続・最後の男

深冬 芽以

文字の大きさ
74 / 231
9 女の闘い

しおりを挟む
 怒り狂っていたのは自分なのに、なぜ叱られているのかと腑に落ちないのだろう。

 気持ちはわかる。

 焚きつけたのは、確かに私。

 こんな風に怒鳴られるのは、承知の上。

「冨田部長。私が益井課長に叱責されるようなことをしたのは事実です。意見の相違があったとはいえ、打ち合わせ内容の詳細を報告しなかったのは、間違いでした」

「そうね。それはそれで、問題だわ」

「申し訳ありませんでした」

 仕事をしながらも、チラチラと私たちの様子を窺っていた面々が、これで収束かと緊張を解いたのがわかった。

「意見をぶつけ合うのはいいことよ。けれど、納得のいかない状態でお客様により良いサービスは提供できないでしょう。まずは、チームの方向性を明確にすること。納得がいかないことを未消化にしない」

「はい」と、私は答えた。

 私だけ、が。

 益井課長が返事をしなかったことに、凪子さんの目つきが変わる。

「それから、益井課長。上司だからと言って、頭ごなしに従わせようというやり方は、部下の不満を助長させるだけよ。まして、奥山商事の担当は一課なんだから、あなたはヘルプに徹するべきでしょう?」

「冗談じゃありません! なぜ、課長である私が、経験の浅い部下の尻拭いをしなきゃいけないんですか!? それも、顧客の商品だと知らせもせずに飲ませていい気になっているような――」

「いい加減にしなさい!」

 益井課長につられて、凪子さんもヒートアップする。フロア全体の手が止まり、注目を浴びていた。

 当事者で、煽ったのは私だけれど、さすがにこれ以上はマズい。

 どうにかしなければとチラリと辺りを見ると、千堂課長が机に頬杖をついて見ていた。目が合うと、笑みを浮かべた。



 笑ってないで、どうにかしてください――!



 私は目で必死の訴えを送り、千堂課長は気づいていながらも笑っているばかりで動こうとしない。



 なんなの――!!



「部下の尻拭いをするのが上司の役目でしょう! 偉そうにふんぞり返っているだけなら、小学生でも出来るのよ!! そんなこともわからないなんて――」



 凪子さん、それ以上は――!!

 

「冨田部長」

 ようやく腰を上げた千堂課長は、受話器を置きながら立ち上がった。

「小会議室、空いているそうです」

 ほんの一瞬だけ、千堂課長と凪子さんが目配せし合い、意思疎通した。

「ありがとう、千堂課長」

 凪子さんがそう言うと、千堂課長がデスクを離れ、私の横に並んだ。

「堀藤さんの上司として同席させてもらっていいですか」

「そうね」と言い、凪子さんは冨田課長と向き合った。

「場所を変えて話しましょう」

「必要ありません」

 益井課長はキッと凪子さんを見上げ、ハッキリと言った。

「部長の仰りたいことはわかりました。確かに、私も慣れない環境で堀藤さんの言動に過剰反応したようです。申し訳ありませんでした」

 まるで申し訳ないと思っていない、目つきと口調。

「堀藤さんも私への言動を謝罪してくれましたし、二人で話し合います。いいわよね、堀藤さん?」

 和解の提案、というよりも、堂々たる宣戦布告。そして、勝利宣言。

 私にNOと言わせぬ挑発的な態度に、私の闘争心が掻き立てられる。

「はい」

 私は答えた。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

ヘンタイ好きシリーズ・女子高校生ミコ

hosimure
恋愛
わたしには友達にも親にも言えない秘密があります…。 それは彼氏のこと。 3年前から付き合っている彼氏は実は、ヘンタイなんです!

なし崩しの夜

春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。 さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。 彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。 信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。 つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。

癒やしの小児科医と秘密の契約

あさの紅茶
恋愛
大好きな佐々木先生がお見合いをするって言うから、ショックすぎて……。 酔った勢いで思わず告白してしまった。 「絶対先生を振り向かせてみせます!」 そう宣言したものの、どうしたらいいかわからずひたすら「好き」と告白する毎日。 「仕事中だよ」 告白するたび、とても冷静に叱られています。 川島心和(25) 小児科の看護師 × 佐々木俊介(30) 小児科医

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

Home, Sweet Home

茜色
恋愛
OL生活7年目の庄野鞠子(しょうのまりこ)は、5つ年上の上司、藤堂達矢(とうどうたつや)に密かにあこがれている。あるアクシデントのせいで自宅マンションに戻れなくなった藤堂のために、鞠子は自分が暮らす一軒家に藤堂を泊まらせ、そのまま期間限定で同居することを提案する。 亡き祖母から受け継いだ古い家での共同生活は、かつて封印したはずの恋心を密かに蘇らせることになり・・・。 ☆ 全19話です。オフィスラブと謳っていますが、オフィスのシーンは少なめです 。「ムーンライトノベルズ」様に投稿済のものを一部改稿しております。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

処理中です...