。
『ホント、大変ですよ』
木曽根の声に、歯を食いしばる。
自業自得だ。
木曽根がめげないのをいいことに、かなり厳しい指導をしている。もしかしたら、いじめだと思われているかもしれない。
『自分にも部下にも厳しくて。さすが、次期社長はデキが違いますよね』
『あのね。生まれた時から後継者としての教育を受けたら、誰だってああなるんだよ。むしろ、そうじゃなきゃおかしいの』
『じゃあ、大槻さんもできます? 自分を妬んで悪態ばかりついてるような社員の人生を背負うなんて』
『はぁ?』
大槻は、俺が営業部にいた時の指導係だった。
横柄な態度が鼻につき、思わず奴の成績を抜いてしまった。
『生まれた時から、お前は将来何千人もの社員の人生を守っていくんだなんて言われて育てられるなんて、胃に穴が開くどころか胃が融けそう。しかも、守るべき社員は自分をディスってる。私なら、守りたくないですね』
騒めきすら止む。
『ってか、そんなに御曹司様が羨ましいなら、起業してみては? 大槻さんは社長になれるし、息子さんは御曹司ですよ?』
『木曽根! そのへんでやめとけ』
『やめません! うちの課長をバカにしたんですよ!? そりゃ、面倒くさい人ですけど! いきなり来て課長とかムカつきますけど! 私は尊敬してるんです』
あんな風に言われて、気にならないはずがない。
惚れないはずがない――。
懐かしい夢を見て、目が覚めた。
たった今、あの時の梓の言葉を聞いたかのように、全身が激しく脈打っている。
興奮を静めようと、深呼吸を繰り返した。
そこに、スマホが鳴る。
頭に響く。
俵からだと確認して、出た。
『梓ちゃんが退職届を書いた』
静まり過ぎた身体は、呼吸も忘れた。
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