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13.元上司は優しい嘘つきでした
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光希の反応がなく、不思議に思って上を向くと、彼は唇をもごもごさせて窓の外を見ていた。
「どうしました?」
「いや。お前、何気にすごいこと言った自覚あるか?」
「すごいこと?」
「ああ。一緒にいたいって気持ちはなんかこう……さ? 感情的っていうか、熱に浮かされてるって感じ?」
熱に浮かされている……。
「一過性の感情ということですか?」
「そうそう! 付き合い始めの、盛り上がりまくってるカップル、みたいな?」
「光希が盛り上がりまくってる?」
「違う! 俺はそうじゃなくて――いや、そう聞こえても仕方ないよな」
肩に置かれた手が離れ、座り直した彼がじっと私を見つめる。
「俺も、夏依と一緒にいない理由がない」
「良かったです」
「それでだ」
「はい」
「この先もずっと一緒にいるとして、というか、一緒にいるわけだが」
「はい」
真剣な表情、いや、少し怖いくらいの表情が上司だった頃の彼を思い出させ、私も背筋が伸びる。
「三年ほど一緒に暮らすと、世間でいうところの内縁関係だと認められるらしい」
「はぁ」
「つまりだ。夏依は俺の内縁の妻を名乗れるわけだ」
「……名乗る予定はありませんが」
「は? あ、や、うん。そうだな。名乗らなくてもいいが、主張はできる」
「はぁ」
光希が何を言いたいのかがよくわからない。
誰かに「私は光希の内縁の妻です!」と名乗る状況が想像できない。
名乗らないけど、主張できる……?
「あ! あれですか!」
「そうだ、あれだ!」
「財産分与とかですか!」
「財産!?」
違ったらしい。
権利や立場を主張すると言えば、骨肉の遺産相続争いではないのか。
思えば、付き合い始めて数か月で財産分与を主張しろなんて、不吉というか物騒というか、色気がないというか。
光希は深いため息を吐くと、背筋を伸ばしてカッと目を見開いた。
「いいか、羽崎。俺に分与するほどの財産があるかはさておき、俺の認識では財産分与とは離婚時に夫婦共有の財産を分けることを言う。たった今、俺は
『これからも一緒にいるわけだが』と前置きをした。にも関わらず――」
「――すみません! 発言する前に考えるべきでした」
「いや、俺も回りくどい言い方をした。だが、もう少し考えてみろ。羽崎が俺の内縁の妻を名乗る、もしくは主張すべき状況を」
「はい」
財産分与は離婚時……。
離婚しない場合、内縁の妻を主張すべき状況…………。
見つめ合ったまま、というか視線を逸らすのは敗北を意味する気がして視線を逸らせないまま数秒考え、思いついた。
離婚時ではない財産分与相当のなにか――!
「遺産相ぞ――!」
「――殺すな! そして金から離れろ!」
「死に目に会えない!」
「だから、俺を殺すな!」
「逆の場合もあるじゃないですか! 私が死にかけていても――」
「――縁起でもないことを言うな!」
「すみません!」
昔の癖で、つい勢いよく頭を下げてしまうと、光希に頭突きする格好になってしまった。
「――っ!」
「い――っ!」
言葉にならない痛みに、お互い頭を押さえて蹲る。
「すいませ――」
「――ったく! 今の衝撃で何を言おうとしたか吹っ飛んだじゃないか」
「ごめんなさい……」
光希の大きくて冷たい手が、私のおでこに触れる。
「大丈夫か?」
「はい……。篠井さんの手、冷たくて気持ちいいです」
本当に気持ちいい。
そのひんやりとした気持ち良さに目を閉じると、唇にもヒヤッとした渇いた彼の唇が押し当てられた。
目を開ける前に、ぎゅっと抱きしめられる。
「寒いんですか?」
「いや?」
「手も唇も冷たい」
「これでも、緊張してるからな」
「どうしました?」
「いや。お前、何気にすごいこと言った自覚あるか?」
「すごいこと?」
「ああ。一緒にいたいって気持ちはなんかこう……さ? 感情的っていうか、熱に浮かされてるって感じ?」
熱に浮かされている……。
「一過性の感情ということですか?」
「そうそう! 付き合い始めの、盛り上がりまくってるカップル、みたいな?」
「光希が盛り上がりまくってる?」
「違う! 俺はそうじゃなくて――いや、そう聞こえても仕方ないよな」
肩に置かれた手が離れ、座り直した彼がじっと私を見つめる。
「俺も、夏依と一緒にいない理由がない」
「良かったです」
「それでだ」
「はい」
「この先もずっと一緒にいるとして、というか、一緒にいるわけだが」
「はい」
真剣な表情、いや、少し怖いくらいの表情が上司だった頃の彼を思い出させ、私も背筋が伸びる。
「三年ほど一緒に暮らすと、世間でいうところの内縁関係だと認められるらしい」
「はぁ」
「つまりだ。夏依は俺の内縁の妻を名乗れるわけだ」
「……名乗る予定はありませんが」
「は? あ、や、うん。そうだな。名乗らなくてもいいが、主張はできる」
「はぁ」
光希が何を言いたいのかがよくわからない。
誰かに「私は光希の内縁の妻です!」と名乗る状況が想像できない。
名乗らないけど、主張できる……?
「あ! あれですか!」
「そうだ、あれだ!」
「財産分与とかですか!」
「財産!?」
違ったらしい。
権利や立場を主張すると言えば、骨肉の遺産相続争いではないのか。
思えば、付き合い始めて数か月で財産分与を主張しろなんて、不吉というか物騒というか、色気がないというか。
光希は深いため息を吐くと、背筋を伸ばしてカッと目を見開いた。
「いいか、羽崎。俺に分与するほどの財産があるかはさておき、俺の認識では財産分与とは離婚時に夫婦共有の財産を分けることを言う。たった今、俺は
『これからも一緒にいるわけだが』と前置きをした。にも関わらず――」
「――すみません! 発言する前に考えるべきでした」
「いや、俺も回りくどい言い方をした。だが、もう少し考えてみろ。羽崎が俺の内縁の妻を名乗る、もしくは主張すべき状況を」
「はい」
財産分与は離婚時……。
離婚しない場合、内縁の妻を主張すべき状況…………。
見つめ合ったまま、というか視線を逸らすのは敗北を意味する気がして視線を逸らせないまま数秒考え、思いついた。
離婚時ではない財産分与相当のなにか――!
「遺産相ぞ――!」
「――殺すな! そして金から離れろ!」
「死に目に会えない!」
「だから、俺を殺すな!」
「逆の場合もあるじゃないですか! 私が死にかけていても――」
「――縁起でもないことを言うな!」
「すみません!」
昔の癖で、つい勢いよく頭を下げてしまうと、光希に頭突きする格好になってしまった。
「――っ!」
「い――っ!」
言葉にならない痛みに、お互い頭を押さえて蹲る。
「すいませ――」
「――ったく! 今の衝撃で何を言おうとしたか吹っ飛んだじゃないか」
「ごめんなさい……」
光希の大きくて冷たい手が、私のおでこに触れる。
「大丈夫か?」
「はい……。篠井さんの手、冷たくて気持ちいいです」
本当に気持ちいい。
そのひんやりとした気持ち良さに目を閉じると、唇にもヒヤッとした渇いた彼の唇が押し当てられた。
目を開ける前に、ぎゅっと抱きしめられる。
「寒いんですか?」
「いや?」
「手も唇も冷たい」
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