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9 女の闘い
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「昨日の打ち合わせの時に、三人でいただきました」
私が言うと、課長がハッとして口を開いた。
「とても柔らかい香りが印象的でした。飲みやすいので、普段はあまりコーヒーを飲まない方にも親しんでいただけるかと」
「私もそう思います」と、荻野さんが取ってつけたように言う。
嘘は言っていない。
私は確かに、昨日の打ち合わせの時にコーヒーを淹れた。課長は一口飲んで、『本社のコーヒーは美味しいのね』と言っただけだが。
カフェの仕事をしながらコーヒーを飲んでも、その店のコーヒーを飲んでみようという発想にならないのは、私には理解できなかった。だから、黙っていた。
今、飲んでいるコーヒーの正体を。
荻野さんに至っては、サンプルのスティックコーヒーを貰った時に同席していたのにも関わらず、興味を示さなかった。
とはいえ、私も大概嫌な女だ。
益井課長を出し抜いてやったぞ、という優越感が確かにある。
彼女が智也の元カノじゃなくても同じことをして、同じことを思ったかはわからない。
が、私の上司であることは、曲げようのない事実で。
「タンブラーの飲み口については、三人で考えました。男性と女性では着目点が違いますから、少しでも参考にしていただければと思いまして」
「そうですか」と、部長が呟いた。
一瞬、私に向かってフッと笑ったように見えたけれど、きっと気のせいだろう。
「堀藤さんには奥山商事との契約に大変骨を折っていただき、感謝しています。契約を認めてくださった千堂課長や、担当を引き受けてくださった益井課長にも、です。思うことは多々おありでしょうが、今後ともよろしくお願いします」
企画部長が穏やかに微笑み、頭を下げた。主任も続く。
見透かされたような気がした。
驚きはしない。
FSPの内情なんて、立場を変えて少し考えればわかること。
少なからず、資料を見た益井課長の表情は驚きや苛立ちを隠せていなかったし、私も必死過ぎて不自然だったかもしれない。
それでも、益井課長の顔を立てて頭を下げてくれた部長には、感謝してもしきれない。
隣で主任にハートの光線を送っている荻野さんには、怒りを通り越して感心してしまうが。
前回の打ち合わせの後、荻野さんが主任を食事に誘っているのを聞いた。主任は丁重に断り、あまりに丁重過ぎたため、荻野さんは迷惑がられていることに気付かなかった。
早く素敵な恋人を作って、仕事相手に色目を遣うのをやめてほしい……。
「いえ。微力ながら、全力で協力させていただきます」
そう言い切った益井課長は、さすがヤリ手の営業なだけあって、自信に満ちていた。
方向は別として、その自信が少しでも私にあれば、と思わずにはいられなかった。
私が言うと、課長がハッとして口を開いた。
「とても柔らかい香りが印象的でした。飲みやすいので、普段はあまりコーヒーを飲まない方にも親しんでいただけるかと」
「私もそう思います」と、荻野さんが取ってつけたように言う。
嘘は言っていない。
私は確かに、昨日の打ち合わせの時にコーヒーを淹れた。課長は一口飲んで、『本社のコーヒーは美味しいのね』と言っただけだが。
カフェの仕事をしながらコーヒーを飲んでも、その店のコーヒーを飲んでみようという発想にならないのは、私には理解できなかった。だから、黙っていた。
今、飲んでいるコーヒーの正体を。
荻野さんに至っては、サンプルのスティックコーヒーを貰った時に同席していたのにも関わらず、興味を示さなかった。
とはいえ、私も大概嫌な女だ。
益井課長を出し抜いてやったぞ、という優越感が確かにある。
彼女が智也の元カノじゃなくても同じことをして、同じことを思ったかはわからない。
が、私の上司であることは、曲げようのない事実で。
「タンブラーの飲み口については、三人で考えました。男性と女性では着目点が違いますから、少しでも参考にしていただければと思いまして」
「そうですか」と、部長が呟いた。
一瞬、私に向かってフッと笑ったように見えたけれど、きっと気のせいだろう。
「堀藤さんには奥山商事との契約に大変骨を折っていただき、感謝しています。契約を認めてくださった千堂課長や、担当を引き受けてくださった益井課長にも、です。思うことは多々おありでしょうが、今後ともよろしくお願いします」
企画部長が穏やかに微笑み、頭を下げた。主任も続く。
見透かされたような気がした。
驚きはしない。
FSPの内情なんて、立場を変えて少し考えればわかること。
少なからず、資料を見た益井課長の表情は驚きや苛立ちを隠せていなかったし、私も必死過ぎて不自然だったかもしれない。
それでも、益井課長の顔を立てて頭を下げてくれた部長には、感謝してもしきれない。
隣で主任にハートの光線を送っている荻野さんには、怒りを通り越して感心してしまうが。
前回の打ち合わせの後、荻野さんが主任を食事に誘っているのを聞いた。主任は丁重に断り、あまりに丁重過ぎたため、荻野さんは迷惑がられていることに気付かなかった。
早く素敵な恋人を作って、仕事相手に色目を遣うのをやめてほしい……。
「いえ。微力ながら、全力で協力させていただきます」
そう言い切った益井課長は、さすがヤリ手の営業なだけあって、自信に満ちていた。
方向は別として、その自信が少しでも私にあれば、と思わずにはいられなかった。
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