76 / 120
9.結婚が怖くなりました
5
しおりを挟む*****
出張中、篠井さんからはメッセージが届いた。
電話じゃないのはきっと、彼の気遣い。
私はそのメッセージに返事をした。
そして、二日後の土曜日。
私は一人でじっと彼の帰りを待つのが嫌で、映画を観に行った。
何も考えずに観たくて、スプラッター映画を選んだ。
ドーンッ! バーンッ! グシャッ! ベチャッ! ギャーッ! と言った大音量の効果音にビクつきながらも、その二時間はただ目の前の殺人鬼に集中できた。
誤算だったのは、ラストに明かされた殺人鬼の動機が自分を捨てた両親への復讐だったこと。
親に愛されたかったと泣きながらチェーンソーで自分の首を斬る姿に、他の観客は小さな悲鳴を上げて目を瞑っているのに、私は殺人鬼の泣き顔から目を離せなかった。
とはいえ、見終わってみれば精神的に重すぎで、疲れ果てていた。
気分転換のつもりが疲労感たっぷりで、困ったことに夜ご飯に何を食べようかなんて考えられる状態ではない。
だから、篠井さんからの〈取引先から食事に誘われたから遅くなる〉とのメッセージは、少しの寂しさと食事の支度をしなくて済む安堵感をもたらした。
明日の朝のパンだけ買って帰ろう……。
午後三時ともなればパンもほとんど残っていない店内の値引きされたパンをいくつか買って、駅を目指す。
篠井さんのいない間、考えていた。
兄との再会で色々と考え込んでしまったけれど、私が篠井さんを好きな気持ちは変わらない。
ずっと抱えてきた両親や兄への感情を今すぐにどうこうはできないけれど、ひとまずそれを正直に打ち明けよう。
篠井さんならわかってくれる。
そう信じられるほどには、私は彼を知っている。
湿った空気に空を見ると、今にも雨が降り出しそうだった。
早く帰ろう。
「待ちなさい!」
男性の声にドキッとして足を止める。
キョロッと辺りを見ると、正面から小学生くらいの女の子が駆けてきた。恐らく四年生とか五年生。その後を、父親らしい男性が追っている。
「パパ! 早く!」
「危ないから走るんじゃない」
女の子が私の脇を走り抜ける時、大柄な男性を避けようとして私にぶつかった。とはいえ、私も女の子も転ぶほどではなく、女の子は立ち止まって私を見上げた。
「ごめんなさい!」
「いいえ。大丈夫?」
「はい」
長い髪を大きなシュシュで束ねているその子は、栗色の瞳で私をじっと見た。
そこに、父親が追いついた。
「すみません」
「いえ」
「こら、だから走るなって言ったろう?」
父親に言われて女の子が肩を竦める。
「ごめんなさぁい」
「本当にすみませんでした」
「いいえ、気にしないでくださ――」
女の子から父親に視線を移した時、ハッとした。
お父さ――。
目の前の父の姿よりも、十年以上も会っていないのに、すぐにわかったことに驚いた。
「ほら、行こう」
父親が女の子の肩に手を置き、歩き出す。
「あのっ――」
私は父子の後ろ姿に向かって声を発した。
そして、よく似た二人が振り返って、焦った。
引き留めてどうしようというのか。
「なにか?」
父親が私を見た。じっと。
不審がられているのかもしれない。そうじゃないかもしれない。
私も父親をじっと見て、それから女の子に視線を移した。
「可愛いシュシュね」
女の子が満面の笑顔で「パパからのプレゼントなんです!」と言った。
二人が再び背を向ける。
ゴロゴロゴロッと空が唸った。
「雨が降る前に帰らなきゃ……」
3
あなたにおすすめの小説
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる