続・最後の男

深冬 芽以

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19 すれ違う未来

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 この一週間、凪子さんの家は常に酸っぱい香りが漂っている。

 凪子さんはとても落ち着くらしいのだが、酸っぱい物好きな私でもむせるほどだ。

 私は千堂課長に、柑橘系の香りの柔軟剤でワイシャツを洗っておくように言った。

 妊娠中は男性の香りが嫌になったりするものだから、それが少しは和らげばと思った。

「そう言えば、妊娠中に健康診断て受けるべき? 私、再来週の予定なんだけど」

「どうだろう? 妊娠に関わる検査は産婦人科でやるから、必要はないんじゃないかな。さすがに、産婦人科で視力や聴力は検査しないけど。レントゲン検査は受けられないし……」

「そっか。じゃ、やっぱり会社には言わなきゃダメか」

「うん。考えたくないけど、会社で何かあった時に事情を知っているのが私と千堂課長だけじゃ、適切な対処が出来るかわからないでしょ? それに、今は体調も落ち着いたけど、またいつ具合が悪くなるかわからないんだし」

 凪子さんは肩を落とすが、グレープフルーツを食べる手は止まらない。二玉ペロッと平らげた。

「彩は健康診断終わったの?」

「今週の予定だったんだけど、婦人科のオプションを追加したから、再来週に変更になっちゃって」

「そっか。私もオプションのほとんどを追加してたんだよね。四十過ぎるとさ、念の為、癖になっちゃって……」と、凪子さんがため息をつく。

「わかる。お金かかるから、と思ってたんだけど、最近頭痛やら腰痛やら生理痛やら酷いから、追加することにしたよ。更年期の始まりだったら、ヤだなぁ」と、私もため息をつく。

「彩は、溝口と結婚して、溝口の子供が欲しいとか思わないの?」

「……よくわからない」

「わからないって?」

「正直言って、もう失敗したくない、って気持ちが強くて……。もう一人増えて、また出戻ることになったら、なんて笑えないでしょ」

 智也には絶対に言えない本音を漏らした。

 言えば、『俺の気持ちが信じられないのか』って怒るに決まっている。

 智也のことは好きだし、好かれているのはわかっている。

 けれど、結婚生活が、好きだという気持ちだけでは成り立たないことを、私はよく知っている。

「気持ちがわかる、とは言わないけど、勇気が必要なことは、わかる」

 凪子さんが、ふぅ、と息を吐き、ソファの背にもたれた。

 疲れたのか、グレープフルーツを食べ過ぎて気持ちが悪いのか。

 私が横になるように言ってソファから降りると、凪子さんはソファに足を上げて横になった。

 広げた膝掛けで凪子さんの身体を覆う。

「私も彩みたいになれるかな」

「え?」

「優しくてあったかいお母さんに」

「……買い被り過ぎだよ」

 凪子さんが、ふふっ、と微笑む。

 少し、顔色が悪い。

 明日からの出勤はキツイんじゃないだろうか。
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