続・最後の男

深冬 芽以

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17 一難去ってまた一難

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 釧路に戻りたくない、という智也の願いも虚しく、就業時間中の不謹慎なひと時は、黒電話の着信音によって終了を迎えた。

 智也はため息をつきながらジャケットの胸ポケットからスマホを取り出した。

 密着していた私は彼の腕から解放され、二メートルほど距離を取って着衣の乱れを整えた。スカートとジャケットの裾を伸ばし、シャツの襟を正す。

 智也の電話の相手は釧路支社の部下らしく、テキパキと指示を与えていた。

 私は腕時計で時間を確認した。

 この部屋に来て三時間は経ったかと思えるほどの疲労感だったが、まだ一時間も過ぎていなかった。

 今頃、凪子さんは益井課長と社長に事情を説明し、千堂課長は奥山商事に謝罪の機会を貰うべく奮闘していることだろう。



 私も戻らなきゃ……。



 手の甲で頬を拭うと、涙でベトベトしていた。



 酷い顔してるな……。



 仕事に戻る前に化粧を直さなければ。

「もっとゆっくりしていたかったけど――」

 スマホをポケットに戻しながら、智也が言った。

「戻るわ」

「……うん」

 本当に残念そうに項垂れる智也のネクタイを整える。

「気を付けてね」

「ああ」

 倒した椅子を起こして、元の場所に戻す。

「彩」

「ん?」

「益井がお前にちょっかいかけることはもうないだろうけど、もしも何かあったら、ちゃんと言えよ」

「……うん」と、私は頷いた。

 大した意味はないけれど、返事までに妙な間が出来てしまった。そして、智也はそれを見逃さなかった。

「彩」

「わかってる」と、慌てて言う。

「――母さんのことも」

「え?」

「お前に余計なことを言わないように言っておくけど、また何か言ってきても、無視してくれ」

「……うん」

 もう一度、頷く。

 立ち上がった智也の両手が私を包み込む。

「もう、あの人のせいで悩むのはやめてくれ。お前が一人で悩んで泣くくらいなら、俺に当たり散らされた方がよっぽどマシだ」

「次からはそうする」

「そうしてくれ」

 やっぱり、智也の腕の中は安心する。

 一人じゃないって、思える。

「それから、見合いのことだけど――」

 顔を上げようとしたが、より一層強く抱き締められた。

「きっぱり断ったから。相手と相手の親と、俺の両親の前で、結婚したい女がいる、って言ってきたから」

 智也が私との結婚を望んでくれていることは、わかっていた。けれど、こうしてハッキリと言葉にされたのは初めてじゃないだろうか。

 お互いに、何となく、避けていた話題。

 結婚するにしても、智也が釧路にいる間はないだろうし、智也と子供たちの距離がもう少し縮まってからのことだろうと思っていた。

 そして、離れている間に智也の気持ちが変わってしまっても、仕方がないとも思っていた。

「頼むから、俺の気持ちを疑うな」

「……うん」

 既に化粧は剥げていて、今更気にしても意味がないと思ったら、素直に泣けた。

 智也のワイシャツにファンデーションのシミを作るのは申し訳ないけれど、駅か空港の中のコンビニで、替えを買ってもらおう。

 私は両手を彼の背中に回し、ジャケットに皺を刻むほど強く握りしめた。

「ありがとう……、智也」

 色んな意味を込めて、私はそう呟いた。
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