続・最後の男

深冬 芽以

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10 全力で謝罪

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「私にだって――」

「――ごめんっ!」

 俺は自分でも納得の九十度に腰を折り、頭を下げた。

「ごめん」

「――なにが?」

 後頭部に突き刺さる重低音に怯むまいと、俺はキッとフローリングを睨みつけた。

「益井とは階も違う部屋だったし、彩が聞かされたように同じ部屋でシャワーを浴びたりもしていない。だけど、スマホを取り違えるなんてミスをしたのも、部屋に入るまで気づかなかったのも、俺が悪かった!」

 彩と付き合ってから、俺は人生初のことだらけ。

 これも、その一つ。

 女に頭を下げるなんて、初めてだ。

 嫌われたくない、振られたくない、と必死になることなんて、なかった。

 彩の言ったことは、八割は図星。

 俺はそう思っていなくても、彩は『付き合ってもらっている』という負い目を持っていて、だからか、着信拒否どころか、声を荒げて怒ることなんてなかった。遠距離だから、というのもあったろうが、そもそもの懐の広さは俺の想像以上。

 その、懐の広さに、俺は甘え切っていた。

 だから、軽蔑にも似た凍てつくような視線を向けられ、本気で焦った。

 理屈じゃない。

 彩の底意地の強さは理解している。

 元夫のように捨てられることが、何より怖かった。

「益井課長に会ってみて、どうだった?」

 いつもの彩の声に、俺は思わず頭を上げた。変わらず無表情だが、さっきまでの突き刺すような視線は和らいでいた。

「どう……って――」

「『智也』って呼ばれて、何を感じた?」

「……別に、何も」

 その返事の何が気に入らなかったのか、彩の表情が再び強張る。

 マズったことはわかったけれど、何がマズかったのかはわからない。

「あの人の言った通り、か」

 そう呟いて、彩がスタスタと俺の横を通り過ぎようとした。ドアノブに手を伸ばす。

 俺は、彼女のドアノブごと彼女の手を握った。

「どこに行くんだよ」

「帰るの」

 彩は正面を見て、言った。

「なんで?」

「帰りたいから」

「彩!」

 俺を見てもらえないことに、再び焦る。

「ごめんて――」

「『智也』って呼ばせたの?」

「は?」

「もう、恋人でもないのに?」



 呼び方……か?



 驚いた。

 彩が、そんなことにこだわると思っていなかったから。

 同時に、嬉しくなった。

 俺が、千堂が『彩さん』と呼ぶのを嫌がっていた時、彩は呆れた顔でいた。俺は、自分が子供染みていると思われているようで、ムッとした。

 今は、それが逆。

「なに、笑ってんの」

 彩が横目で俺を見た。

 無意識に顔がほころんでいたらしく、俺はギュッと唇を締め、頬に力を入れた。

「もう、呼ばせないから」

 妬いてもらえたことが嬉しくて、堪らない。



 俺はマゾか?



 宇喜原さんの時は、泣かれた。不安で、というよりも、自分と彼女を比べて落ち込んで。けれど、益井のことは怒っている。それは、単純な嫉妬や独占欲。

 彩はいつも、いろいろと考え過ぎるから、こうして感情のままに怒るのは新鮮で、嬉しくて、ゾクゾクした。

 愛されている、と感じる。



 怒られて安心するとか、俺、ヤバいんじゃ――。

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