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8.理由
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しおりを挟む「じゃあ……どうして? 結婚したいと思えるほど愛してもいないのに、どうしてそんなリスクを負ってまで比呂と付き合うの?」
「幸せになって欲しいと思うくらいには愛しているので」
「……本当に面白い人ね」
そう言って奥さんは微笑んだ。彼女の余裕の表情が、ムカつく。
自分も愛人でありながら、夫の愛人の前では妻の顔をする。勝手すぎて虫唾が走る。
「奥さんはどうして不倫なんてしているんですか?」
奥さんの余裕の表情を崩してやりたくて、聞いた。
「え……?」
「離婚して自分と結婚してほしいと思うほど愛してもいないのに、彼の子供を他人に育てさせようと結婚までするなんて、狂気染みてますよね。だったら、恋人を奪った親友に怒鳴り込む方が、余程健全だと思いますけど」
「――比呂と同じことを言うのね」
そう呟いた奥さんの顔からは、笑みが消えていた。が、すぐに、また余裕の微笑み。
「それが私の愛し方なの」
「復讐の仕方――でしょう?」
「……」
口元は微笑んでいるのに、目は全く笑っていなくて、それどころか殺意すら感じる。
至近距離で心臓に照準を固定されてしまった。
バッグの中でスマホが唸っていることに気が付いた。店に入った時にセットしておいたタイマーだ。
私はスマホのホームボタンでタイマーを解除し、財布を取り出した。
「仕事に戻らなければならないので――」
「――あなたと比呂の関係は比呂の離婚が成立するまで、って言ったわよね?」
奥さんはテーブルに両肘を立て、両手の指を交差させた上に顎を載せ、楽しそうに笑っている。
「はい」
「本気?」
「はい」
「じゃあ、離婚してあげるわ」
「……え――?」
「夫と別れて、夫の前から永久に姿を消すと約束してくれたら、離婚して比呂を解放してあげる」
意味を理解するのに、僅かな時間を要した。言葉の意味は分かる。が、その言葉の意図が、わからない。
「私と別れた比呂が、愛人と結婚して幸せになるなんてズルイと思ったけど、違ったわね」
「え?」
「比呂が離婚を諦めると言ったのは、あなたと別れたくないからでしょう? けれど、あなたは比呂には離婚して幸せになって欲しいと言う。愛人としてでもあなたをそばに置きたい比呂は、あなたのいない幸せのためにあなたに離婚させられて、この先の人生をどう生きていくのかしら」
どこまで歪んでいるのか。
勝手に比呂を自分の復讐に巻き込んでおきながら、自分と別れて幸せになるのは許せないなんて、我儘でしかない。
自分が幸せじゃないから、他人が幸せなのも見たくない……ってこと?
「比呂を捨てる決心がついたら、連絡して?」
名刺と千円札を二枚テーブルに置き、妻の仮面をかぶった悪魔は出て行った。
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