130 / 147
16.新しい指輪
3
しおりを挟む話を聞きながら、思った。
副社長の言う『彼女』が千尋の母親ならば、恐らく副社長が千尋の父親。だが、千尋はそれを知らない。
続く話の重要性に、俺は息を飲んだ。
「私は妻と離婚し、彼女と一緒になりたかったが、社長だった父が体調を崩した時、私を社長に推す声が上がり、焦った昭一が彼女を強引に自分の秘書にし、私から奪おうとしました」
亘の、千尋の母親が自分の父親の秘書であった、という話と繋がった。
「私は大河内観光を辞めて、彼女と共に土地を移ろうとしましたが、そうするより先に彼女から別れを告げられ、会社も辞めた彼女は『私の好きなホテルを守って欲しい』という言葉を残して、消えてしまった」
俺と千尋の状況にそっくりじゃないか――。
今、目の前で過去を語る男が、三十数年後の俺の姿かと思うと、ゾッとした。
「私は後継者候補から降り、離婚し、彼女を探しました。実家にいると突き止めて、プロポーズもしたけれど、断られてしまいました」
背筋に汗が伝う。
千尋を探し出し、プロポーズをしても、断られたらなんて考えたくもない。
「彼女が私を拒んだのは、彼女の家族が理由でした。自分がいては、私の将来の枷になると。私には些末な問題でしたが、彼女は頑なに私を拒んだ。ほどなくして彼女は実家を出て、私はまた彼女を見失ってしまいました。それでも、私は彼女を忘れたことはなかったし、探し続けました。札幌にいる彼女を見つけるのに時間はかからなかったけれど、彼女は変わらず私を拒んだ。それでも、どうしても彼女を諦めきれない私は、今で言うストーカーのように彼女の元に通い、彼女に娘がいると知りました。娘が……私の子であることは明らかでしたが、彼女は認めなかった。もちろん、会わせてももらえませんでした」
副社長は、ハハハ、と自虐的な笑みを浮かべたが、俺も課長も笑う気にはなれなかった。
副社長の、千尋の母親への狂気にも似た愛情の深さに、俺はますます自分を重ねた。
「十数年して、父の引退が決まり、副社長をしていた昭一の社長就任に再び不満の声が上がっていた最中、彼女は大河内観光に戻ってきました。昭一の秘書として。昭一が彼女に何らかの脅迫か取引を持ち掛けたことは明白だった。彼女は認めませんでしたが。……昭一は社長となり、私は専務として昭一を補佐してきた。そうすることで、彼女が守りたいホテルと、彼女自身を守れると信じていたからです」
副社長はコーヒーを口に含み、僅かに眉をひそめ、立ち上がった。
「すみません。長話のせいでコーヒーがすっかり冷めてしまった。新しいのをお持ちしましょう」
「えっ? あ、いえ――」
返事をするより先に、副社長は備え付けの電話でホットコーヒーを三つ持ってくるように伝えた。
十分ほどでドアがノックされ、若い女性のホテルスタッフがコーヒーを運んできた。少し緊張気味にカップを入れ替える。カチャッと音がする度、女性は唇を噛んでいた。
先ほどの副社長は、ほぼ全く音をたてずにカップを扱っていた。
「し、失礼します……」と、女性が今にも泣きそうなか細い声で言った。
直角に腰を折った彼女に、副社長は優しく微笑む。
「ありがとう」
その言葉に、声にホッとしたのか、女性が頭を上げて口元を緩ませ、出て行った。
「温かいうちに、どうぞ」
「あ、いただきます」
三人でコーヒーをすすり、ほうっと息を吐く。無意識に肩に力が入っていたらしく、温かいコーヒーのお陰で場の空気が和らいだ。
0
あなたにおすすめの小説
ボクとセンセイの秘密
七町 優
恋愛
高校2年のボクと24歳のセンセイの秘密を描いたストーリーです。
タイトルで分かるとは思うのですが、恋愛ストーリーです。
一応登場人物たちのいる学校は関西という設定です。
なので関西弁での会話が多くなります。
ボクとセンセイの濃いような淡いような恋愛ストーリーをお楽しみください。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる