サレたふたりの恋愛事情

深冬 芽以

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9.結婚が怖くなりました

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*****


 出張中、篠井さんからはメッセージが届いた。

 電話じゃないのはきっと、彼の気遣い。

 私はそのメッセージに返事をした。

 そして、二日後の土曜日。

 私は一人でじっと彼の帰りを待つのが嫌で、映画を観に行った。

 何も考えずに観たくて、スプラッター映画を選んだ。

 ドーンッ! バーンッ! グシャッ! ベチャッ! ギャーッ! と言った大音量の効果音にビクつきながらも、その二時間はただ目の前の殺人鬼に集中できた。

 誤算だったのは、ラストに明かされた殺人鬼の動機が自分を捨てた両親への復讐だったこと。

 親に愛されたかったと泣きながらチェーンソーで自分の首を斬る姿に、他の観客は小さな悲鳴を上げて目を瞑っているのに、私は殺人鬼の泣き顔から目を離せなかった。

 とはいえ、見終わってみれば精神的に重すぎで、疲れ果てていた。

 気分転換のつもりが疲労感たっぷりで、困ったことに夜ご飯に何を食べようかなんて考えられる状態ではない。

 だから、篠井さんからの〈取引先から食事に誘われたから遅くなる〉とのメッセージは、少しの寂しさと食事の支度をしなくて済む安堵感をもたらした。


 明日の朝のパンだけ買って帰ろう……。


 午後三時ともなればパンもほとんど残っていない店内の値引きされたパンをいくつか買って、駅を目指す。

 篠井さんのいない間、考えていた。

 兄との再会で色々と考え込んでしまったけれど、私が篠井さんを好きな気持ちは変わらない。

 ずっと抱えてきた両親や兄への感情を今すぐにどうこうはできないけれど、ひとまずそれを正直に打ち明けよう。

 篠井さんならわかってくれる。

 そう信じられるほどには、私は彼を知っている。

 湿った空気に空を見ると、今にも雨が降り出しそうだった。


 早く帰ろう。


「待ちなさい!」

 男性の声にドキッとして足を止める。

 キョロッと辺りを見ると、正面から小学生くらいの女の子が駆けてきた。恐らく四年生とか五年生。その後を、父親らしい男性が追っている。

「パパ! 早く!」

「危ないから走るんじゃない」

 女の子が私の脇を走り抜ける時、大柄な男性を避けようとして私にぶつかった。とはいえ、私も女の子も転ぶほどではなく、女の子は立ち止まって私を見上げた。

「ごめんなさい!」

「いいえ。大丈夫?」

「はい」

 長い髪を大きなシュシュで束ねているその子は、栗色の瞳で私をじっと見た。

 そこに、父親が追いついた。

「すみません」

「いえ」

「こら、だから走るなって言ったろう?」

 父親に言われて女の子が肩を竦める。

「ごめんなさぁい」

「本当にすみませんでした」

「いいえ、気にしないでくださ――」

 女の子から父親に視線を移した時、ハッとした。


 お父さ――。


 目の前の父の姿よりも、十年以上も会っていないのに、すぐにわかったことに驚いた。

「ほら、行こう」

 父親が女の子の肩に手を置き、歩き出す。

「あのっ――」

 私は父子の後ろ姿に向かって声を発した。

 そして、よく似た二人が振り返って、焦った。

 引き留めてどうしようというのか。

「なにか?」

 父親が私を見た。じっと。

 不審がられているのかもしれない。そうじゃないかもしれない。

 私も父親をじっと見て、それから女の子に視線を移した。

「可愛いシュシュね」

 女の子が満面の笑顔で「パパからのプレゼントなんです!」と言った。

 二人が再び背を向ける。

 ゴロゴロゴロッと空が唸った。

「雨が降る前に帰らなきゃ……」


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