49 / 147
7.彼の本気
5
しおりを挟む「で?」
「ん?」
「不倫相手に奥さんを取り次がれた男の反応は?」
「……プロポーズされた」
素面なら絶対に言っていない。素直に言ってしまったのは、酔っていたからだ。
決して、嬉しかったからじゃない。
「……はっ!?」
「意味、わかんないよねぇ」
「いや、わかるでしょ? 千尋に本気になったから、奥さんと離婚して、千尋と結婚したいって言ってるんでしょ?」
比呂も、そう言った。私は信じなかったけれど。
「そうみたい」
「そうみたい……って――」
五本目を飲み干して、軽く潰した缶を手に、立ち上がった。ほんの少し、クラッとした。
ホントに、酔ったかな。
足に力を入れて、六本目を取りに行く。
なんなら、酔い潰れたかった。
「なんて返事したの?」
「返事も何も、『関係は比呂の離婚が成立するまで』って最初から決めてあったんだし、結婚なんてナイでしょ」
「けど、お互いに好きになったんなら、ルールなんて――」
「あきらはルールをなくせる?」
「……」
あきらの答えを知っていて、聞いた。
あきらと私の頑固さはいい勝負だ。
そして、臆病者。
自分で決めたルールを破った未来を恐れている。
私は六本目を一口飲んで、頬杖をついた。
「奥さん、綺麗な女性だったなぁ……」
ゆっくり瞼を落とすと、開け方がわからなくなった。
「髪が長くて、艶々してて、着物が似合いそうな美人。年相応の落ち着きとか、品があって。ちょっと低めの柔らかい声で、『主人がお世話になっております』って」
掌にかかる自分の顔の重さに、肘がぐらつく。
「別居してても、主人、か」
ゆっくり瞼を開き、また、閉じた。
「ホント、お世話してます、って感じだよ」
瞼が開きかけて、閉じる。
思考が鈍る。
体が熱い。
「指輪なんて、大っ嫌い……」
初めて口にした、本音。
本当に言葉にしたかは、わからない。
夢で、呟いたのかもしれない。
体が揺れて、柔らかい何かに受け止められた。私を眠りに誘う、温かくて柔らかい、何か。
誰かの指が私の唇をくすぐる。
頭の上で甲高い機械音が聞こえ、私のスマホはバイブにしたはずだと思った。
比呂からメッセが届いても、鳴って教えてはくれない。
比呂は、諦めて帰ったろうか。
私を、諦めて……。
「ひ……ろ」
夢の中の私には縛られるルールなんてなくて、比呂の腕に抱かれて幸せだった。頬に触れる彼の指に輝く指輪は何もなく、私は無防備な薬指にキスをした。比呂は穏やかに微笑み、それから、唇を重ねて、何度も重ねて、耳元で囁いた。
『愛してるよ』
嬉しくて、嬉しくて、私も応えようと口を開いた。けれど、声が出なかった。
比呂は寂し気に私を見つめ、背を向けた。
体が動かない。
比呂を、引き留められない。
比呂は、振り返らずに去って行った。
長い黒髪の女性の元へと――。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ボクとセンセイの秘密
七町 優
恋愛
高校2年のボクと24歳のセンセイの秘密を描いたストーリーです。
タイトルで分かるとは思うのですが、恋愛ストーリーです。
一応登場人物たちのいる学校は関西という設定です。
なので関西弁での会話が多くなります。
ボクとセンセイの濃いような淡いような恋愛ストーリーをお楽しみください。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
小野寺社長のお気に入り
茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。
悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。
☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる