207 / 231
23 決別、そして、拉致
4
しおりを挟む
押し殺してきた悲しさや寂しさ、不安や怒りが胸を締め付ける。色んな感情が渦巻いて、何から伝えたらいいかわからない。
愛し合っていると感じさせて、別れの言葉を言い逃げされて、音信不通になって、追いかけて来てみれば入院して手術をしていて、どこまで勝手な女だ。
悦び、悲しみ、苛立ち、不安、心配。
だが、こうして彩を腕に抱いてみて思うのは、無事でよかった、という安堵。
ぎゅうっ、と抱き締め、それから、身体を放した。屈んで、彼女のスニーカーの踵に手をかける。
彩は靴箱に手をついて身体を支え、踵を抜いた。
「ありがとう」
「ん」
俺は彩の荷物を持ち、寝室のドアを開けた。彩も後に続く。
今朝まではベッドとサイドチェストしかなかった寝室だが、今はベッドの下にもう一組の布団が敷かれている。
「智也?」
「さすがに、一緒のベッドじゃ休まらないだろ? けど、別の部屋は寂しいからさ」
「だけど――」
「ほら。パジャマに着替えて休め。それとも、昼飯食ってからの方がいいか?」
彩は何か言おうと口を開き、何も言わずに閉じた。俯かれる前に、その唇に口づけた。触れるだけの、キス。
彩の唇は渇いていた。
けれど、彼女の瞳は潤んでいく。
彩の後頭部に手を添えて、俺の胸に押し付けるように抱き寄せた。
「泣くな。傷が痛むぞ」
「どうして――」
「さっきから、なんで、とか、どうして、とかばっかりだな」
「だって――」
「もう少し傷が痛まなくなったら、ゆっくり話そう」
彩の手の温もりを背中に感じて、合意のサインだと受け取った。
実際のところは、抵抗する体力も気力もないのだろう。
「シャワー、浴びたい」
「大丈夫なのか? 傷は?」
「大丈夫。病院でもシャワーは浴びたんだけど、いつもと勝手が違って落ち着かなくて……」
「そうか。じゃあ、ゆっくり浴びて来い。あ、風呂にした方がいいか?」
彩が首を振る。
「まだ、お風呂はダメだから」
「そっか」
俺は病院から持ってきたバッグの他に、お母さんから預かってきたバッグがあることを伝え、クローゼットから取り出した。
彩はどうしてそんなものがあるのか聞きたそうだったが、聞かなかった。
お母さんからの荷物の中からパジャマを取り出し、病院から持ってきたバッグも持って洗面所に行くと、彩は洗濯機の電源ボタンを押した。
「俺がやるから、置いとけ。今着てるのも洗うから」
「自分で――」
「いいから」
そう言ったのに、風呂場のドアが閉まった後で覗いてみると、洗濯機は回り始めていた。
仕方なく、俺は台所で昼飯の準備をした。と言っても、温めて盛り付けるだけ。
実は、朝早く、姉さんが来てくれた。
両親と決別した翌日。
俺は姉さんに彩が入院していることを話した。で、退院したらマンションで面倒を見るつもりだと言ったら、冷蔵庫いっぱいの食材を買って来てくれた。
俺が彩を迎えに行っている間に、部屋の掃除と昼飯の準備をしておくからと言ってくれた。
勇気を友達に預けてまで来てくれた姉さんの気持ちに、甘えることにした。
というわけで、俺はポトフの鍋を火にかけ、サンドイッチの皿からラップを取るだけで良かった。
愛し合っていると感じさせて、別れの言葉を言い逃げされて、音信不通になって、追いかけて来てみれば入院して手術をしていて、どこまで勝手な女だ。
悦び、悲しみ、苛立ち、不安、心配。
だが、こうして彩を腕に抱いてみて思うのは、無事でよかった、という安堵。
ぎゅうっ、と抱き締め、それから、身体を放した。屈んで、彼女のスニーカーの踵に手をかける。
彩は靴箱に手をついて身体を支え、踵を抜いた。
「ありがとう」
「ん」
俺は彩の荷物を持ち、寝室のドアを開けた。彩も後に続く。
今朝まではベッドとサイドチェストしかなかった寝室だが、今はベッドの下にもう一組の布団が敷かれている。
「智也?」
「さすがに、一緒のベッドじゃ休まらないだろ? けど、別の部屋は寂しいからさ」
「だけど――」
「ほら。パジャマに着替えて休め。それとも、昼飯食ってからの方がいいか?」
彩は何か言おうと口を開き、何も言わずに閉じた。俯かれる前に、その唇に口づけた。触れるだけの、キス。
彩の唇は渇いていた。
けれど、彼女の瞳は潤んでいく。
彩の後頭部に手を添えて、俺の胸に押し付けるように抱き寄せた。
「泣くな。傷が痛むぞ」
「どうして――」
「さっきから、なんで、とか、どうして、とかばっかりだな」
「だって――」
「もう少し傷が痛まなくなったら、ゆっくり話そう」
彩の手の温もりを背中に感じて、合意のサインだと受け取った。
実際のところは、抵抗する体力も気力もないのだろう。
「シャワー、浴びたい」
「大丈夫なのか? 傷は?」
「大丈夫。病院でもシャワーは浴びたんだけど、いつもと勝手が違って落ち着かなくて……」
「そうか。じゃあ、ゆっくり浴びて来い。あ、風呂にした方がいいか?」
彩が首を振る。
「まだ、お風呂はダメだから」
「そっか」
俺は病院から持ってきたバッグの他に、お母さんから預かってきたバッグがあることを伝え、クローゼットから取り出した。
彩はどうしてそんなものがあるのか聞きたそうだったが、聞かなかった。
お母さんからの荷物の中からパジャマを取り出し、病院から持ってきたバッグも持って洗面所に行くと、彩は洗濯機の電源ボタンを押した。
「俺がやるから、置いとけ。今着てるのも洗うから」
「自分で――」
「いいから」
そう言ったのに、風呂場のドアが閉まった後で覗いてみると、洗濯機は回り始めていた。
仕方なく、俺は台所で昼飯の準備をした。と言っても、温めて盛り付けるだけ。
実は、朝早く、姉さんが来てくれた。
両親と決別した翌日。
俺は姉さんに彩が入院していることを話した。で、退院したらマンションで面倒を見るつもりだと言ったら、冷蔵庫いっぱいの食材を買って来てくれた。
俺が彩を迎えに行っている間に、部屋の掃除と昼飯の準備をしておくからと言ってくれた。
勇気を友達に預けてまで来てくれた姉さんの気持ちに、甘えることにした。
というわけで、俺はポトフの鍋を火にかけ、サンドイッチの皿からラップを取るだけで良かった。
1
あなたにおすすめの小説
【ルーズに愛して】指輪を外したら、さようなら
深冬 芽以
恋愛
インテリアデザイナーの相川千尋《あいかわちひろ》は、よく似た名前の同僚で妻と別居中の有川比呂《ありかわひろ》と不倫関係にある。
ルールは一つ。
二人の関係は、比呂の離婚が成立するまで。
その意味を深く考えずに関係を始めた比呂だったが、今となっては本気で千尋を愛し始めていた。
だが、比呂の気持ちを知っても、頑なにルールを曲げようとしない千尋。
千尋と別れたくない比呂は、もう一つのルールを提案する。
比呂が離婚しない限り、絶対に別れない__。
【ルーズに愛して】シリーズ
~登場人物~
相川千尋《あいかわちひろ》……O大学ルーズサークルOG
トラスト不動産ホームデザイン部インテリアデザイン課主任
有川比呂《ありかわひろ》……トラスト不動産ホームデザイン部設計課主任
千尋の同僚
結婚四年、別居一年半の妻がいる
谷龍也《たにたつや》……O大学ルーズサークルOB
|Free Style Production《フリー スタイル プロダクション》営業二課主任
桑畠《くわはた》あきら……O大学ルーズサークルOG
市役所勤務、児童カウンセラー
小笠原陸《おがさわらりく》……O大学ルーズサークルOB
|Empire HOTEL《エンパイアホテル》支配人
小笠原春奈《おがさわらはるな》……陸の妻
|Empire HOTEL《エンパイアホテル》のパティシエ
新田大和《にったやまと》……O大学ルーズサークルOB
新田設計事務所副社長
五年前にさなえと結婚
新田《にった》さなえ……O大学ルーズサークルOG
新田大斗《にっただいと》……大和とさなえの息子
亀谷麻衣《かめやまい》……O大学ルーズサークルOG
楠行政書士事務所勤務
婚活中
鶴本駿介《つるもとしゅんすけ》……楠行政書士事務所勤務
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
楽園 ~きみのいる場所~
深冬 芽以
恋愛
事故で手足が不自由になった悠久《はるか》は、離婚して行き場を失くしていた義姉の楽《らく》を世話係として雇う。
派手で我儘な女王様タイプの妻・萌花《もか》とは正反対の地味で真面目で家庭的な楽は、悠久に高校時代の淡い恋を思い出させた。
「あなたの指、綺麗……」
忘れられずにいた昔の恋人と同じ言葉に、悠久は諦めていたリハビリに挑戦する。
一つ屋根の下で暮らすうちに惹かれ合う悠久と楽。
けれど、悠久には妻がいて、楽は義姉。
「二人で、遠くに行こうか……。きみが一緒なら、地獄でさえも楽園だから――」
二人の行く先に待っているのは、地獄か楽園か……。
年下研修医の極甘蜜愛
虹色すかい
恋愛
医局秘書として市内の病院に勤務する廣崎彩27歳。普段はスマートに仕事をこなすクールな彼女だが、定期的にやって来る「眠れない夜」に苦しんでいる。
そんな彩に、5年越しの思いを寄せる3歳年下の藤崎仁寿。人当たりがよくて優しくて。仔犬のように人懐っこい笑顔がかわいい彼は、柔和な見た目とは裏腹に超ポジティブで鋼のような心を持つ臨床研修医だ。
病気や過去の経験から恋愛に積極的になれないワケありOLとユーモラスで心優しい研修医の、あたたかくてちょっと笑えるラブストーリー。
仁寿の包み込むような優しさが、傷ついた彩の心を癒していく――。
シリアスがシリアスにならないのは、多分、朗らかで元気な藤崎先生のおかげ♡
*****************************
※他サイトでも同タイトルで公開しています。
Home, Sweet Home
茜色
恋愛
OL生活7年目の庄野鞠子(しょうのまりこ)は、5つ年上の上司、藤堂達矢(とうどうたつや)に密かにあこがれている。あるアクシデントのせいで自宅マンションに戻れなくなった藤堂のために、鞠子は自分が暮らす一軒家に藤堂を泊まらせ、そのまま期間限定で同居することを提案する。
亡き祖母から受け継いだ古い家での共同生活は、かつて封印したはずの恋心を密かに蘇らせることになり・・・。
☆ 全19話です。オフィスラブと謳っていますが、オフィスのシーンは少なめです 。「ムーンライトノベルズ」様に投稿済のものを一部改稿しております。
やさしいキスの見つけ方
神室さち
恋愛
諸々の事情から、天涯孤独の高校一年生、完璧な優等生である渡辺夏清(わたなべかすみ)は日々の糧を得るために年齢を偽って某所風俗店でバイトをしながら暮らしていた。
そこへ、現れたのは、天敵に近い存在の数学教師にしてクラス担任、井名里礼良(いなりあきら)。
辞めろ辞めないの押し問答の末に、井名里が持ち出した賭けとは?果たして夏清は平穏な日常を取り戻すことができるのか!?
何て言ってても、どこかにある幸せの結末を求めて突っ走ります。
こちらは2001年初出の自サイトに掲載していた小説です。完結済み。サイト閉鎖に伴い移行。若干の加筆修正は入りますがほぼそのままにしようと思っています。20年近く前に書いた作品なのでいろいろ文明の利器が古かったり常識が若干、今と異なったりしています。
20年くらい前の女子高生はこんな感じだったのかー くらいの視点で見ていただければ幸いです。今はこんなの通用しない! と思われる点も多々あるとは思いますが、大筋の変更はしない予定です。
フィクションなので。
多少不愉快な表現等ありますが、ネタバレになる事前の注意は行いません。この表現ついていけない…と思ったらそっとタグを閉じていただけると幸いです。
当時、だいぶ未来の話として書いていた部分がすでに現代なんで…そのあたりはもしかしたら現代に即した感じになるかもしれない。
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
小野寺社長のお気に入り
茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。
悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。
☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる