続・最後の男

深冬 芽以

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3 誰もが持つ裏の顔

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 私は午前中の奥山商事での、荻野さんの挨拶の仕方や名刺の渡し方、お茶を出された時と飲む時の一言、私を待つ間にスマホを弄っていたこと、などを出来るだけ穏やかな口調で注意した。

 もちろん、彼女がメモなど取ることはなく。

 持ってくるように指示した私のお手製ファイルとメモ用のノートが目の前になるのに、どちらも開かれてもいなくて。

 彼女は私の言うことに、「はい」「わかりました」と頷くだけ。

 その様子は真剣だけれど、一時間と経たずに忘れていることに、私は一万円を懸けてもいい自信があった。

 なぜなら、私のお説教を聞いている時の子供たちと同じだから。

 真も亮も、とりあえずはうんうんと聞く。けれど、翌日には同じことをして叱られる。

 だから、私は聞く。

 説教のあと少しして、『さっきお母さんに何を言われたか、言ってごらん』と。

 五つの項目があったとしたら、真は三つか四つ、亮は二つか三つしか言えない。翌日には一つずつ忘れている。

 荻野さんにも聞きたかった。

 メモも取らずに、いくつ覚えているのか。

 けれど、彼女は子供ではなく、職歴で言えば私のずっと先輩。だから、私は私が言うべきことを言うだけに留めた。

 荻野さんは私の言葉を聞いて、頷いて、指導への感謝まで述べた。

 基本的には真面目な人なんだろう。

 ちょっと、いや、かなり抜けているだけで。

 念願の札幌本社、営業部勤務になって浮かれているだけかもしれない。

 いくら言っても、電話に出ない理由にはならないけれど。

 荻野さんの指導係になって二週間。

 その日はバレンタインデーで、女性社員たちは朝から大箱のチョコレートを男性社員に配っていた。

 私は用意しなかった。

 誰も私からのチョコレートなんて期待していないだろうし、用意する暇もなかった。

 午後三時少し前。

 三十分ほど荻野さんの姿が見えず、私は探しに席を立った。彼女には、取引先に持って行った菓子折りの領収書を経理に持って行くように頼んだだけだった。

「つーか、細かいんだよね、あのおばさん」

 経理部のある二階の自動販売機の前で、彼女を見つけた。缶コーヒーを片手に優雅に休憩中らしい。

「昨日も、お客に手土産持ってくって言うから、ネットで美味しいチーズケーキのお店を調べたのに、却下されたんだよ? で、羊羹だって。今時羊羹て、ねぇ?」

 荻野さんの言葉に、笑う女性数人の声。

 この二週間で、荻野さんが実はたいして真面目ではないことはわかったけれど、ここまでとは思いたくなかった。

「てか、風夏が食べたかったんでしょ? チーズケーキ」

「バレた!?」

 また、わっと笑い声。

「私、羊羹好きだけどなぁ。買って来てくれたら良かったのに」

「そうなの? じゃあ、今度持ってきてあげる。私なんて子供の頃から食べてたから、飽きちゃった」

「あ! そっか。風夏は函館だもんね」

「そ。昔っから仏壇に五勝〇屋の羊羹が上がってたからね」

「美味しいよねー」

「私はチーズケーキが食べたかったの!」

 頭も身体も重い。

 私は、荻野さんこの子の指導係を終えられる日が来るのだろうか。



 五勝〇屋の羊羹、好きなんだけどなぁ……。



 この先、五勝〇屋の羊羹を見る度に、荻野さんを思い出すような気がした。

「それより、チョコ! もう渡した!?」

「まだ。千堂課長も谷主任も、朝から忙しそうでなかなか一人になってくれないんだもん」

「本命チョコを二つ用意するとか、考えたよねー」

「保険は大事でしょ?」



『出会い』ってそういうこと……。



 なんだか、指導するのが馬鹿らしくなった。
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