136 / 212
16 交わる領域
4
しおりを挟む『ごめんなさい、突然お邪魔して』と、彩は穏やかな口調で言った。
『体調はどう?』
『別に……普通です』と、京本は不機嫌そうに言った。
『これ、良かったらどうぞ』
スーパーの袋が擦れる音がする。
『悪阻、ツラい?』
『……』
『人それぞれだろうけど、私は果物が食べたくて仕方がなかったの。特に、イチゴ。糖分の取り過ぎだって、健診の度に叱られたけどやめられなくて』
『ありがとう……ございます』
俺と千堂は、京本のアパート近くの駐車場で、会話を聞いていた。もちろん、録音もしている。
京本を会社に呼べばいい、と言った俺に、そんなんじゃ警戒しまくりで話してくれない、と彩は言った。
京本より先に近藤と豊沢の話を聞いた方がいいのでは、と言った千堂に、二人はきっと何も話さないだろう、と彩は言った。
『溝口課長に言われてきたんですか』
『ううん』
『嘘!』と、京本の感情的な甲高い声。
『こんなこと、嘘をついてどうするの? あ、カフェインレスのコーヒーと麦茶、どっちがいい?』と、彩にしては素っ気ない声。
いや、俺は知っている。
胸と腹を間違えた後の彩は、今より抑揚のない声だった。感情的じゃない分、怖かった。
『……コーヒー……を』
『良かった。コーヒーが飲めるなら、体調は悪くなさそうね』
ごそごそと紙袋からコーヒーを出す音。アパートに来る前、すぐ近くのカフェで買ったもの。俺と千堂のコーヒーも買ってくれた。路駐で降りられない千堂を置き去りにして俺が彩とカフェに入ると、背中に殺気を感じた。
『何も、話しませんよ』
『別に、いいよ? 体調が気になったから来てみただけだし』
今日の彩は、いつもの彩らしからぬ話し方。千堂も同じことを思っているようで、食い入るように聞いている。
車中、どうやって話を聞きだすつもりかと聞いたが、彩は教えてはくれなかった。ただ、覚悟して聞いていて、とだけ。
『笑いに来た、の間違いでしょ』
『そう思ってくれてもいいけど』
『なら、もういいでしょ! 帰って!』
『そ? じゃ、お邪魔しました』
「はっ!?」
俺と千堂が、同時に言った。ついでに顔を見合わせる。
こちらの声が、向こうには聞こえないようになっていて良かった。
微かに、彩の足音が聞こえる。
本当に帰るつもりか?
『あ、大事なことを忘れてた』
少しわざとらしい、声。
『産むつもり?』
『は?』
『その子』
『関係ないでしょ』
声だけでも、京本の生意気さに腹が立つ。もし、京本が俺の目の前にいたら『何だ、その言い方は!』と怒鳴ってしまうだろう。
『ま、ね。産むつもりなら、葉酸を飲んだ方がいいよ。その袋に入ってるから』
『もう……飲んでるし』
『そ。じゃ、産むんだ』
『産むわよ! 悪い!?』
産むのか、と思った。千堂も、思っただろう。少し、驚いた顔をしている。
会社としては、産まないでほしい。
もちろん、相手の男も社長である父親もそう思っているだろう。
だから、『女の処分』を急ぐ。
正確には、『子供の処分』を。
15
あなたにおすすめの小説
可愛い女性の作られ方
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
風邪をひいて倒れた日。
起きたらなぜか、七つ年下の部下が家に。
なんだかわからないまま看病され。
「優里。
おやすみなさい」
額に落ちた唇。
いったいどういうコトデスカー!?
篠崎優里
32歳
独身
3人編成の小さな班の班長さん
周囲から中身がおっさん、といわれる人
自分も女を捨てている
×
加久田貴尋
25歳
篠崎さんの部下
有能
仕事、できる
もしかして、ハンター……?
7つも年下のハンターに狙われ、どうなる!?
******
2014年に書いた作品を都合により、ほとんど手をつけずにアップしたものになります。
いろいろあれな部分も多いですが、目をつぶっていただけると嬉しいです。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
禁断溺愛
流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。
包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
小野寺社長のお気に入り
茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。
悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。
☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ
慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。
その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは
仕事上でしか接点のない上司だった。
思っていることを口にするのが苦手
地味で大人しい司書
木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)
×
真面目で優しい千紗子の上司
知的で容姿端麗な課長
雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29)
胸を締め付ける切ない想いを
抱えているのはいったいどちらなのか———
「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」
「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」
「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」
真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。
**********
►Attention
※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです)
※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる