15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以

文字の大きさ
44 / 89
6.ひとりになりたい


 昔から何をやっても中途半端で、自分に自信がなくて、そんな自分が嫌いだった。

 大人になって、そういう自分と折り合いをつけて生きてきたけれど、結局本質なんて変わっていなくて、それを隠すのが上手くなっただけ。

 和輝と付き合えるようになっても、結婚が決まっても、子供を産んでも、ずっと不安で自信がなかった。

 自信のなさを隠すように、家事や子育てを頑張った。

 いい奥さん、いいお嫁さん、いい母親になりたくて頑張った。



 だけど……。



 どんなに頑張っても、私は私の望む女になれない。



 広田さんあのひとにはなれない――。



 湯船がすっかり冷めるまでお風呂で粘って、それから子供たちの部屋を覗いて、和輝はまだ起きているのだろうかと気まずさを感じながら寝室のドアノブに手をかけた時、夫の声が聞こえた。電話中らしい。

 こんな遅い時間にどうしたのだろうと思いながら、そっとゆっくりドアノブを下ろす。

「――だから、心配ないから――」

 珍しく、夫が苛立っている。

 何を言われたのか、はぁっと投げやりにため息をつく。

「――誤解されるようなことはなにもないし、受注先が決まればもう――だから、聞けって。仕事の件は、紹介はするけどその先までは――」

 和輝はドアに背を向けてベッドに座っていた。私のベッドの方を向いて。

 私は静かに寝室に入り、後ろ手にドアを閉めようとした。

「――落ち着け、響子! 大丈夫だから」



 響子――――。



「昔のよしみで世話をしたが、これ以上は――、だから! なんでそうなるんだよ。うちのはお前とのことなんて気にしてないし――」



 うちの……、か。



 夫の声で元カノの名前を聞いた瞬間、例えば私の頭のてっぺんからつま先まで糸が張ってあったとしたら、それが、ピンと張ったその糸が、切れ味抜群のハサミでプツンと切られた気がした。

 その途端、さっきまで考えていた色々なことが、どうでも良くなってしまった。

 閉まりきっていないドアを開け、寝室を出る。

 夫が私に気づいたかは、わからない。

 ただ、元カノとの会話は続いていて、私はそれを聞きたくなかった。

 夫が、私の名前を呼ばない夫が、他の女の名前を呼ぶのを、聞きたくなかった。

 カタンと物音がして、娘の部屋を覗いた。

 ベッドの下に、タブレットが落ちている。



 見ながら寝ちゃダメだって言ったのに……。



 いつもは寝る前に預かるのだが、今日は忘れていた。

 タブレットを拾い、机の上に置こうとして、一枚の用紙が目に入った。

 和葉のまあるい字で『お父さんとお母さんが、私のお父さんとお母さんになるまで』と書かれている。後は憶えのある質問。

 予備の質問表だろうか。

 私はそれを手に取り、部屋を出た。

 階段を下り、食卓でその表を眺める。

 そして、ペンを手に持った。

 娘の質問の下に、答えを書き込んでいく。

『初めて会った時の感想は?』

 運命かも!

『どっちが最初に好きって言ったの?』

 言ってない。友達に押されて付き合いだしたから。

『どこが好きで結婚したの?』

 顔、真面目、優しい、嘘をつかない、慎重なところ、時々ビックリするようなドジをする、私の話をきちんと聞いてくれる、細かいことを気にしない、穏やか、私のご飯を残さず食べてくれて文句も言わない、手が大きい、手が温かい、姿勢がいい、私の名前を呼ぶ声。

 書くスペースがなくなって、ここまで。

『嫌いなところは?』

 優柔不断、都合が悪いと笑って誤魔化す。

 これは和葉にも答えた。
感想 7

あなたにおすすめの小説

秘められた薫り

La Mistral
恋愛
エブリスタにて、トレンド#恋愛で最高位 55位を獲得した作品です。 「愛しているよ」という夫の言葉が、今の美咲には虚しい空気にしか聞こえない。 欠けていたのは、理性を焼き尽くすような衝動。 ​クライアントの慎吾と交わす視線。ビジネスという仮面の下で共有される、剥き出しの欲望。 指先が触れる。名前を呼ばれる。ただそれだけで、美咲の積み上げてきた「良き妻」としての世界は音を立てて崩れ去る。 ​完璧なアリバイ、塗り固めた嘘。 夫の隣で微笑みながら、心は別の男の指先を求めている。 一度知ってしまった濃厚な「薫り」は、もう彼女を元の場所へは戻してくれない。 ​守るべき家庭と、抗えない本能。 二つの世界の境界線で、美咲が選ぶ「最後の一線」とは――。 欲望の熱に浮かされた女の、美しくも残酷な堕落の記録。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

三度裏切られた私が、四度目で「離婚」を選ぶまで

狛犬
恋愛
三度、夫に裏切られた。 一度目は信じた。 二度目は耐えた。 三度目は――すべてを失った。 そして私は、屋上から身を投げた。 ……はずだった。 目を覚ますと、そこは過去。 すべてが壊れる前の、まだ何も起きていない時間。 ――四度目の人生。 これまでの三度、私は同じ選択を繰り返し、 同じように裏切られ、すべてを失ってきた。 だから今度は、もう決めている。 「もう、陸翔はいらない」 愛していた。 けれど、もう疲れた。 今度こそ―― 自分を守るために、家族を守るために、 私は、自分から手を放す。 これは、三度裏切られた女が、 四度目の人生で「選び直す」物語。

【完結】曖昧な距離で愛している

山田森湖
恋愛
結婚4年目のアラサー夫婦、拓海と美咲。仲は悪くないが、ときめきは薄れ、日常は「作業」になっていた。夫には可愛い後輩が現れ、妻は昔の恋人と再会する。揺れる心、すれ違う想い。「恋人に戻りたい」――そう願った二人が辿り着いた答えは、意外なものだった。曖昧で、程よい距離。それが、私たちの愛の形。

私と彼の恋愛攻防戦

真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。 「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。 でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。 だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。 彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。

隣の夫婦 ~離婚する、離婚しない、身近な夫婦の話

むらさきさゆり
恋愛
オムニバス形式です。 理解し合って結婚したはずの梓、同級生との再会が思わぬことになる雅美、年下の夫のかつての妻に引け目を感じる千晴、昔の恋の後悔から前向きになれない志織。 大人の女性のストーリーです。

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。