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8.理由
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しおりを挟む「妻――美幸って名前なんだけどさ――」
セックスで上がった呼吸がようやく正常に戻った頃、私の頭を肩に載せ、無言で髪に指を絡めていた比呂が、徐に口を開いた。
「男がいるんだよ」
そんな気はしていた。
別居した頃の比呂の様子からして、原因は比呂ではなく奥さんの方だと察してはいた。
「それも、俺と結婚する前からの付き合い」
それがバレての別居、か。
「その上、相手も既婚者」
「は――?」
私は頭の位置はそのままで、顎を上げて比呂を見上げた。見えるのは、じっと天井を見つめる横顔。
「俺はカモフラージュだったんだよ」
「なに、それ」
「笑えるよな」と言った比呂は笑っていなくて、泣きそうにすら見えた。
「笑えないわよ!」と声を荒げ、私は勢いよく起き上がった。
「意味が分かんないんだけど!?」
比呂は身体を捻り、肘を立てて掌に頬を載せた。もう片方の手でタオルケットを引き上げ、露わになった私の身体に羽織らせる。
「両親が結婚を望んでも、家庭のある男と付き合っているなんて言えるわけもなくて、勧められるままに俺と出会い、抱き合うのが苦痛でないほどには俺を気に入ったから結婚した。喜ぶ両親と、甘い新婚生活なんかに酔ってる俺を尻目に、あいつは男との関係を続けていた。で、妊娠がわかり、週数を誤魔化して俺の子だと信じさせた」
「信じさせたって――」
それじゃ、まるで――。
「流産した時に医者から週数を知らされて、俺の子じゃないとわかった。妊娠した頃の俺は、セックスどころか寝る間もないほど忙しかったし、それは美幸も同じで、二か月以上挨拶程度しか言葉も交わしていなかった。で、美幸を問い詰めたら、あっさりと白状したよ。好きな男の子供が欲しくて、俺の子として育てるつもりだったって。不倫なんかしてるくせに、生まれてくる子供には偽物でも円満な家庭を与えてやりたかったって」
なんて勝手な言い分だ。
比呂が私の腰を抱き寄せ、むき出しの胸に顔を埋めた。
「話を聞いた翌日、俺は離婚届を渡したけど、あいつは目の前で破り捨てた。で、こう言った。『親を悲しませずに、お互いに自由に遊べばいい』って。速攻で荷物をまとめて家を出たよ。女の言葉一つで、吐きそうになるなんて始めただったな」
胸に息がかかって、くすぐったい。
比呂の唇が、私の左胸の下、心臓の辺りに触れた。
「なんで今更、会いに来たの?」
「結婚式で俺がしつこく離婚したいと言ったから、親にバラされるんじゃないかと思ったんだろ。会社に来て一緒に飯を食うところを見られたりしたら、復縁するんじゃないかって社内で噂になって、俺が行動を起こせなくなると思ったらしい。まったく、甘く見られたもんだよな」
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