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5 恋愛ごっこ
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しおりを挟む思い出すと、鼻と口を塞がれたように息苦しくなる。胃を鷲掴みにされたように口の中が酸っぱくなる。
智也も元夫と同じなのだろうか……?
私はディスプレイの陰に隠れて、そっと顔を上げた。
謝るしか出来ない平野さんに向かって大きく口を開いた智也と、目が合った。
ハッとして口を閉じると、静かに鼻から息を吐いたのがわかった。
「とにかく、納品可能数を工場に問い合わせろ」
「はい!」
平野さんは足早にデスクに戻り、受話器を取った。
大丈夫。
智也は元夫とは違う。
私は自分に言い聞かせて大きく深呼吸し、肺に酸素を送り込んだ。
智也も受話器を上げ、けれどすぐに置いた。
私はコーヒーを淹れようと、席を立った。
私がしてあげられるのは、これくらい。
「コーヒー、俺にも淹れてくれない?」
ちょうどカップにコーヒーを注いだ時、智也が顔を覗かせた。
「糖分が必要ですか?」と、私は智也に背を向けたまま、聞いた。
「……必要なのかもな」
珍しく弱気な声。
私はカップを手渡した。
「今日は……」と言いかけて、智也は続きをコーヒーと一緒に飲み込んだ。
「帰れるかわからないから、飯はいいや」
智也は背筋を伸ばして、デスクに戻って行った。
先週も先々週も、金曜日は食事を作りに行っていた。土日に食べられそうなものを作り置きしていた。
今日も行くつもりだった。
今日は両親が学校から帰った真と亮を連れて、妹家族の家に遊びに行くことになっていた。三連休を使った小旅行。
私は、仕事が入らなければ明日、電車で追いかけることにしてあった。
『仕事も忙しそうだし、たまには一人でのんびりしてもいいからね』
出掛けに、母がそう言ってくれた。
母に、上司の家で家政婦をしていることは話しておいた。食事を持ち帰れば不審に思うだろうし、急に残業が増えれば心配もするだろうから。
母は詮索しなかった。
言われた通り、私は智也の家には行かず、荷造りをして駅に向かった。妹の家に行くために。
けれど、切符を買う時になって、行き先を変えた。
疲れている時こそ、ちゃんと食事をして欲しい。
旅行バッグを肩にかけ、スーパーですき焼きの材料を買った。
『俺に結婚の良さを教えてくれ』と、智也は言った。
失敗した私に教えられることなどあまりないけれど、一般的に言う『結婚の良さ』とは、帰った時に家に明かりが灯っていることだと思う。玄関を開けると、食事のいい香りがすること、だと思う。ベッドが人肌に温まっていること、だと思う。
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