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7.彼の本気
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しおりを挟む月曜日。
比呂とは否応なく顔を合わせる。社内恋愛の辛いところだ。
幸い、私も比呂も分別のある大人で、ちゃんと何食わぬ顔で仕事をこなした。
先週に引き続き、比呂の奥さんは昼休憩の少し前にやって来て、受付から内線で夫を呼び出した。
社内では、『奥さんは復縁したがっている』と、別居終了間近の噂でもちきりだった。
だから、というわけではないが、夜遅くに比呂が訪ねて来た時、覚悟をした。
大きなキャリーバッグを持って現れた比呂が、私に別れを告げ、奥さんの元へと帰るのだと。
何があったかは知らないけれど、比呂は奥さんを嫌っていたし、憎んでいた。それでも、一度は結婚するほど愛した女性。愛人にプロポーズを断られて、奥さんへの気持ちも変わったのかもしれない。
それでも、仕方がない。
一介の愛人である私には、咎める資格などない。
「ルールに補足したい」
比呂にそう言われた時、意味がわからなかった。
もう、ルールはいらないんじゃないの? と。
「え?」
「俺の離婚が成立するまで、俺とお前は別れない。絶対に」
それを聞いて、噂を裏切り、比呂の離婚が決まったのだと確信した。離婚を目前に、ギリギリまで私を縛ろうとしているだけなのだろう、と思えた。ただ、素直に『うん、いいよ』と言えるほど、私は可愛い女じゃない。
「なに、それ」と、鼻で笑い、嫌な女をアピールしてみた。
どうして私があなたの言うことを聞かなきゃいけないのよ、と言う代わり。
けれど、比呂は私の態度にムッとするわけでもなく、真剣な表情でじっと私を見て、続けた。
「承諾してくれたら、もう結婚をせがまない」
一瞬でも動揺してしまった自分を、殴ってやりたい。
安心しなければならないところなのに、ショックを受けた自分がいる。
比呂のプロポーズを断っておいて、虫のいい話だ。
「俺の離婚が成立するまででいいから、俺だけのものでいてくれ――」
比呂が、懇願するように、必死な声で言った。
最後の、思い出のようなものかもしれない。
ほんのわずかな時間でも一緒にいたいと思ってくれているのなら、受け入れてもいいのではないだろうか。
一緒に、この一年ちょっとにけじめをつけてもいいのではないか。
私は、小さく頷いた。
比呂が安堵の表情を見せる。
私が、最後の時間まで拒絶すると思っていたのか。まぁ、そう思われても仕方がないほど突き放したのだけれど。
ところが、そうじゃなかった。
「このルール、忘れるなよ」
「え?」
「『俺が離婚しない限り』お前は俺の女だ」
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