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16.新しい指輪
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しおりを挟む「一つ、確認させていただきますが、有川さんは亘と千尋さんの会話をお聞きになったんでしょうか?」
副社長が、真っ直ぐ俺を見た。
千尋の父親だと知り、何だか落ち着かない。
「はい」
「失礼ですが、お二人は千尋さんとは職場の同僚……なんですよね?」
「私は、そうです」と、長谷部課長が言った。
その言い方は、ズルイ。
明らかに、『俺はそうだが、こいつは違う』と言っている。
副社長もそう思ったから、じっと俺の返答を待つ。
千尋も知らないところで父親に挨拶ってどうなんだよ――!
「私にとっては、同僚であり恋人です」
早鐘を打つ鼓動が鼓膜を破る勢い。
「そうですか……」と微笑んだ副社長は、寂しそうにも嬉しそうにも見える。
スマホを取り出し、画面の上に指を滑らせ、テーブルの上に置いた。俺に向けて。
「では、彼女を幸せにしてあげてください」
俺と課長は画面を覗き込む。
『相川千鶴 実家
帯広市――――』
俺もスマホを取り出し、表示されている住所をメモした。
「千鶴が昭一の秘書となって三年ほどして、それまで頑なに娘と私は無関係だと言い張っていた彼女から、『あなたの娘を守って欲しい』と言われました。千尋が高校三年生の時です。亘と同級になってしまった千尋が、酷い嫌がらせを受けていると知りました。ちょうど、千鶴の母親が体調を崩し、彼女は千尋を連れて実家に帰りました。が、大学生活の地を札幌に決めた千尋が心配だから、亘を近づけさせないで欲しいと言うのです。私は、ようやく父親らしいことが出来ると、嬉しかった。以前から問題の多かった亘を留学させるように昭一に進言し、その通りになった」
当時の千尋は、亘の留学を知っていたのだろうか。
知らずに、怯えて過ごしていたのでなければいい、と思った。
「私は、千尋が亘から受けた嫌がらせの内容を詳しく知らなかった。あの時知っていれば、十年以上もの間、昭一と亘に大河内観光を自由になどさせなかったのに――っ」
副社長は膝の上の両手を強く握った。
千尋をレイプしようとしておきながら、亘が海外で好き放題していたと考えると、俺も腸が煮えくり返るようだ。
それは、千尋の母親も同じだったに違いない。それでも、彼女は副社長に全てを語らなかった。恐らく、副社長が怒りに任せて昭一や亘に何をするかと考えたからだろう。
「当時、社長となった昭一氏とあなたに軋轢が生じては、大河内観光にとって致命的だと、千鶴さんは危惧したのではないでしょうか」
「そうだろうと思います。実際、当時は経営が傾きかけていましたから」と、副社長は苦笑いをした。
「経営を立て直し、お家騒動の末の社長交代という醜聞にも揺るがないだけの地盤を固め、昭一と亘から経営権を奪ったことは、千鶴の望み通りだったのでしょうかねぇ」
会ったことはないが、千尋の母親ならばそれくらいのことを望み、その為には手段も年月も惜しまないような気がする。副社長が言ったように、昭一からの脅しか取引きがあったのならば、尚更だ。
「有川さん」
副社長が背を伸ばし、俺を見た。
「私もいい年だ。近々千鶴の元を訪れ、最後のプロポーズをします。……私の身体が自由なうちに、あなたと酒でも飲めたら嬉しい限りだ」
父と息子として――。
「必ず!」
翌朝、俺は帯広行きの電車に揺られていた。
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