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10.妻の愛人
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しおりを挟む背筋が寒くなった。
人間の業とは、恐ろしい。
「美幸は納得したんですか? その、感情はどうであれ、不倫という関係に」
「意地もあったようです。忍への復讐心も」
「なるほど」
「それでも、娘は可愛かった。だから、美幸と距離を置いた時期もありました。けれど、美幸は俺を待ってくれていた。結局、忍が二度目の妊娠をしたのをきっかけに、俺は美幸の元に戻ったんです」
「妊娠した奥さんを置いて?」
「俺の子じゃ、なかったんです」
マジで、ドラマ化したら世の奥様方が食いつきそうなストーリー。
もう、かける言葉もない。
「けど、結局家に帰りました。不倫関係で責めを負うのは美幸だし、きちんと離婚を成立させなければ彼女を幸せに出来ない、と。思えば、あの頃から美幸は不安定になっていきました。俺との不倫関係と、両親からの結婚に対するプレッシャー、それが仕事にも影響するようになって、本当にまいっていたんだと思います。その頃に、あなたと知り合った」
タイミングよく現れた当て馬に跨った、と。
「俺は美幸に別れを告げました。結婚して幸せになってもらいたい、と。美幸も受け入れ、あなたと結婚した。ですが、すぐに、結婚に愛情はなく、利害の一致によるものだと聞かされた。結婚で両親を喜ばせることが出来たし、肩の荷が下りて仕事も順調だから、関係を続けたいと言われた」
一気に話し続けた東山が、喉を鳴らしてハイボールを吸収していく。
結局、東山は忍に騙され、美幸にも騙されていた。
哀れ、としか言いようがない。
「美幸と話し合ってみます」
ハイボールを飲み干して、東山は言った。
指をネクタイの結び目に突っ込み、グイッと引っ張る。ネクタイを解き、ジャケットのポケットに仕舞うと、ワイシャツのボタンを上から二つ、開けた。
「もう、いい加減どうにかしなきゃとは思ってたんです。理由をつけて逃げていたけれど、こんな状態をいつまでも続けていていいわけがない」
妻の愛人にかける言葉ではないが、この男はいい人間なんだと思う。
ただ、弱い。
だから、忍に騙されても流されてしまい、美幸に復縁を迫られて流された。
彼を責める気には、なれなかった。
「できれば、俺と美幸の話し合いだけで済めばと思っています。まだ、別居の事実を家族にも伝えていませんし。なので、どうしても、と言う時にはお願いします」
俺は、東山に頭を下げた。
「やめてください。責められても殴られても文句は言えないのに、頭を下げるなんて――」
「結婚したい女がいるんです。その為に、離婚を急いでいる。あなたを責められる男じゃないんです」
「……そうですか」
「みんなが幸せになれるとは思っていません。ですが、俺と美幸の離婚が成立したら、あなたと美幸が幸せになれる可能性が、ゼロではなくなるんじゃないですか?」
「……そう……ですね」
「俺は、千尋との幸せを諦められない――」
妻の愛人に自分の幸せを語り、俺は晴れ晴れとした気持ちで家路についた。
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