続・最後の男

深冬 芽以

文字の大きさ
151 / 231
17 一難去ってまた一難

しおりを挟む

『違うだろ。同情して益井を許しそうだと思われたんだろ』

「え、そんな優しい人だと思われてるの?」

『思われてるんじゃね? 誰も、お前を怒らせたらめちゃくちゃ怖いの知らないから』

 バツが悪そうに食器棚から包丁を取り出す智也を思い出すと、堪えきれず吹き出してしまった。

『何か思い出したろ』

「だって――」

『忘れろ』

「無理」

『お前っ――! 本気でビビッてたんだからな、あん時』

「だからって……」

 突然、ジャーッと水音が聞こえた。シンクにぶつかるより曇った音。

「何してるの?」

『ん? あ、ケトル。飯食う暇なくてさ』

 プラスチックの蓋を締める音、ケトルを台に載せ、スイッチを入れる音。それから、おそらくカップ麺のフィルムを外す音。

 智也が一人でカップ麺をすする姿を思い浮かべたら、泣きそうになった。



 どうしてこんなに遠いんだろ……。



『彩?』

「……ん」

 私はスマホだけ布団から出して、智也に聞かれないように鼻をすすった。

「私、めちゃくちゃ怒ってるように見えた?」

『ああ』

「そっか」

 あの場にいた三人からは、私が最後まで冷静だったことに感心された。が、そんな褒められたものじゃない。



 三人が来る前に言いだけ喚き散らしてすっきりしてた、とは言えないよねぇ……。



『頑張ってた奥山の仕事を失くしそうなんだ、怒って当然だろ』

「うん……」

 私は、個人的に渡部部長に謝罪に行こうかと考えていた。けれど、社としては凪子さんたちが同行の上で、益井課長が謝罪した。その上、一担当者である私が謝罪することに、さほどの意味はない。



 契約解除になったら、ヘッドハンティングの話もなかったことになる?



 まだ、返事は決めていない。

 智也にも、話していない。

 何となく、これは私自身の問題だから、相談するのは気が引ける。



 こういうのが良くないんだろうなぁ……。



『真の怪我って、完治するまでにどのくらいかかるんだ?』

 コポコポ、とお湯を注ぐ音。

「あと二週間、かな」

 ギプスが取れた後も一週間ほどは走ったり跳んだりしてはいけないと言われている。

『そうか』

「智也。あの、真のことだけど――」

『――しばらくは、釧路こっちに来ない方がいいな?』

「……」

 私が言おうと思っていたことを、智也が言った。

『怪我が治ったからって、待ってましたって外泊されたら、真もムカつくだろ』

「…………」

 智也の言うことは正しくて、私も三十秒前まではそう思っていて、って言うか、帰宅したとメッセージを貰うなり電話をしたのは、その話をするのが目的だったりする。なのに、智也に言われると、寂しくなる。

 今日だって、本当はもっと一緒にいたかった。

 昨日が気まずかったから、尚更。

 最近、思うことが多すぎて、何も考えずに智也との時間を楽しめたのがいつだったか、わからない。

 とはいえ、今智也と二人きりの時間が持てたとしても、きっと真のことが気になって楽しめはしない。

 真の怪我の直後に思ったように、しばらくは母親業に専念するべきだろう。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

【ルーズに愛して】指輪を外したら、さようなら

深冬 芽以
恋愛
 インテリアデザイナーの相川千尋《あいかわちひろ》は、よく似た名前の同僚で妻と別居中の有川比呂《ありかわひろ》と不倫関係にある。  ルールは一つ。  二人の関係は、比呂の離婚が成立するまで。  その意味を深く考えずに関係を始めた比呂だったが、今となっては本気で千尋を愛し始めていた。  だが、比呂の気持ちを知っても、頑なにルールを曲げようとしない千尋。  千尋と別れたくない比呂は、もう一つのルールを提案する。  比呂が離婚しない限り、絶対に別れない__。 【ルーズに愛して】シリーズ ~登場人物~  相川千尋《あいかわちひろ》……O大学ルーズサークルOG                 トラスト不動産ホームデザイン部インテリアデザイン課主任                   有川比呂《ありかわひろ》……トラスト不動産ホームデザイン部設計課主任                千尋の同僚                結婚四年、別居一年半の妻がいる  谷龍也《たにたつや》……O大学ルーズサークルOB              |Free Style Production《フリー スタイル プロダクション》営業二課主任  桑畠《くわはた》あきら……O大学ルーズサークルOG               市役所勤務、児童カウンセラー  小笠原陸《おがさわらりく》……O大学ルーズサークルOB                 |Empire HOTEL《エンパイアホテル》支配人    小笠原春奈《おがさわらはるな》……陸の妻                   |Empire HOTEL《エンパイアホテル》のパティシエ  新田大和《にったやまと》……O大学ルーズサークルOB                新田設計事務所副社長                五年前にさなえと結婚  新田《にった》さなえ……O大学ルーズサークルOG  新田大斗《にっただいと》……大和とさなえの息子  亀谷麻衣《かめやまい》……O大学ルーズサークルOG               楠行政書士事務所勤務               婚活中  鶴本駿介《つるもとしゅんすけ》……楠行政書士事務所勤務

年下研修医の極甘蜜愛

虹色すかい
恋愛
医局秘書として市内の病院に勤務する廣崎彩27歳。普段はスマートに仕事をこなすクールな彼女だが、定期的にやって来る「眠れない夜」に苦しんでいる。 そんな彩に、5年越しの思いを寄せる3歳年下の藤崎仁寿。人当たりがよくて優しくて。仔犬のように人懐っこい笑顔がかわいい彼は、柔和な見た目とは裏腹に超ポジティブで鋼のような心を持つ臨床研修医だ。 病気や過去の経験から恋愛に積極的になれないワケありOLとユーモラスで心優しい研修医の、あたたかくてちょっと笑えるラブストーリー。 仁寿の包み込むような優しさが、傷ついた彩の心を癒していく――。 シリアスがシリアスにならないのは、多分、朗らかで元気な藤崎先生のおかげ♡ ***************************** ※他サイトでも同タイトルで公開しています。

やさしいキスの見つけ方

神室さち
恋愛
 諸々の事情から、天涯孤独の高校一年生、完璧な優等生である渡辺夏清(わたなべかすみ)は日々の糧を得るために年齢を偽って某所風俗店でバイトをしながら暮らしていた。  そこへ、現れたのは、天敵に近い存在の数学教師にしてクラス担任、井名里礼良(いなりあきら)。  辞めろ辞めないの押し問答の末に、井名里が持ち出した賭けとは?果たして夏清は平穏な日常を取り戻すことができるのか!?  何て言ってても、どこかにある幸せの結末を求めて突っ走ります。  こちらは2001年初出の自サイトに掲載していた小説です。完結済み。サイト閉鎖に伴い移行。若干の加筆修正は入りますがほぼそのままにしようと思っています。20年近く前に書いた作品なのでいろいろ文明の利器が古かったり常識が若干、今と異なったりしています。 20年くらい前の女子高生はこんな感じだったのかー くらいの視点で見ていただければ幸いです。今はこんなの通用しない! と思われる点も多々あるとは思いますが、大筋の変更はしない予定です。 フィクションなので。 多少不愉快な表現等ありますが、ネタバレになる事前の注意は行いません。この表現ついていけない…と思ったらそっとタグを閉じていただけると幸いです。 当時、だいぶ未来の話として書いていた部分がすでに現代なんで…そのあたりはもしかしたら現代に即した感じになるかもしれない。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

ヘンタイ好きシリーズ・女子高校生ミコ

hosimure
恋愛
わたしには友達にも親にも言えない秘密があります…。 それは彼氏のこと。 3年前から付き合っている彼氏は実は、ヘンタイなんです!

ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました

瀬崎由美
恋愛
穂香は、付き合って一年半の彼氏である栄悟と同棲中。でも、一緒に住んでいたマンションへと帰宅すると、家の中はほぼもぬけの殻。家具や家電と共に姿を消した栄悟とは連絡が取れない。彼が持っているはずの合鍵の行方も分からないから怖いと、ビジネスホテルやネットカフェを転々とする日々。そんな穂香の事情を知ったオーナーが自宅マンションの空いている部屋に居候することを提案してくる。一緒に住むうち、怖くて仕事に厳しい完璧イケメンで近寄りがたいと思っていたオーナーがド天然なのことを知った穂香。居候しながら彼のフォローをしていくうちに、その意外性に惹かれていく。

処理中です...