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19 呪縛からの解放
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二人が名刺交換をする。なんとも、奇妙で現実味のない光景だ。けれど、現実。三人目まで登場したのだから。
「営業一課の千堂です」
千堂課長は私の正面に立った。
宮野さんが私の横に立ち、そっと手を添えてくれた。
私はそんなに危な気に見えたのだろうか。
「息子たちからお二人のことは聞いています。愚妻が大変お世話になっていると」
恥ずかしかった。
見られたくなかった。
元夫に侮辱される自分も、何も言えない自分も。
真はともかく、亮はきっと千堂課長や溝口課長のことを話すかもしれないと、思っていた。やましいことをしているようで、口止めは出来なかった。
目の前の千堂課長の手が、ギュッと握られたのが目に入った。青筋が立つほど、強く。
怒ってくれているのだとわかった。
「息子さんとは仲良くさせていただいております」と、溝口課長が言った。
「愚妻、とはどなたの事かはわかりませんが」
「ああ。正確には『元』愚妻ですね」
「彼女があなたの妻っだった頃を知りませんから、愚妻だったかはわかりませんが、少なくとも現在の彼女には程遠いですね」
溝口課長が庇ってくれているのが、嬉しかった。千堂課長も、宮野さんも。
けれど、同時に不安になる。
これから一緒に仕事をしていくのだから、波風を立てないに越したことはない。
「あの――」
「仕事も早くて正確ですし、彼女の補佐には大変助かっています」と、千堂課長が言った。
元夫の怒りを想像するだけで、緊張で身体は熱くなり、恐怖で背筋が寒くなる。
私を欠陥だらけの所有物としか思っていない元夫にしてみれば、私を褒められるのは自分への侮辱とも取るかもしれない。
「ご謙遜でしょうが、今はもうその必要もありませんから、一取引会社社員としてご対応ください」
「ご配慮、ありがとうございます」
「いえ。では、失礼致します」
溝口課長が歩き出し、千堂課長が後に続く。宮野さんにそっと背中を押されて、私はようやくその場から去ることが出来た。
「なんだよ、あれ!」
会議室のドアが閉まるなり、千堂課長が言った。バンッと資料を机に叩きつけた音に、私は思わず肩をすくめてしまった。
「千堂!」
「はい!? ――あ……」
溝口課長の言葉にハッとした千堂課長が、気まずそうに言った。
「すいません、堀藤さん」
「いえ。こちらこそ、すみません。あんな……失礼な――」
「お前が謝るな」
溝口課長は、私に最後まで言わせなかった。
「もう、お前が謝ってやる理由はないだろ」
「そう……です……けど……」
千堂課長が苛立ちを隠さないのは、珍しい。溝口課長が苛立ちを隠すのも、珍しい。隠しきれていないけれど。
眉間に皺を寄せて、椅子に座って腕と足を組んでいる様は、怒りのオーラを纏っている。
「何やってんだ、宮野」
宮野さんは何やらスマホをいじっていた。
が、溝口課長に言われて一瞬顔を上げ、またスマホに視線を落とした。
「ぐさい、って意味がわからなくて」
「愚かな妻と書いて愚妻」
「はぁ!?」
宮野さんがいつもより一オクターブ高い声で言った。
「何様なんですか!」
「営業一課の千堂です」
千堂課長は私の正面に立った。
宮野さんが私の横に立ち、そっと手を添えてくれた。
私はそんなに危な気に見えたのだろうか。
「息子たちからお二人のことは聞いています。愚妻が大変お世話になっていると」
恥ずかしかった。
見られたくなかった。
元夫に侮辱される自分も、何も言えない自分も。
真はともかく、亮はきっと千堂課長や溝口課長のことを話すかもしれないと、思っていた。やましいことをしているようで、口止めは出来なかった。
目の前の千堂課長の手が、ギュッと握られたのが目に入った。青筋が立つほど、強く。
怒ってくれているのだとわかった。
「息子さんとは仲良くさせていただいております」と、溝口課長が言った。
「愚妻、とはどなたの事かはわかりませんが」
「ああ。正確には『元』愚妻ですね」
「彼女があなたの妻っだった頃を知りませんから、愚妻だったかはわかりませんが、少なくとも現在の彼女には程遠いですね」
溝口課長が庇ってくれているのが、嬉しかった。千堂課長も、宮野さんも。
けれど、同時に不安になる。
これから一緒に仕事をしていくのだから、波風を立てないに越したことはない。
「あの――」
「仕事も早くて正確ですし、彼女の補佐には大変助かっています」と、千堂課長が言った。
元夫の怒りを想像するだけで、緊張で身体は熱くなり、恐怖で背筋が寒くなる。
私を欠陥だらけの所有物としか思っていない元夫にしてみれば、私を褒められるのは自分への侮辱とも取るかもしれない。
「ご謙遜でしょうが、今はもうその必要もありませんから、一取引会社社員としてご対応ください」
「ご配慮、ありがとうございます」
「いえ。では、失礼致します」
溝口課長が歩き出し、千堂課長が後に続く。宮野さんにそっと背中を押されて、私はようやくその場から去ることが出来た。
「なんだよ、あれ!」
会議室のドアが閉まるなり、千堂課長が言った。バンッと資料を机に叩きつけた音に、私は思わず肩をすくめてしまった。
「千堂!」
「はい!? ――あ……」
溝口課長の言葉にハッとした千堂課長が、気まずそうに言った。
「すいません、堀藤さん」
「いえ。こちらこそ、すみません。あんな……失礼な――」
「お前が謝るな」
溝口課長は、私に最後まで言わせなかった。
「もう、お前が謝ってやる理由はないだろ」
「そう……です……けど……」
千堂課長が苛立ちを隠さないのは、珍しい。溝口課長が苛立ちを隠すのも、珍しい。隠しきれていないけれど。
眉間に皺を寄せて、椅子に座って腕と足を組んでいる様は、怒りのオーラを纏っている。
「何やってんだ、宮野」
宮野さんは何やらスマホをいじっていた。
が、溝口課長に言われて一瞬顔を上げ、またスマホに視線を落とした。
「ぐさい、って意味がわからなくて」
「愚かな妻と書いて愚妻」
「はぁ!?」
宮野さんがいつもより一オクターブ高い声で言った。
「何様なんですか!」
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