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9 女の闘い
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しおりを挟む帰りの車内で怒りを熟成させていた益井課長の金切り声は、窓をも揺らす超音波のようだった。
「私を馬鹿にしてるのっ!!?」
以前の智也の声も、営業部全体に響く大音量だったけれど、比じゃない。
似た者同士で気が合ってたのかな。
怒鳴りつけられていながら、そんなことを考える余裕がある自分が、少し意外だった。
私の神経、どこまで図太いんだか……。
「上司の指示を無視するどころか、騙すような真似をしてっ! 仕事をなんだと思ってるの!!」
仕方なしに、私は頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
ヤバッ、と思った。
子供たちがこんな謝り方をしたら、『なんなのその言い方! 謝ればいいってもんじゃない!!』と怒鳴りつけるだろう。そんな、抑揚のない、それどころか、嫌々感たっぷりの言い方をしてしまった。
「なんなのその言い方! 謝ればいいってもんじゃないのよ!!」
ですよね……。
私は腰を折ったまま、動かなかった。
この姿勢、腰痛もちにはツライ。
「偽の見積書まで用意して私をダシ抜くなんて! あなた一人で仕事をしてるんじゃないのよ!!」
こんなんなら、一人の方がどんなに気が楽か……。
そうは思っても、私は営業二年目のペーペーで、何の責任も取れない。
「申し訳ありませんでした!」
私は更に腰を深く折った。
「パート上がりで担当持ったからって、調子に乗ってんじゃないの!? 利益にならない契約にしがみついても、会社には何のメリットもないのよ! そんなこともわからない程度なんだから、黙って私の指示に従っていればいいの!!」
フロアが静まり返る。
誰かの唾を飲む音も響きそうだ。
私はアイボリーの床と、自分の黒いパンプスを見つめていた。外反母趾の私の足に履き潰されて、正社員になれた時に奮発して買った一万八千九百円の革は無残に伸びきって、深い皺を刻んでいる。新しい靴が欲しいけれど、外反母趾な上にサイズが二十五・五もある私の足を無理なく包み込んでくれる靴は、探すのが一苦労。
そんなことを考えていると、腰に激痛が走った。頭を下げているのも、そろそろ限界のようだ。
もういっちょ怒鳴られる覚悟で頭を上げようとした時、救いの女神が現れた。
「何の騒ぎ!?」
神様、仏様、凪子様。
タイミングよく電話が鳴ったと同時に、呆然と私たちを見ていた人たちが動き出した。
「益井課長、説明して」
「堀藤さんがっ――! 私の指示を無視して勝手をしたんです。偽の見積書まで作って、騙すような真似を――」
「落ち着いて。言葉に気を付けて」
「落ち着けません! 顧客の前で私に恥をかかせようとしたんですよ!? ちょっと契約が取れたくらいで調子に乗って――」
「益井課長!」
キャンキャン吠えていた課長が、凪子さんのひと吠えにビクッと全身を硬直させた。
「言葉に気をつけなさい!」
「――はい」
とっても不満そうに、課長は呟いた。
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